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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

唐突に約2年ぶりの投稿となります。何故に唐突に前後の繋がりなく再開かと申しますと。昨年12月に2009年より使い続けたMacを新調した為、1ヶ月経過した現在も、ひたすら画像の移動を続けております。全ての画像を移動してしまうと、結局、容量いっぱいになってしまいますので、選別しなくてはなりません。最新の記録から始めれば良いと思われるでしょうが、過去の画像の確認が必要となる機会が多いのです。また、未投稿の場面が多過ぎるのです。こちらのブログも長期間休館となっている状況を何とか打開したいと頭を悩ませていました。そこで、莫大な画像移動の過程において、大作ではなく、数cutの画像で細かく投稿してはどうか?と。画像移動の過程においてですので、前後の繋がりなく、唐突な進行にはなりますが、試験的にやってみようと。また、連日の投稿も難しい状況ですが、何はともあれやってみようと。

では、唐突に、ですが、早くも「一昨年」となってしまった2015日向灘『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』から。夜明けの細島港数cut。
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2015日向灘『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』後半。夜明けの細島港。まだ日の出前です。掃海部隊の皆様の朝は早いのです。日の出と共に出港は当たり前。間もなく出港の第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、「ひらしま」さん。
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日の出前が最も気温が下がる時間帯ですが、痺れる程の寒さではなかったと記憶しています。とは云え、前日までの日向灘は大うねり。こちらの商業港は、小高い丘(地図上では「山」)に囲まれていて、風穏やかですが、港の外は強風。
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第2掃海隊さん前方は第43掃海隊 掃海艇「うくしま」さん、「とよしま」さん。お二方は訓練終了前に戻られましたので、記録の画像は、この日限りでありました。
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こちらは工業港。第41掃海隊 掃海艇「はつしま」さん、「えのしま」さん地点。この日は取材陣の方々が「えのしま」さんにて訓練海域へ向かいました。が。あまりにうねりが大きく、掃海母艦「うらが」さんへ乗り移れぬまま帰る事に。
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第41掃海隊さん後方は、第51掃海隊 掃海艦「つしま」さん、掃海母艦「ぶんご」さん。夜明けの空が美しい日でありました。「つしま」さんは、最後の日向灘でもありました。
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翌2016年7月1日に「つしま」さんは勇退。最後の細島。2016年2月の伊勢湾『機雷戦訓練』が第51掃海隊3隻揃いの最後。

では、単発投稿ですので、ここまで。現在、大作の投稿は時間的に難しく、短い投稿であれば、少しずつでもできるのではないか?と。冒頭にも書きましたが、莫大な量の画像を選別移動する過程において、数cutずつ投稿用の画像を作成致します。twitterやfacebookに…とも考えましたが、SNSはブログとは異なり、誰もが閲覧できる訳ではありません。アカウントを取得すれば閲覧できますが、そこが「壁」になっています。投稿形態としては、単発のtwitterやfacebook、instagramは最適なのですが。
# by guardianvein | 2017-01-19 00:34 | ┣平成27年度 機雷戦訓練
2月は短いですね。日付変わり3月1日となりました。少し間が開きましたが、『平成26年度 機雷戦訓練』詳細投稿第2回。訓練が行われる伊勢湾へ向けての一斉出港の朝。時間ぎりぎりの松阪到着でありましたが、何とか間に合いました。では、厳しい寒さの「伊勢湾」の始まりを。
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時間的余裕のない状態が続いており、松阪に到着したのは、一斉出港の直前でありました。横浜を高速バスで出発したのは、午前0時少し過ぎた頃。休日だった事もあり、渋滞がなく、幸いにも到着予定時刻より30分以上早くに着きました。道中、松阪のお隣、芸濃付近はかなりの積雪となっていましたが、松阪は雨上がりと云った風情でしたが、小雪が舞っていました。舞っていると云うと優雅ですが、小雪が吹き荒れていたと云う方が近いかもしれません。強風でした。美しい松阪港の夜明け。伊勢湾にての『機雷戦訓練』は、年度では平成26年ですが、年明け最初の規模の大きな訓練です。訓練が始まる際は、毎年、日の出を拝んでいます。鳥羽方面から昇る旭。
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黄金(こがね)の旭と海上自衛隊掃海隊群第101掃海隊 掃海管制艇「くめじま」さん、「まえじま」さん。吹き荒れる小雪が少し写っていますね。昨年は暖かいとさえ感じた訓練初日ですが、今年は松阪らしい厳しい寒さと強風でした。厳冬の松阪は鈴鹿おろしが吹き、厳しい寒さである事が多いのですが、今年は特に全国的に厳しい寒さでありました。北極直送の大寒波が日本列島に押し寄せていた頃です。
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ベルライン岸壁の空は雲に覆われていましたが、美しい朝焼けの光がさしていました。最前列は海上自衛隊大湊地方隊函館基地隊第45掃海隊 掃海艇「ながしま」さん、「ゆげしま」さん。第2列は海上自衛隊掃海隊群第1掃海隊 掃海艇「みやじま」さん、「あいしま」さん。第3列は、海上自衛隊呉地方隊阪神基地隊第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さん、「なおしま」さん。第4列は海上自衛隊掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「ひらしま」さん、「たかしま」さん、「やくしま」さん。セメント岸壁側にも第41掃海隊さん、第51掃海隊さん、第43掃海隊さん、第44掃海隊さんがいらしたのですが、セメント岸壁側までゆく時間がありませんでした。
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掃海管制艇「まえじま」さんと吹き荒れる小雪。陽はさしているので雨であれば、「狐の嫁入り」ですが、小雪の場合は何と云うのでしょうね?やはり「狐の嫁入り」なのでしょうか。2010年以降、『機雷戦訓練』や『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の始まり一斉出港の朝、雨が降っていた日が多いように記憶しています。
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今年最初の一斉出港の朝は、雨ではなく、小雪。この後、目まぐるしく天候が変化します。小雪は吹き荒れていましたが、まだ穏やかであった朝。掃海管制艇「まえじま」さん、「くめじま」さんの皆様も寒そうですね…と云うより、寒い!とにかく厳しい寒さでありました。
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旭はさしているのですが、鈴鹿山脈方面から、続々もくもくと色の濃い雲がやってきます。伊勢湾方面は比較的雲は薄いのですが、山側は雲が厚かった。ただ、雲の流れは伊勢湾方面ではなく、伊勢方面でした。
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「まえじま」さん越しに鈴鹿山脈方面。雲が気になっていたようです。今にも雨か雪が降り出しそうな雲でした。
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こちらは掃海艇「ゆげしま」さんの皆様。数日前に観音埼よりお見送りした際も霰吹き荒れる朝でした。「ゆげしま」さんは函館より横須賀を経由して松阪港に入港されました。函館は松阪より寒いのでは?と平山艇長にお訊きしたところ、「いえ。こちらも寒い!」との事でした。寒さの質?が異なるのでしょうね。
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「ゆげしま」さんの皆様は笑顔ですが、雪が…写真的には良いのですが、凍える寒さを物語る光景です。ご覧の通り、皆様は薄着です。訓練の際も厚着はなさっていないでしょう。モゴモゴしていては機敏に動けません。近頃は「ヒートテック」なる有り難いアンダーウェアーがありますが…
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出港迫る。掃海管制艇「くめじま」さんの皆様。呉は暖かいように思い込んでいましたが、広島も今年は雪が多いと記憶しています。
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ベルライン岸壁最奥部の掃海艇「ながしま」さんの皆様。函館から松阪は遠い。遥々のお越しです。往路は数日、横須賀に滞在されていましたが、お帰りは直帰されます。とは云え、来るも帰るも遠い。
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「ながしま」さん、「ゆげしま」さん並び。旭は明るくさしていますが、まだ小雪が吹き荒れていますね。一斉出港の朝、雪であったのは、今回が初めてとなります。昨年、一昨年と吹雪の日もありましたが、今年は吹雪はない代わりに、連日のように気合いの入った寒風が吹きます。
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掃海部隊集結の際ならではの「掃海密集」。ひしめく掃海艇さんがた。第45掃海隊・第1掃海隊・第42掃海隊・第2掃海隊縦列。一斉出港となりますので、全ての掃海艇さんがたで出港準備が行われています。間近に居ると一斉出港の朝ならではの独特の気配があります。「さあ、これから訓練が始まる」。
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朝焼けの色から、青色の朝へ。この頃には、小雪も止んでいたようです。刻々と一斉出港が迫っていた頃。準備万端。
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雲の切れ間が大きくなって来ていました。ずらりと並ぶ掃海艇さんがた。1本煙突の第45掃海隊さん。2本煙突すがしま型の第1掃海隊、第42掃海隊さん。final wooden MSCひらしま型の第2掃海隊さんまで。各世代掃海艇さんがたの縦列。
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「あ!」。一斉にマストに信号旗が揚がりました。出港です。一斉に信号旗が揚がる際も独特の音が鳴り響きます。「シャッ!」とも「シャリンシャリン!」とも聴こえる音です。
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「旗揚げ」。以前は舞台の写真を撮っていましたので、劇団等の「旗揚げ公演」を当たり前に耳にしていましたが、これぞ「旗揚げ」ですね。舞台の旗揚げ公演の際に実際に旗は揚げません。
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さあ、一番手出港はベルライン岸壁側?セメント岸壁側?センター?一気に緊張度が上がりました。幾度、掃海部隊の皆様の一斉出港を見学記録していても、未だに緊張しますね。何故緊張する?一斉出港、さまざまな展開があり、一度きりであるからです。また、これより実際の訓練が始まるのですから、物見遊山で松阪まで来ている訳ではありません。緊張すると云う事は、集中すると云う事です。『機雷戦訓練』は、イベントではありません。実際の訓練。
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一番手は、第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん?セメント岸壁側からも同時に動かれる?掃海部隊の皆様の一斉出港は、いつも「同じ」ではありません。両翼から同時に出て来られる事もあります。掃海艦艇さん1隻ずつ記録するのではなく、「展開」を記録する事に重点を置いています。掃海艦艇さんがたは小柄ですが、それだけに機敏に細かく動かれます。1隻だけ記録していたのでは、掃海部隊の皆様ならではの「展開」が見えなくなります。緊張するのは当然です。一気に全ての岸壁が動く事もあります。掃海部隊の皆様は「手強い」のです。
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色調整し、青くしてみました。松阪港と津を結ぶ「ベルラインまつかぜ」さんの船体は青と白。掃海艇「やくしま」さんと「まつかぜ」さん。実に明瞭な視界。
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一斉出港が始まりました。ベルライン岸壁側、最前列の「ゆげしま」さんの皆様、後方をじっと観ていらっしゃいます。訓練が終了後の一斉出港の際は、皆様、賑やかにお見送りされますが、訓練開始の朝は、ぴりりとした緊張感があります。
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「やくしまバウスラスター」。静かに真横に滑るように。
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強風の朝でしたが、松阪港内は、とても穏やかですね。海面が穏やかです。出港一番手「やくしま」さん、ゆっくりと横に滑ってゆかれます。風は画像左手より吹いています。
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出港らっぱが鳴り響きます。気付くと、伊勢湾上空の雲はなくなっていました。伊勢湾上空快晴。いざ、伊勢湾へ。『平成26年度 機雷戦訓練』へ。
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伊勢湾洋上には、掃海母艦「ぶんご」さん。『機雷戦訓練』期間中は、ずっと洋上です。その為、松阪港と「ぶんご」さんを結ぶ「松阪ぶんご作業艇便」が運航されます。今回の訓練には、掃海母艦「うらが」さんは参加されませんでしたので、「ぶんご」さんのみでありました。
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伊勢湾上空快晴。旭に煌めく「やくしま」さんと「ぶんご」さん。一斉出港が始まると同時に、松阪港沖にいらした「ぶんご」さんも動かれました。
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出港二番手は第2掃海隊 掃海艇「たかしま」さん。「たかしま」さんのお姿を拝見するのは、とても久しぶりでした。昨年5月の高松以来です。大湊にはいらっしゃらなかった(自分が滞在していた間)。
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「やくしま」さんに続いて、ゆっくりと「たかしま」さんが出てゆかれます。一斉出港が始まると、出港らっぱが次々と鳴り響きます。いよいよ始まる…と実感する、らっぱの音。

では、『平成26年度 機雷戦訓練』詳細投稿第2回は、一斉出港の始まりまでと致します。既に30cut近い大作となっておりますので。『平成26年度 機雷戦訓練』第1日の見学記録は、一斉出港のみではありません。「続き」があります。また、翌日の見学記録も大変多くあります。
# by guardianvein | 2015-03-01 02:12 | ┣平成26年度 機雷戦訓練
昨年7月に時間が停止してしまった、こちら『gvein(別館)』。約7ヶ月ぶりの投稿となります。思うところあり、投稿停止していました。その為、昨年5月の高松港から唐突に2015年1月の東京湾に飛びます。『日報』は、晩秋江田島の超大作となりますので、『日報』に交互に投稿すると時期が混乱しますので、2015伊勢湾篇は、こちらに集約します。では、約7ヶ月ぶりの再開。伊勢湾へ向けての荒天出航。
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2015年1月28日。早朝の東京湾に、お姿見え始めた掃海母艦「ぶんご」さんより、2015 isewan partの記録は始まります。暴風に近い強風が吹き荒れていた観音埼。視界は暗く、霰飛礫の彼方に掃海母艦「ぶんご」さん。東京湾はご覧の通り、白波だらけ。とにかく強風。観音埼の樹々は風に千切れそうになっていました。とにかく寒い。身を切るような冷たい強風が吹き荒れていました。ごうごうと吹き荒れる風に辺りは騒然としていましたが、自分以外、誰も居ません。集中して記録出来る筈が、あまりの強風に訳が判らない。ですが、「…また山が見える…」。肉眼では見えていませんでしたが、ファインダ内からは「赤富士」が見えていました。「…また山が…」と云うのは、昨年も伊勢湾にて、掃海母艦「ぶんご」さんと山を記録していたからです。
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昨年2月9日。伊勢湾洋上の掃海母艦「ぶんご」さんと美しく神々しい御山。昨年は伊勢湾にての『平成25年度 機雷戦訓練』期間中、幾度も見えていたのです。大変印象深く、当時、とても気になっていました。その後、かつて伊勢湾フェリーの船長をなさっていた御仁に「木曾御嶽山」と教えて戴きました。よもや、その半年後に大噴火が起きるとは…
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今一度、冒頭の画像を。1年後、観音埼より東京湾洋上の掃海母艦「ぶんご」さん。その背後に浮かび上がる「赤富士」。肉眼では見えていなかった雪を頂く御山。富士山に見えてしまったのですが、観音埼のこの位置から、富士山が見える??そして、やはり今年もかつて伊勢湾フェリーの船長をなさっていた御仁に教えて戴きました。「男体山」。栃木県日光市に聳える名峰。神奈川県から栃木県は、かなり距離があります。観音埼は、子どもの頃から訪れていますが、男体山を見た記憶はありません。この朝は、曇天荒天であったのですが、男体山が見えていたのです。驚きました。昨日、TVで徳川家康公の番組を拝見しましたが、久能山、富士山、日光東照宮の恒例山を結ぶ「光の道」のようです。観音埼と男体山を線で結ぶと…直線上にあるのは、川崎駅、新宿駅、上尾駅…目の前の富津と日光東照宮と線で結ぶと…直線上にあるのは、芝東照宮、上野東照宮。男体山は日光東照宮に隣接しています。また、今回、松阪へ向う際、時間的事情により、深夜に横浜を出発する高速バスに乗りましたが、東名高速は久能山のすぐ近くを通りました。出航の朝に幻のように見えた男体山。後に家康公に繋がる「道」となるとは思いもしませんでした。掃海部隊の皆様の出航を記録する事が歴史の再勉強となる事は、今回が初めてではありません。ただ掃海艦艇さんがたの写真を撮るだけではないのです。さまざまな事が見えて来るのです。幻のように浮かび上がる。
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家康公の記載が長くなりましたが、「現代」に戻りましょう。伊勢湾にての『平成26年度 機雷戦訓練』へ向けての出航。厳しい寒さ、暴風に近い強風の荒天でした。霰混じりの強風。ですが、僅かに雲間から旭がさします。掃海母艦「ぶんご」さんが浮き上がって見えました。まるで、合成写真のように。
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白波だらけの東京湾。「ぶんご」さんは、さほど波を蹴立てていらっしゃいませんが、すれ違う「JOSCO」さんのお足下は、波が弾け飛んでいました。水煙が上がっていました。
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曇天暗い東京湾岸。何故か、「ぶんご」さんにのみ旭がさしていた為、合成写真のようです。暴風に苛まれていましたが、「ぶんご」さんは大変明瞭に見えていました。実際には、ピントを合わせる(勿論、マニュアルで)事も困難な風が吹き荒れていたのですが。
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朝の浦賀水道はラッシュアワー。荒天の東京湾を大変多くの船舶が行き交います。実に明瞭に見えていた「ぶんご」さんと巨大な貨物船、少し小柄な…貨物船でしょうか。しかし、対岸の富津は霞んでいます。霰混じりの雨が降っていた事でしょう。
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白波だらけの東京湾に続いて出て来られたのは、第41掃海隊 掃海艇「ちちじま」さんでした。まだ、幻のように男体山が見えています。
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白波だらけの東京湾を、ぐいぐいと進んで来られる「ちちじま」さん。その後方から爆走して来ているのは…明瞭でなくても判ります。東京湾最速の「ジェット船」。セブンアイランドさんです。
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「ちちじま」さんに続いては、第41掃海隊 掃海艇「えのしま」さん。やはり、「ぶんご」さんと同じく、「ちちじま」さん、「えのしま」さんにのみ旭がさしていました。かッ飛ばして来られる「東京湾最速」のセブンアイランドさんはまだ暗い。
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「ざばッ」。「ちちじま」さんの艦艇番号まで、白波が上がります。観音埼は強風である事が多いのですが、この日は格別強風でした。曇天の東京湾。海上自衛隊さんの艦艇さんがたが、何故、この一色であるのかが、よくよく判る状況でもあります。海と全く同じ色です。これまで、幾度となく各ブログに記載していますが、色と云うのは難しく、特に単色は難しいのです。しかも「自然の色」と同化している事に、いつも感嘆します。
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「えのしま」さんと巨大な貨物船。弾け風に飛ぶ波しぶき。写真を撮るには厳しい気象条件でしたが、厳しければ厳しい程、「艦艇は航行してこそ」の記録となります。停泊している艦艇さんがたは「お休みしている」ところ。
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暗い第一海堡。「ちちじま」さんは、「もりもり」進んで来られます。東京湾も白波が走っていました。
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「ちちじま」さんと東京湾アクアライン。曇天で視界は暗いのに見える。強風であったからでしょう。もし、風が穏やかであれば、靄靄で見えなかったでしょう。
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白波東京湾なんのその。「えのしま」さんも随分と近付いて来られました。とにかく、海と同じ色。完全同化。
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もりもりと白波かきわけ「ちちじま」さん。巨大な「えんどう豆」のLNGタンカーさんとすれ違います。この頃、掃海母艦「ぶんご」さんの記録が途切れていますが、樹々と灯台の影になって見えていません。まだ、この時間帯は灯台に上がれません(灯台敷地内に門を乗り越えて入ろうものなら、SECOMの警報が作動しますよ)。
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「えのしま」さん、この辺りが最も近い頃でしょう。動画ではないので、「がぶがぶ」進んでいらっしゃる様子が伝えられませんが…「もりもりがぶがぶ」です。
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浦賀水道前方は、かなり明るくなり始めていました。「ちちじま」さん、観音埼ライン通過。通過なのですが、「観音埼緑灯浮標」が、かなり斜めになっていますね。右に左にぐらぐら揺れていました。そして、すれ違う巨大なLNGタンカー。この後、再び、記録の画像に登場となります。
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「LNGー!」(Gが入り切っていませんが)。巨大なタンカーさんは、文字まで大きいですね。すれ違う「えのしま」さん、タンク2つ分。掃海艇さんがたは小柄ですが、もしも、海に機雷が敷設されれば、巨大なタンカーは航行出来なくなります。これほど大きなタンカーに積まれているのは…「LNG」とは液化天然ガス。機雷に触れれば、大惨事です。その為に掃海部隊の皆様がいらっしゃる。「機雷が敷設されるのは、現実的ではない」と云い切れますか?「想定外」はあり得ないのです。起きてからでは遅い。「そんな事は起きない」と思うのは、「そうなって欲しくない」の裏返し。
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「あッ!」。慌てました。LNGタンカーとの交差と「ちちじま」さん、「えのしま」さん観音埼ライン通過に気をとられていました。はッと気付くと、函館よりいらした第45掃海隊 掃海艇「ながしま」さんが間近に来られていました。第45掃海隊さんは、この朝が観音埼ライン通過初記録です。横須賀を経由して、伊勢湾へ。
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「ながしま」さんに続いては、同じく函館よりの第45掃海隊 掃海艇「ゆげしま」さん。少しずつ、青みが出てきた浦賀水道。「ゆげしま」さんも観音埼ライン通過初記録です。伊勢湾にての機雷戦訓練。かなりの遠方からお越しになるのは、函館の第45掃海隊さん、沖縄の第46掃海隊さん。どちらもかなりの遠方。長旅です。
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少しずつ、風と白波がおさまりつつあった頃。僅か…です。「ながしま」さん、観音埼ライン通過、初記録。思えば、「ながしま」さんのお姿を目にするのは、昨年の大湊以来です。そこから時間が停まっていた。
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この頃、ようやく、先頭の掃海母艦「ぶんご」さんのお姿が見えました。既に彼方となりつつありました。房総半島が白く霞んでいます。春霞のように。到底、春の日和ではありませんでしたが。
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「ゆげしま」さん観音埼ライン通過初記録。お帰りの際は、横須賀には寄られませんでしたので、この朝、無理を圧して記録しておいて正解でした。相当な強風、荒天の出航となりましたが、強風は、2月1日より始まる伊勢湾での機雷戦訓練期間中も吹き荒れ続きます。この頃、厳しい寒波が日本列島に押し寄せていました。各地で大荒れとなります。強風との攻防の始まりでもありました。例年、伊勢湾は厳しい寒さと強風でありますが、今年も厳しかった。
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旭に煌めく浦賀水道に「ゆげしま」さん。情景的には大変美しいのですが、そのような事を云ってはおられぬ状況でした。とにかく強風。とにかく寒い。痺れる寒さでありました。「ながしま」さん、「ゆげしま」さんの記録がやや少ないのは、灯台に駆け上がったりしていた為ですが、その後、松阪での記録が多くあります。

この朝、伊勢湾での『平成26年度 機雷戦訓練』へ向けて、横須賀より出航されたのは、掃海母艦「ぶんご」さん、第41掃海隊 掃海艇「ちちじま」さん、「えのしま」さん、第45掃海隊 掃海艇「ながしま」さん、「ゆげしま」さん。そして。
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あまりの寒さに灯台下の資料室に避難。灯台守のおかあさんがたとお話ししていたのですが、掃海母艦「うらが」さんの「463」が見え、慌てて飛び出し、灯台に駆け上がりました。まだ東京湾には白波が走っていましたが、少しだけ風は穏やかになっていました。少しだけ。掃海母艦「うらが」さんは、伊勢湾での訓練には参加されませんでしたが、同日、横須賀を出航されました。この記録は、時間の経過が判ります。「うらが」さんの後方。木更津でしょうか。入港中の「LNG!」は、朝に「ちちじま」さん、「えのしま」さんとすれ違う画像のLNGタンカーさんですね。ぐるりと東京湾を周り、木更津にご到着。
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掃海母艦「うらが」さんと観音様。この時間帯になると観音様が大変明瞭に見えていました。浦賀水道も穏やかになっていますね。2015 isewan partの記録は、掃海母艦「ぶんご」さんに始まり、掃海母艦「うらが」さんにて終了となる「予告」でもあったのですが、勿論、皆様の日程は存じませんので、次々と横須賀を出航された掃海部隊の皆様の「YOKOSUKA→ISEWAN RIDE」の見学記録。横須賀に始まり、横須賀に終る2015 isewan part。
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こちらの画像を追加。東京湾最速のジェット船。伊豆七島を目指すセブンアイランド「大漁」号さんと「えのしま」さん。1月に就役されたばかりの新人さん。セブンアイランド号さんがたも、2015 isewan partの始めと終わりに登場されます。まるで、記録を逆再生するかのように。記録している間は、全く予想もしていないのですが、記録完了した後、確認すると、「見事に対」になっていた事が判ります。

では、7ヶ月ぶりの投稿。2015 isewan part詳細投稿第1回は、ここまで。『日報』の晩秋江田島「自衛隊記念日」超大作と交互に投稿してゆきますが、晩秋江田島は『日報』へ。2015 isewan partは、こちら『gvein(別館)』へ。
# by guardianvein | 2015-02-23 05:35 | ┣平成26年度 機雷戦訓練
昨日はスマートフォンからのアクセスが急騰していましたね。新米見学者、まだ横浜から動けないでおりますが(台風ではなく、家の事情)、投稿は出来ます。時間ぎりぎりまで投稿と準備です。では、海上自衛隊掃海隊群 高松港入港詳細投稿第7回。海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、サンポート高松岸壁ご到着後の各所お支度から日の入りまでを。今投稿にて、5月29日の掃海部隊高松港入港詳細投稿は完了です。
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今投稿は、掃海艇「やくしま」さんの皆様の各所ご準備から日の入りまでを。佐世保の掃海隊さんとしては8年ぶり、現在の海上自衛隊掃海隊群第2掃海隊さんとしては「初」の高松港寄港。お姿見え始めてから約4時間後の入港。先に入港された「たかしま」さんは屋島側へ。「やくしま」さんは、掃海母艦「うらが」さん後方、サンポート高松の岸壁です。こちらの岸壁は、大変広々としています。また、駅から近い事、多くのフェリー乗り場に隣接している事から、1日を通して大勢の方々がいらっしゃいます。毎年(昨年は坂出港でしたが)、掃海部隊の皆様の寄港を楽しみになさっている地元高松の皆様も多く、ご到着直後から、興味津々の地元の方々が側に来られては、乗員の方々に質問されたり、記念写真を撮られたり、とても和やかです。
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ご到着直後の「やくしま」さんの皆様。赤いヘルメットを被られましたね。クレーンが動くのでしょう。ブイも出番ですね。EOD員さんがたの処分艇さんを降ろすのでしょう。あと…手前に大きくフロートが写っていますが、集まって来られた地元の方々がよく乗員の方々に「これ魚雷ですか!」と、よく質問されるのですが、「浮き」です。魚雷が、いつも外に出ていたら危ないですよ…(^-^;)それに掃海艇さんがたは魚雷は積んでいらっしゃらないです。とは云え、この日初めて掃海艦艇さんがたを見た方々が間違えるのも致し方ありません。その為の「一般公開」。親切丁寧に「掃海機雷」について教えて下さいますよ。まずは私たち国民が良く知る事です。良く知らぬのに、あれこれ云うべきではありません。海上自衛隊さんの任務について、良く知る事です。私たち国民を護る、国を護ると云う事が、どのような事であるのか、しっかりと学ぶべきは私たち国民です。自分を含め、勉強が全く足りていませんよ。武器や装備にやたら詳しくなるのではなく、「任務」についてを、もっと知るべき・学ぶべきです。その為の艦艇一般公開・体験航海。
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「やくしまクレーン」始動。処分艇さんを降ろします。高松港は大勢の方々がいつもいらっしゃいますから、転落等の安全の為にも、処分艇さんスタンバイ。時に「連絡船」にもなります。今回、「やくしま」さんは、サンポート高松岸壁側に到着されましたが、お仲間の「たかしま」さん、「つのしま」さんは屋島側です。歩くと1時間程かかるそうですし、広々とした高松港をぐるりと廻らねばなりません。タクシーでも1メーター超えるかも?と云う距離。処分艇さんでゆけば10分以内でしょうか(とは云っても、今回、処分艇さんが連絡船になった形跡はありませんでしたが)。
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ゆっくりゆっくり、処分艇さんをクレーンで吊り、海面に降ろされます。掃海艦・掃海艇さんがたは黒い処分艇1杯、グレイと黒の作業艇1杯を搭載されています。黒いゴムボートを「黒い処分艇」と記載しているのは、主に水中処分員=EOD員さんがたが駆使される為。掃海部隊の皆様も「処分艇」と呼んでいらっしゃいます。
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「黒いゴムボート」と云っても、かなりの重量ですから、クレーンで移動。時にEOD員さんがたが担がれる事もありますが、海へ降ろすのには担げません。こうして、クレーンで降ろされます。
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で、処分艇さんはどちらへゆかれたかと云うと…こちら。翌日にはお隣に「ひらしま」さんがご到着になられますから、右舷ではなく、艇尾へ。停泊されている際は、この地点に処分艇さんが「待機」していますね。ところで…気付けば、快晴の高松港上空。白く霞んでいた屋島が、とても良く見えていますね。遠く…緑のガントリークレーンのやや右に「たかしま」さん、「つのしま」さんがいらっしゃいます。
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「やくしま!」。処分艇さんは、ここで「待機」です。昇り降りは、ご覧の通り、梯子です。
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「はい。自衛艦旗も整えます」。風で支柱に巻き付いていた自衛艦旗を広げましょう。洋上では小さく見えるかもしれませんが、こうして観ると大ぶりの旗です。
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「やくしま」さん前方へ移動。着岸後、一般公開前、訓練開始前によく観られる光景ですね。「塗装の時間」でした。皆様、錨巻軸に何をか…
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「ここのボルトがな…ここの…」と云った感じでしょうか。サンポート高松岸壁は、こうして、皆様と同じ高さから記録する事が出来る港です。殆どの場合は見上げる位置になりますので、よく見えない事が多いのですが。
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掃海部隊の皆様のご準備を記録しているうちに…辺りは少しずつ夕刻色に。時刻は18時。日の入りまで、あと1時間ちょっと。掃海艇「やくしま」さん艦首旗・掃海母艦「うらが」さん艦尾自衛艦旗と高松港のランドマーク。JRホテルクレメント高松さん・高松港旅客ターミナルビル。「うらが」さんは、安全網・電灯艦飾のご準備完了。「やくしま」さんが、この日のうちに安全網と電灯艦飾ご準備をされなかったのは、翌日、お隣に「ひらしま」さんがご到着になられるからでありましょう。ご到着時には、「ひらしま」さんからサンドレッドが飛びますし、ロープも渡ります。その際、安全網や電灯艦飾があると引っかかってしまいます。この日、「ひらしま」さんもご一緒に到着されていれば、「ひらしま」さんも「やくしま」さんも、即座に安全網・電灯艦飾のご準備をなさった事でしょう。
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辺りが少しずつ夕焼け色になり始めていました。「やくしま」さん前甲板の20mm機関砲も「おやすみ」の時間です。カバーをかけられます。こちらの20mm機関砲も「武器」と思われて、「これでは威力が足りないのでは!」と詰め寄る見学者のお方がいらっしゃいますが、攻撃用の武器ではなく、機雷を掃討する為の装備。「素人見た目判断」は宜しくありません。しっかり勉強しましょう。その為の「一般公開・体験航海」。
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高松港の夕景色は美しいです。瀬戸内海の夕陽は美しいですね。今回、梅雨前線・台風8号接近・上陸による豪雨被害が気がかりな熊本県の長島の夕陽も大変美しいです。
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この日、自分は久しぶりに夕焼けを見たように思います。美しい高松、岡山方面の夕空。2年ぶりの高松港の夕刻でありました。間もなく日の入りです。
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自衛艦旗降下まで、あと数分。先にJRホテルクレメント高松さんに灯がともりましたね。各地の港に寄港されている際は、各地の日の入り時刻に合わせての自衛艦旗・艦首旗降下となります。
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「自衛艦旗降ろしかた5分前」。いえ…1分前ですね。既に灯が点きました。高松港のランドマーク「高松シンボルタワー」と自衛艦旗・艦首旗降下1分前。艦首旗は一瞬で降ろされます。
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艦尾の自衛艦旗は、らっぱの音(ね)に合わせ、ゆっくりと降ろされます。少し懐かしい色合いで。いつも、ほっとするのです。「1日の終わり」。勿論、海上自衛隊さんは24時間態勢ですが、日の入り自衛艦旗降下の光景は、ほっと安堵します。
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ゆっくりと降ろされた自衛艦旗は、きちんとたたまれ所定の場所に納められます。幾度もブログ等に記載していますが、祖父は太平洋戦争時、海軍さんにお納めする国旗を染めていました。母親実家は太平洋戦争時、国旗製作所でありましたので、その一族として、現在の海上自衛隊さんの方々が、こうして「旗」を礼節もって大切に扱われている際を目にする度に、祖父に見せたかったと…と、しみじみ思うのです。祖父が染めた旗は、ほぼ全てが失われた事と思います。今も探し続けてはいますが、もしかすると…江田島にあるかもしれません。教育参考館内に。「もしかして…」と思われる遺品が大切に保存されています。
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前方の「うらが」さんにても艦尾自衛艦旗が降ろされました。次第に暗くなる高松港に暖かいオレンジ色の「カンテラ」。
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陽が暮れると、何故か存在感が増してくる「真水」。昼間はあまり目立たないのですが、夜になると存在感が増します。夜通し、様子をご覧になられるからかもしれません。丁度、この頃が「こやけ」の時間であったかもしれません。夕焼けは2段階。日の入り前に美しく空が染まり、陽が暮れると一旦は辺りは暗くなりますが、再び、夕焼けが現れます。童謡に「ゆうやけこやけでひがくれて」とありますが、「こやけ」とは2度目の夕焼け。
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既に陽が暮れていますが、再び、僅かに空が夕焼け色になります。少しだけ染まりますので、「こやけ」。昔の人は、よくよく空を見ていた。この日の高松は「こやけ」も大変美しかったです。空に雲がないと、「こやけ」は分かりづらいのですが、良い雲がたなびいていました。
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薄紅色とも薄紫色…最も近い日本の伝統色は「鴇色」「淡紅藤」でしょうか。美しい色合いの「こやけ」と掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん。振り返り振り返り…滞在先に戻りました。

これにて、海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、サンポート高松岸壁ご到着、海上自衛隊掃海隊群 5月29日高松港入港詳細投稿は完了です。更に、『第63回 掃海殉職者追悼式』、第2掃海隊 掃海艇「ひらしま」さん、「やくしま」さん体験航海と記録は大変多くありますが、一旦時間切れ!です。
# by guardianvein | 2014-07-11 10:44 | ┣掃海部隊
時間がない!(久しぶりの叫び)。とは云え、焦っても時間は増えませんので、出来る限りの投稿を。海上自衛隊掃海隊群 高松港入港詳細投稿第6回。海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、サンポート高松岸壁ご到着後の各所お支度の記録です。これにて5月29日に掃海部隊の皆様が高松にご到着された際の詳細投稿は完了…なのですが、準備した画像が40枚を超えていますので、分割します。全7回の詳細投稿にて5月29日分は完了となります。
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5月29日(木)時刻は16時を過ぎ、「夕方」の時間帯に入ろうとしていた頃です。日の入りは19時台ですので、まだ3時間ほどありますが。こちらは、掃海母艦「うらが」さんの皆様。入港直後から、てきぱきと各所でご準備が始まります。掃海母艦「うらが」さんでは、翌日、航路啓開・掃海に縁の方々、地元香川県の方々をお招きしてのレセプションが行われます。その晩は電灯艦飾も行われますので、早速、そのご準備が始まります。着岸してから間を置かれません。即座に始まります。「うらが」さんは広大ですから、電灯艦飾のご準備も大掛かり。
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掃海母艦「うらが」さんの電灯艦飾・一般公開のご準備には、デッキクレーンが「出動」です。既に一般公開(レセプション)用のグリーンの安全網が張られ始めていますが、デッキクレーンで吊られて出て来たのは、青いケージいっぱいの電灯艦飾の電球群。大量輸送です。1箱1箱運んでいたのでは、夜になってしまいます。
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格納庫上では、電灯艦飾用のワイヤーのご準備。マスト経由して艦首艦尾まで。単にワイヤーを渡せば良いと云うものではありません。電灯艦飾の電球を均等に吊るすのですから、電球の重さがあります。艦首から艦尾まで、何球でしょうね?数えた事がないのですが、かなりの数です。
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中央デッキクレーン付近。こちらは安全網のご準備中ですね。全長141m、幅22mの「うらが」さん周囲にぐるりと巡らせるのですから、安全網もかなりの枚数。両舷で282m+22m(単純計算ですが)=304m分。総重量はどれ程でしょう。デッキクレーンで運び出し、張り巡らせるのは、乗員の方々の「手作業」。
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本年度の「掃海部隊カレンダー」をデザインさせて戴きましたが、表紙に配したのは、掃海母艦「うらが」さん、掃海母艦「ぶんご」さんのWデッキクレーン。「何で表紙にデッキクレーン??」のお声もありましたが、新米見学者的に掃海母艦さんがたのデッキクレーンにこだわりがあり。そのこだわりのデッキクレーンが稼働しますので、「こだわりの見学記録」でもあります。
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しかし、各所ご準備は同時進行ですので、実に忙しい見学記録です。急がないと、皆様、てきぱきとなさっていますので、すぐに終わってしまうのです。掃海ケーブル付近では、安全網の上から電灯艦飾の電球を配されています。てきぱきと進めれば、それだけ早く終わり、上陸出来る方々は高松の街へゆかれ、艦内では、おそらく…翌日のレセプションのご馳走のご準備も進められていたかもしれません。レセプションには大変大勢のお客さまが来られます。デリバリーではなく、乗員の方々の心づくしの「ご馳走」がずらりと並ぶのです。外からは見えないご準備もなさっている筈です。
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「おおお?」。初めて目にした光景でした。「うらが」さんマストに乗員のお方が…高所が苦手な方々は足がすくむ高さでしょう。そのマストとデッキクレーンが運ぶ電灯艦飾ケージ。
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「デッキクレーンが動いている!運んでいる!」です(←子どもみたいですね)。勿論、これまでも横須賀をはじめ、各地でデッキクレーンが稼働している際を記録していますが、今回は多様です。
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ふと思ったのですが、大量の「電灯艦飾セット」は、何処から出て来るのでしょう?「爆雷エレベーター」から昇って来る?また、デッキクレーンを操る方々は、どちらの「科」の方々でしょう。これほどデッキクレーンに拘ってい乍ら、実はまだ良く分かっていない新米見学者です。
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こだわっていますね…デッキクレーンが稼働している際は、アームが自在にスムーズに「ぐりぐり」動きますから、それに自分も合わせると、このようになります。
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まだまだこだわっていますね…『掃海母艦デッキクレーン写真集』出版しようかと云う勢いで見学記録していますね。こうして自在に操られているデッキクレーンは実に興味深いのです。掃海母艦「うらが」さんの甲板上で、大きな立体的な動きが良く見えるのは、デッキクレーンが「唯一」かもしれません(甲板上、です。レーダーも大きく回転していますが、マスト)。「爆雷エレベーター」は高い位置からでなければ見えません。デッキクレーンは、陸奥湾・日向灘などで行われる『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』でも、かなり距離があっても稼働すると、すぐ分かります。実に存在感があるのです。自分にとって。
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と、デッキクレーンを凝視していましたが、「びかびか」の光に反応。機雷を征する鋼(はがね)の女王の煌めきと安全網設置中の皆様。活き活きなさっていますね。こうした光景を目にすると、いつも「お元気そうで何より」と思うのです。皆様が面倒くさそうに仏頂面で作業なさっていたら、写真には撮りません。観なかった事にするでしょう。そこに笑顔があるからレンズを向ける。
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艦艇一般公開・体験航海、お客さまが大勢いらっしゃる際に設置される転落防止の安全網。ホームセンターでも売られている緑色のネットですが、勿論、「掃海母艦うらが仕様」ですね。きちんとサイズが合っています。こうしたご準備の一つ一つが印象に残ります。ただ航行している艦艇さんがたを撮って満足するのではなく。艦艇さんがたを動かすのは、人の力です。艦艇さんがたが自らの意志で航行されているのではありません。多くの人々の力が集まり動くのです。一般公開などの催事も、こうした地味で地道なご準備があって、です。
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こうして、乗員の方々の手で、丁寧に隈無く張られてゆく安全網。緩んでいたりすれば、そこに引っかかって転倒する見学者が出るかもしれません。艦艇さんがたは、あちこちに「でっぱり」があり、転倒すれば、思わぬ大けがをするやもしれません。私たち見学者も十分注意しなくてはなりません。乗員の方々にご迷惑がかからぬように。また、こちらの安全網に寄りかかってはいけません。あくまで「仮」の柵ですから、うかつに寄りかかれば(体重かけて)、外側に倒れます。普通に掴まるぐらいであれば簡単には倒れませんが、それでも注意が必要です。
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そして、またデッキクレーン。快晴の青空にデッキクレーン。まだまだ電灯艦飾の電球が運ばれていました。次の機会こそ、全ての電球の数を数えたいですね。
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電球到着。既に安全柵(安全網)には電球が配されています。いよいよ、マストへ昇る電球の設置ですね。ワイヤーの準備は出来ています。ピンと張っています。
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艦尾自衛艦旗支柱から電球が昇ってゆきます。ここでまた細かい手作業です。1本(球)ずつ、「環」を付けてゆきます。細かい!デッキクレーンで到着した青いケージから出て来た際は、この状態ではありません。
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ケーブルと電球のみではありませんが、「なすかん」は付いていません。配する位置によって、「吊るし方」も異なっていますが、美しく点灯した電灯艦飾を見て、この細かい作業を思い出すには、こうした地道な作業をしっかり見ていなくてはなりません。「わー綺麗ー!」と見惚れているに終わってしまいがちですが。
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デッキクレーンに続いて、電灯艦飾の電球にもこだわっていたようですね。勿論、これまで幾度も見学記録している光景なのですが、今回は実に集中していましたね…何だか…電灯艦飾の電球が海の生物の卵に見えて来たり…
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突如、ここから第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん地点へ移動。高松港初寄港となった「やくしま」さん。翌日には、お隣に「ひらしま」さんがご到着。「たかしま」さんは屋島側に一番手でご到着でした。

「やくしま」さん地点に移動したところで…海上自衛隊掃海隊群 高松港入港詳細投稿第6回は、ここまでと致します。準備している画像は40cutを超えていますので、一気に投稿すると長過ぎます。PCでご覧になられている方々はスクロールが容易ですが、今現在、スマートフォンでご覧になられている方々も大変多くなっています(アクセスログ解析結果で3デバイスの内訳が分かります)。スマートフォンで40cutを超える「超大作」は長過ぎると思うのです。その為、分割致します。

時間切れが迫っていますので、あまり間をあけず、次回投稿予定です。
# by guardianvein | 2014-07-09 23:00 | ┣掃海部隊
7月に入り、慌ただしくなって参りました。『日報』、こちら『gvein(別館)』、頑固に詳細投稿を続けております。時間切れまで出来る限り。掃海部隊の皆様の「高松篇」も江田島も大変記録数が多く、そうそう簡単には投稿完了しません。高松篇は、特に活き活きとした掃海部隊の皆様の記録が大変多いのです。今回は、サンポート高松岸壁ご到着時ですので、特に、ですね。では、早速参りましょう。海上自衛隊掃海隊群 高松港入港詳細投稿第5回。海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、サンポート高松岸壁ご到着!
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高松港のサンポート高松岸壁は、臨場感満点です。掃海母艦さんがたの入出港を間近真正面から観られる港はそう多くは…新米見学者が訪れた港のうちでは、ここ高松港、大湊…米ノ津港や水俣港もですね。最も距離が近いのは、高松港かもしれません。
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「うらがさんは大きい!」と、改めて圧倒される距離ですね。お足下までゆけますが、着岸時はサンドレッドが飛びますし、人が握れる限界の太さの索が弾けると大変危険ですので、「安全圏内」からの記録です。掃海母艦「うらが」さんは、横須賀にご所属ですので、「いつも見ている」のですが、各地の港でお姿拝見すると、いつもとは違う感覚ですね。
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掃海母艦「うらが」さん…「母王」にぴったり付いての、ご到着。「子」の掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん。高松港初寄港です。沖合は相当霞んでいましたが、港内は実に明瞭!
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前方、「うらが」さんより次々とサンドレッドが飛びます。「うらが」さんの甲板は8m程あるそうですので、空からサンドレッドが降って来る、と云う感じです。掃海艇さんがたからの際も、高く投げ上げられますが。
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常日頃、サンドレッド投擲の練習なさっていますので、見事に滞りなく飛んでゆきます。細い策がこんがらがる事なく。実に鮮やかに。
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サンドレッドが岸壁に着地すると、「走れーーーッ!」です。サンポート高松岸壁に最初に着岸されるのは、掃海母艦「うらが」さんですので、自衛隊香川地方協力本部の皆様が「もやい要員」をご担当されますが、海上自衛隊さんの皆様のみではありませんので、時に大変そうな事もあります。それぞれ、皆様の「分野」があります。「ぐるぐる全力で走る!」とは、どんな風に?と戸惑われる事もあるでしょう。
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新米見学者も「うらが」さん艦尾まで、全力で走ってみました。勿論、着岸の作業に支障のない距離で。こちらは、既にサンドレッド着地し、人が握れる限界の太さの策を思いっきり曵いて曵いて!綱引きです。「うらが」さんは大きくていらっしゃるので、それは大変な綱引き。術科競技会の種目に「綱引き」なかったですか?
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2年前の横須賀。丁度、陸奥湾での『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』直前です。当時の第51掃海隊 掃海艦「はちじょう」さんの皆様が綱引きなさっていました。同日、高速サンドレッドタイムトライアルの練習もなさっていましたので、術科競技会を控えての午后であったと思います。
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それから2年後の高松港。曵いて曵いて…ぎりぎりと索の音が聴こえます。
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まだ曵くまだ曵く。ですが、曵き過ぎてもいけませんし、緩くてもいけません。その張り具合も、その時々によって異なる筈ですので、着岸も「場数」ですね。高松港は多くのフェリーや船舶が行き交いますから、曵き波が頻繁に起きていますし、その日の潮汐、天候など、さまざまな状況を考慮してのロープの張り具合。常にいつも同じではなく。
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落ち着かれたようですね。時刻は午后3時50分。「うらが」さんが高松港に入港されるのは…いつ以来でしょう。新米見学者が初めて高松港を訪れたのは2010年。その際は、掃海母艦「ぶんご」さんでした。2011年は東日本大震災災害派遣期間中でしたので、掃海艇さんがたのみの入港でありました。2012年は再び、「ぶんご」さん。2013年は「うらが」さんでありましたが、坂出港でした。2009年が「うらが」さんであったかもしれませんね…当時の横須賀5月下旬の記録に「うらが」さんが写っていません。「うらが」さん艦尾に同化しているのは、JRホテルクレメント高松さん。お部屋を選べれば、掃海艦艇さんがたの「空撮」が可能です。横須賀で云えば、メルキュールホテルさんですね。
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さあ、続いては、初入港の掃海艇「やくしま」さん。「やくしま」さんは体験航海・一般公開が多いですね。今年も各地で体験航海・一般公開なさっています。佐世保の掃海隊としては8年ぶりの高松港寄港であったそうです。「やくしま」さんは就役されたのは2009年ですし、今回が初寄港。第2掃海隊さんは「初寄港」。
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西日本の梅雨入りが迫っていた頃ですが、快晴の初入港となりました。毎年5月最終週に掃海部隊の皆様が香川県に寄港されますが、2011年は台風2号接近の為、体験航海が中止となり、どしゃ降りの雨の中、第1掃海隊さん、第42掃海隊さんは予定よりも早くに出港されました。今年は快晴。昨年に続き、気温が30度に迫っていました。畑中艇長をはじめ、「やくしま」さんの皆様、こんがり日焼けなさっていますので、まるで真夏の記録のようですね。思えば、「やくしま」さんの皆様にお会いするのは、2月伊勢湾以来です。『機雷戦訓練』終了当日の夜からは雪。翌日は冷たい雨降る一般公開、更に翌日の一斉出港時は、台風並の暴風、雨…厳しい寒さでありました。
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「飛べよサンドレッド!」。高松港ならではの同じ高さからの記録です。やはり、掃海艇さんがたの前甲板と同じ高さからの記録が出来る港も、そう多くはないですね。
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昨年は掃海母艦「うらが」さん敷設長として、坂出港にいらしていた豊田第2掃海隊司令。今年は佐世保の第2掃海隊司令としての「初寄港」ですね。豊田第2掃海隊司令は、初代の掃海艇「たかしま」艇長でもありました。
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「やくしま」さん後方の皆様。ほぼ、ご到着時。後方は岸壁よりも下になっていますね。潮の満ち引きで上下しますが、高松港は、この時期、満潮時は岸壁とほぼ同じ高さであったかと。岸壁の高さも各地それぞれの港で異なりますので、油津港では、時にタラップが滑り台のようになります。かなりスリリング。
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前方の「うらが」さんに続き、「やくしま」さんでも綱引きです。艦艇さんがたの大きさに関わらず、綱引きはいつも全力。さあ、これから曵かれますよ…
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「やくしま」さんより前方の「うらが」さんまで。「うらが」さんと「やくしま」さんの間隔は、かなり詰まっていますが、これでサンポート高松岸壁(コンクリート部分)は、いっぱいいっぱい。掃海艦さんがたであると、少しはみ出ます。サンポート高松岸壁は、大変広々しているのですが、それでも、掃海部隊の皆様には、縦いっぱいっぱい。
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さあ、タラップを何処にかけましょうか(?タラップをクレーンで降ろしている際の記録がないですね…??)。このタラップかけも容易ではありません(ラッタルとは記載しない新米見学者)。潮汐によって、波や曵き波によって、「ガリガリ」動く。随時、変更される事もしばしば。
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前甲板の皆様は、ほぼご到着ですね。ロープもしっかり巻かれています。「着いた着いた初高松」。そう云えば、一度は、この高松港沖を通過されての入港です。第2掃海隊さんは早朝、淡路島の辺りにいらしたのです。
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「OK!」の声が聴こえそうな光景ですね。佐世保より高松へ。前々週には、伊万里での体験航海を行われていた「やくしま」さん。ここ高松港でも体験航海をされます。
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「到着しましたー!」。時刻は午后4時5分。お姿見え始めたのはお昼どきの12時半。ようやくのご到着でありました。ご到着したと云っても、ここからがまたお忙しいのです。翌日の電灯艦飾のご準備もあります。
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タラップも落ち着いたようです。豊田第2掃海隊司令、掃海母艦「うらが」さんにご到着の報告をなさって?戻られます。日の入り頃になって、ようやく落ち着く…でしょうか。ご到着直後は、皆様、とてもお忙しいのは、よくよく判っていますので、いつも少し離れたところから、じっと見ています。高松港には4日間ほど滞在されますし。
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その頃、前方の掃海母艦「うらが」さんでは、電灯艦飾のご準備が始まっていました。大掛かりですよ。デッキクレーンも動きます。「うらが」さんは電灯艦飾のみではなく、航路啓開・掃海縁の皆様、地元香川の皆様をお招きしてのレセプションも行われます。それはもう大忙しでありましょう。

さて…では、数日ぶりの投稿ですし、大作になっておりますので、海上自衛隊掃海隊群 高松港入港詳細投稿第5回は、ここまで!
# by guardianvein | 2014-07-06 13:52 | ┣掃海部隊
はっと気付けば7月。多忙月間再びですが、出来る限りの投稿を続けます。こちら『gvein(別館)』と『FK日報』の詳細投稿大作2本立て。莫大な記録数となった5月29日よりの記録を高松篇と江田島篇に分けて、それぞれのblogに投稿中です。では、早速参りましょう。「掃海部隊高松篇」。海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん、ようやくお姿大きく見え始め、高松港の最先端「赤硝子灯台」前通過、間もなく、高松港のサンポート高松岸壁にご到着…のところまでを高松篇詳細投稿第4回と致します。
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掃海母艦「うらが」さんのお姿が極めて白く霞む彼方より見え始めてから1時間10分。もう間近です。お出迎えは、「あさか丸」さん、「さぬき丸」さん。「あさか丸」さんは、昨年坂出港で初めてお目にかかりました。「さぬき丸」さんは2年前の高松港出港時にいらしていますね。
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「うらが」さん、入港折り返し。ゆっくりと進んで来られます。フェリーさんがたは、忙しく白波蹴立てて航行されてゆきますが、「うらが」さんは、殆ど波が立っていませんね。
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「うらが」さん、ゆっくりと徐々にお姿が大きくなり、続く「やくしま」さんもファインダ内に入って来られました。高松港入港の際、先端の赤硝子灯台の間近を斜めに通られます。とても臨場感があります。新米見学者が訪れた各地の港のうち、掃海母艦さんがたと最も至近距離になるのが高松港かもしれません。大湊も至近距離を通られますが、高松港が最も近いように思います。掃海艦・掃海艇さんがたの場合は、油津港、松阪港が最も近いでしょう(着岸時ではなく、航行されている場合)。
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折り返し前後交差。久しぶりに掃海母艦「うらが」さんが航行されている際を間近で拝見した気がします。2月伊勢湾での『機雷戦訓練』の際は、ずっと沖にいらっしゃいましたので。「うらがさんは大きい…」と改めて。
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あまりに近い為、「分割」です。艦首の皆様と屋島。屋島が良く見えるようになりましたね。「てっぺん」に新屋島水族館があるのですが、なかなか行かれません。傘をさすゼニガタアザラシくんにお会いしたいのですが…と、話が反れましたが、掃海部隊の皆様が寄港される各地の港の風景と共に記録するようにしています。艦艇さんがたに寄りまくるのではなく、寄港される、その各地の特色や名所と共に記録するよう心がけています。艦艇さんがたに寄りまくってしまうと、何処の港か判りづらくなります。高松港ではあれば、沖合に連なる瀬戸内の島々、特徴的な「平」な屋島など、高松ならではの風景と掃海部隊の皆様を。
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掃海母艦「うらが」さん、中央デッキクレーン付近の皆様。いつもは、この付近に掃海隊群司令部「水中処分班」の皆様もいらっしゃるのですが、今回、高松にはいらしていません。直前まで、奄美群島及び沖縄東方海域にて「島嶼防衛に係る自衛隊の統合運用要領を演練し、その能力の維持・向上を図る平成26年度 国内における統合訓練(実動訓練)」が行われていましたので、そちらに参加されていた事でしょう(当時、ニュース等で少しだけ映像が観られましたね)。
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「うらが」さん艦尾の皆様は、こんがり日焼けなさっていますね。お元気そうです。そう云えば…「うらが」さんは、長崎・博多を経て、高松港にご到着でした。
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引いて、「うらが」さん全景。屋島より大きい「うらが」さん(間近ですから当然ですが)。既に、この時、カメラの調子が宜しくない事が判ります。何故か画像が粗い(設定通りでない)。
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「うらが」さんが最も近付いた頃、続く掃海艇「やくしま」さんも間近に。お姿見え始めたのは、12時半。それから丁度3時間が経過していました。「やくしま」さんの皆様にお会いするのは、2月松阪港以来です。お見送りした日は、猛烈な強風と厳しい寒さでしたが、季節はすっかり「夏」(気温が)。先に「たかしま」さんが屋島側に入港されていますが、「ひらしま」さんは、この頃、神戸。高松港ご到着は翌日でありました。
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「やくしまさんが間近に…!!?!
」。突如、左手より「めおん2号」さん。驚きました。「やくしま」さんを凝視しておりましたので。高松港と女木島・男木島を結ぶフェリー「めおん2号」さんは、実に個性的です。
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「めおん2号」さんと「やくしま」さん。実に個性的な「記念撮影」ともなりました。こうした各地色豊かな記録を重視しています。掃海艦艇さんがた単独の記録は、これまでも大変多くあり、撮影機会も多くあります。各地色豊かな記録は、その土地でなければ撮れません。掃海艇さんがたは「MINE SWEEPER, COAST」。岸に近い。岸に近い=私たちに近い。訓練や実際の任務の際も、私たちから見える距離で行われます。『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』は、陸から見えるのです(やや遠いのですが)。と云う事は、私たちとの距離が近い海に、掃海部隊の皆様の「任務」があると云う事でもあるのです。
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「めおん2号」さんの描いた航跡の美しさと瀬戸内海の美しさ。「めおん2号」さんの航跡は良く見えますが、「やくしま」さんの航跡は僅か。「めおん2号」さんが走っているとすれば、「やくしま」さんは「摺り足」で航行されているかのようですね。
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「プルチネッラブイ」を通過。「やくしま」さん、ますます近くへ…と、今度は高松港から色鮮やかな黄緑色の小柄な船。「しょうえい」さん。豊島フェリーさんのチャーター船のようですね。
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近付く「やくしま」さんを注視しつつ、「しょうえい」さん。高松港を行き来するフェリーさんがたは、本当に皆様、実に個性的です。「やくしま」さん後方からも高速船が来ていますね。晴れ晴れとした「やくしま」さんと個性的なフェリーさんがた。高松港ならではの記録です。まして、現在の第2掃海隊さんは、皆様、今回が高松港初寄港です。
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「602ーッ!」と云った感じですね。最接近。2月松阪港でお見送りした際は、お帽子がふッ飛ぶ程の強風…いえ、暴風でした。耐え難い厳しい寒さでした。それから約3ヶ月。
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佐世保より淡路島(付近)を経て高松港へ。2月伊勢湾の直前には、横須賀にもいらっしゃいましたね。佐世保は横浜横須賀から、とても遠いのですが、第2掃海隊さんはお会いする機会が多いので、その距離をあまり感じませんが。
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思わず「夏だなあ」の眩しく美しい光景でした。2月伊勢湾『機雷戦訓練』の期間中、雪や雨、台風並の暴風と、晴天の記録が少なかった為、今回の入港が殊更晴れ晴れと感じられました。
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twitter投稿分「あ。おった」。さあ、「やくしま」さん、間もなくサンポート高松岸壁、初着岸です。各所慌ただしくなります。
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本当に高松港先端赤硝子灯台付近は、距離が近いですね。やはり、自分がこれまで訪れた各地の港のうち、最至近距離である事が記録の写真から良く判ります。それぞれのお方が、はっきりと判る距離。「お元気そうで何より」と。確か…何か叫んだ気がします。声の届く距離です。
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後ろ姿になりつつ…赤硝子灯台前からの記録は、ここまで。大湊や油津のように「掃海艦艇さんと競争」です。前方の掃海母艦「うらが」さんも、まだ着岸されていません。さあ、間に合うか!
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間に合いました。高松ならではの「仕組み」です。掃海母艦「うらが」さんに追いつけたのは、高松港ならでは、ですね。高松港最先端の赤硝子灯台からサンポート高松岸壁まで、ほぼ一直線であるかこそ、間に合ったのです。「爆走」でしたが、「うらが」さん真正面に到着。
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掃海母艦「うらが」さんと四国フェリーさんと「さぬき丸」さん、「あさか丸」さんと屋島とガスタンクと宮脇書店観覧車と掃海艇「やくしま」さん。高松色満載です。
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「うらが」さんと「やくしま」さん「合体」。高松港は入港を正面から観られる大変臨場感のある港です。距離も大湊に匹敵します。駅から近い事もあり、いつも大勢の方々がいらっしゃる賑やかな港。フェリーも忙しく行き交い、活気のある港ですね。

さあ、では、「掃海部隊高松篇」詳細投稿第4回は、ここまで!
# by guardianvein | 2014-07-01 10:49 | ┣掃海部隊
現在、こちら『gvein(別館)』と『FK日報』は詳細投稿大作の2本立て。莫大な記録数となった5月29日よりの記録を高松篇と江田島篇に分けて、それぞれのblogに投稿中です。では、早速参りましょう。掃海部隊高松篇詳細投稿第3回。見学記録超大作の始まりとなった5月29日高松港。いよいよ掃海母艦「うらが」さんのご登場となります。
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毎年5月最終土曜日に香川県仲多度郡の金刀比羅宮さんにて執り行われる「掃海殉職者追悼式」に際し、掃海艦艇さんがたが高松港に寄港されます。昨年は坂出港でありましたが、今年は高松港。2年ぶりの掃海部隊5月高松港寄港となりました。入港第一陣は、13時少し前、海上自衛隊掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「たかしま」さん、海上自衛隊呉地方隊阪神基地隊第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さん。お二方はサンポート高松側ではなく、屋島側にご到着。第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さんもご一緒にお姿見え始めておりましたが、すぐには入港されず待機。第一陣ご到着から、約1時間後、白く白く霞む彼方より、遂に掃海母艦「うらが」さんのお姿が見えて参ります。
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前回投稿致しましたが、改めて。掃海母艦「うらが」さんのお姿が見えた瞬間ですが、とてつもなく白く霞んでいました。この状態で、良く見える…なのですが、それは「遠視(とおみ)の積み重ね」の賜物でしょう。掃海部隊の皆様の『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』見学を2010年より続けておりますが、相当な遠方、相当な濃霧は常の事です。見学記録を続ける事で、自然?と見えるようになったのです。写真は300mm望遠でいっぱいに寄って記録していますが、実際には肉眼で見えています。
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掃海母艦「うらが」さんのお姿が見え始めた頃、高松港沖にて約1時間待機されていた掃海艇「やくしま」さんは、女木島と男木島の間にいらっしゃいました。こちらもかなり霞んではいますが、掃海部隊の皆様が見え始めた頃よりは僅かに視界が良くなっています。至近距離は大変明瞭。黄色が鮮やか「さぬき丸」さんは、掃海母艦「うらが」さんのお出迎えです。「さぬき丸」さんは、昨年の坂出港出港の朝にいらしていますので、1年ぶりの「再会」であります。
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掃海母艦「うらが」さん、「おにぎり島(右)」前に到達。猛烈な霞ぶりですが、不思議な光景でもありました。単なる黄砂による視界不良だけではないですね…水平線付近が更に白霞が濃く、水蒸気が立ち上っているかのようでした。相当に見えづらいのですが、幻想的な光景でもありました(新米見学者的に)。掃海母艦「うらが」さん前方(右手)にフェリーではない船が見えていました。後に判ります。
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掃海母艦「うらが」さん、女木島の白灯台の岬向こうへ入られます。晴天であれば、実に良く見えた事でしょうが、白霞にグラデーションで連なる島々と山並みは、神話の世界を彷彿とさせる光景でもあります。「うらが」さんは「母艦」。「母」ですので、かの有名な『古事記』の「八雲立つ出雲八重垣…」が思い浮かぶのです。ここは島根県ではなく、香川県ですが。
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先程は、やや見えていた「女木島・男木島海峡」付近、再び白く霞み始めた頃、掃海母艦「うらが」さんのお姿が再び見えて参ります。ここで、「やくしま」さんと「合流」ですね。しかし…とてつもなく見えづらい…
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とてつもなく見えづらくとも、光は良く見えました。掃海母艦「うらが」さんより、掃海艇「やくしま」さんへ向けて、発光信号が打たれました。勿論、自分は解読出来ませんでしたが、しっかりと見えていました。肉眼でも。
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時刻は15時丁度。掃海母艦「うらが」さん、随分と近くに来られましたが、まだまだ霞んでいます。至近距離の「プルチネッラブイ」は大変明瞭。やはり、こちら方面でも、水平線付近に濃い霞が張り付いていますね…以前、沖縄勝連平敷屋から沖の津堅島へゆく際、浜比嘉島付近にオーロラ色の水平線を見た事がありますが…
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「はッ!」と気付くと、先程、「おにぎり島(右)」の付近で、掃海母艦「うらが」さんの近くにいらしたフェリーではない白い船が間近に。船首のお名前が明瞭に。「深江丸」さん。
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皆様、元気いっぱいお帽子振ってのご到着です。「神戸大学 海事科学部」と書かれています。「神戸大学大学院 海事科学研究科・海事科学部 附属練習船 深江丸」さんですね。そう云えば…今年2月の伊勢湾『機雷戦訓練』時にも松阪港に練習船さんが掃海部隊の皆様とご一緒でしたね。「勢水丸」さん。こちらは「三重大学 生物資源部・大学院生物資源学研究科」の練習船ですね。更にそう云えば…昨年の『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の際も大湊に練習船さんがいらしていますね…毎年いらしているように思いますが…
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海上自衛隊佐世保地方隊沖縄基地隊第46掃海隊 掃海艇「ししじま」さんと…「青雲丸」さんでしたか。「独立行政法人 航海訓練所」の「青雲丸」さん。改めて確認すると、掃海部隊の皆様と練習船さんがたの記録は少なくないですね。
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では、昨年7月の大湊から今年5月高松港にもどりましょう。「深江丸」さんが入港された後、続かれると思われた掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん、すぐには動かれず、しばし待機。また霞が濃くなりましたね。男木島が見えなくなっています。小豆島は完全に見えません。
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掃海母艦「うらが」さんが正面を向かれた頃、「どどど!」と四国フェリーさん第87玉高丸さんが高松港出港。高松港と対岸の岡山県の宇野を結ぶフェリー。距離は21km。所要時間は約65分だそうです。
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更に「どどど!」。高松と直島と宇野を結ぶフェリー「あさひ」さんがやって来られました(四国汽船さんのダイヤを見ると…と云うより、すみません。余所者には、ダイヤの見方がよく判りません…難しい!)。とにかく、高松港は忙しい!実に多くのフェリーが行き来します。今回、reflexで寄らず、引き気味で記録しているのは、多彩なフェリーさんがたと掃海部隊の皆様をご一緒に、との思いからです。毎年5月の掃海部隊の皆様の高松港寄港は、『掃海殉職者追悼式』に際して、であります。戦後日本復興の悲願であった「航路啓開」「掃海」。終戦直後の日本の海は機雷に封鎖されていました。復興の為の物資を船舶で運ぼうにも、日々の糧を得る漁業にしても、船舶の航行ままならぬ状況であったのです。現在にあっても高松港の賑わいを見るに、船は重要な「交通手段」である事が、この「多忙な高松港」がよくよく顕しています。港町横浜は、かなり以前にフェリー航路が廃止になり、「フェリー」は重要な交通手段である事が現在の横浜市民には全く判らぬと思います。日々の「足」ではなく、たまにゆく「観光」の為にあると思っているでしょう。自分がそうでした。2010年に初めて高松港を訪れ、驚いたのです。翌年、初めて訪れた呉でも驚きました。「フェリー」「高速船」が日々と直結している事に。久里浜と金谷を結ぶ「東京湾フェリー」があっても、自分には「日々の足」と云う事が判っていなかったのです。何故、掃海殉職者追悼式が香川の金刀比羅宮さんにて執り行われる?瀬戸内海から関門海峡にかけてが最も機雷が多かったと聞いています。また、当時の事を知る方々から「船が通れる航路など、ほんの僅かだった」とお聴きするに及び、現在の日本において、その決して忘れてはならぬ「戦後日本の復興悲願 航路啓開」が忘れ去られているに等しいを痛感せざるを得ない事に愕然としたのです。自分を含め。掃海艦艇さんがただけを記録しているだけではならない、その思い。掃海艦艇さんがたの寄りの「理想の記録」は、十分にあります。ここ高松港で、掃海艦艇さんがたに寄りまくった写真を撮って満足しているようでは、神奈川県から香川県に来た意味がありません。「何処を見ておるのだ。何の為に金刀比羅宮さんの山に登るのだ」と。
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霞む彼方より、徐々に近付いて来られる掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん。さまざまな思いがよぎる高松港沖。
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微妙にピントが合っていませんが、それは現在使用しているカメラが、ほぼ故障しているに近い状態である為です。既に、この段階で過熱ダウンが度々起きていました。
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カメラ過熱ダウンが頻発する状態でしたが、いよいよ掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん、入港ラインに入って来られました。ふと、横須賀沖を思い出していた頃でもあります。
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美しい縦列。掃海部隊の皆様は常に縦列美しいのですが、お出迎えのタグボートさんがたも完璧な間隔でした。
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掃海母艦「うらが」さん、「プルチネッラブイ」前を通過(何故、ファインダ左がにじむのか不明)。いよいよ大きくお姿見えて参りました。時刻は15時半少し前。
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間もなく、入港折り返し。「うらが」さん、とてもゆっくりと入って来られました。
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続く、「やくしま」さん、間もなく「プルチネッラブイ」前に…と思った時でした。右手より「近未来」の船。高松港と小豆島草壁港を結ぶ内海フェリーさんの高速艇「SUN OLIVE SEA」さんが小豆島から戻って来られました。
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引いてみましょう。掃海母艦「うらが」さん、とてもゆっくり入って来られたのは、「SUN OLIVE SEA」さんに譲られたからでしょう。高松港を忙しく行き来するフェリー・高速艇さんがたは「ダイヤ」があります。時刻通りの運航の為、掃海部隊の皆様は待っての入港です。
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「お先に」。高松港は、とにかく多彩で多忙です。それでも、以前と比べて、随分と運航が減っているそうです。最盛期は、どれほどの多忙であったのでしょう。
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「さあ、入港と参りましょう」。掃海母艦「うらが」さん真正面。入港の折り返しに入られました。時刻は15時25分。自分が高松に到着したのは、午前7時。約8時間が経過していました。

では、掃海部隊高松篇詳細投稿第3回は、ここまでと致します。詳細投稿ゆえ、新米見学者の歩みは遅く、1ヶ月が経過しようとしていますが、当時、『日報』へ速報を投稿していますので、こちら『gvein(別館)』では、出来る限り省略せずに投稿したいのです。
# by guardianvein | 2014-06-28 10:54 | ┣掃海部隊
では…5月29日より約半月の高松・呉・江田島での見学記録詳細投稿。こちら『gvein(別館)』は、香川県高松篇です。毎年5月最終土曜日に香川県仲多度郡の金刀比羅宮さんにて執り行われる「掃海殉職者追悼式」に際して、掃海艦艇さんがたが高松港(坂出港の年もありましたが)に寄港されます。今年は、掃海母艦「うらが」さん、佐世保より8年ぶり、現在の第2掃海隊さんとしては「初」の寄港となった、掃海艇「ひらしま」さん、「やくしま」さん、「たかしま」さん。高松篇詳細投稿第1回では、「たかしま」さん、神戸よりの第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さんが屋島側に入港されるまででありました。今投稿は、存分に「やくしま」さんです。
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佐世保より高松港へ初寄港の海上自衛隊掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さん。お姿はお昼時から見えていましたが、なかなか入港されません。その分、長く記録出来た事になりますが、何せ…この日の高松港沖は相当霞んでいました。前日より西日本は黄砂…との予報が出ていましたが、その通りとなりました。どれほど霞んでいたかをblog上に再現します。今投稿序盤は、敢えて画像を観易く修正はせず、撮ったままの状態と致します。画像を見映え良く加工する事は容易ですが、それでは、「嘘」。当日をありのままに。
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「やくしま」さんのお姿が最初に高松港の先端から見え始めたのは、12時半頃です。一度、沖合で先に入港された「たかしま」さん、「つのしま」さんとの「交差」がありましたが、その後、一旦、女木島の向こうにゆかれました。再び、お姿が見え始めたのは、午后1時を少し過ぎた頃。とにかく霞んでいます。気象庁さんのデータでは、午后1時の高松は気温26.8度。湿度は45%。北の風2.6m/s。視程は12時の段階で12km…確かに「やくしま」さんは見えていますが、全くもやもやとして、見えづらい…。この埠頭の先端、赤硝子灯台地点に来たのは2010年5月27日以来です。同時期ですが、最初に訪れた日があまりに素晴らしく視界良好でしたので、思わず溜息でした。どれほどの「差」であったかを再現しましょう。
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2010年5月27日午前9時半。「よ…良く見える!!!」です。良く見え過ぎでした。気象庁さんのデータでは、気温17.8度。まず、気温からして大きな差があります。約10度も差があります(午后1時でも19.2度)。視程に至っては30km!倍です。
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今にして思えば、とてつもない見えっぷりでした。この時、掃海母艦「ぶんご」さんまで、何kmあったのかは判りませんが、彼方の玉野まで実に明瞭に見えていました。目も覚める程の見えぶりです。
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その4年後。ほぼ同じ画角です(画像を加工し確認しました)。見えない。全然見えないと云って良いです。「やくしま」さんさえも、霞んでいます。この日は黄砂が西日本を覆っていたのですが、それだけではないと思わずにはいられません。2010年以降、日本各地にて掃海部隊の皆様を比較的長期間に渡り記録していますが、年々霞み(濃霧・濃霧雨)に悩まされる回数が増えています。よく、「雨女雨男」と云いますが、1週間以上の見学記録が殆どですから、それには該当しませんね。今回の高松篇は全日晴れですし。とにかく、「真っ白け」の記録が多い。今回は特に、最初の記録が大変明瞭であった高松ですから、殊更、その「差(変化)」を思わずにはいられませんでした。
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後に登場する「おにぎり島」(新米見学者が勝手に愛着持って命名)も、最初に見た日は極めて明瞭でした。2010年5月27日、高松港を目指す第1掃海隊 掃海艇「あいしま」さん。実に明瞭!
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それから4年。霞みまくる高松港沖。白く霞みながらも、次第に「やくしま」さんが明瞭に見えて参ります。このような色の少ない「視界」にあって、実に良く判る事もあります。それは艦艇さんがたの色と海の色の近似です。色と云うのは難しく、特に「白」以外はとても難しいのです。「黒」と云っても、一色ではありません。捺染一族のこだわりでもありますが、色は難しい。ですが、海上自衛隊さんの艦艇さんがたは、実に日本の海に近しい色になっています。艦艇さんがたの色は微妙ですよ。単に「灰色」ではありません。日本の伝統色で云えば、「錫色」が最も近いように思いますが、「そのもの」ではありません。日本各地の海色も全く同じではありません。しかし、実に近しい事にいつも感嘆します。「魔法の塗料」かと思う程に。
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さあ…「やくしま」さんが徐々に近付いて来られましたよ…女木島の灯台と…「ありゃりゃ!」でした。右手より大きな台船?(油船かもしれません。家付きでした)さんがた。ですが、これで良いのです。高松港は忙しいのです。たくさんの船舶が行き来しています。
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目が疲れますので、これより明瞭に見えるよう画像を修正します。如何に霞んでいたかは今投稿序盤で十分に伝わった事でしょう。「家付き」の台船さん(油船さん?)が行き過ぎたかと思ったところ…もう1隻。「ここは浦賀水道?」と思える忙しさですね。
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冒頭の画像を今一度。颯爽と白波蹴立てて「やくしま」さん。何処か…南の島…「屋久島」の海岸線を実際に目にした事はありませんが、「真夏の南の島」と云った風情に颯爽と!ですね。
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女木島の町並みと「やくしま」さん。いよいよお姿が大きく見え始めましたので、入港される?と思ったのですが、乗員の方々のお姿がありません。入港であれば、乗員の方々が出ていらっしゃる筈です。
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屋島のような平らな男木島を前に、丁度、真横の位置に来られた頃。海風切って、まさに「快走」の「やくしま」さんですが、入港の気配がないですね…
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颯爽と…赤硝子灯台前を通り過ぎ…
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遂に「プルチネッラ灯浮標(新米見学者勝手に命名)」を通り過ぎられてしまいました。高松港(サンポート岸壁等)に入出港される方々は、この赤白の「プルチネッラ灯浮標」で折り返しされます。ああ…通り過ぎて…でした。
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通り過ぎ、また遠くなり、しかし、こちらを向いて…丁度、大島より高松港を目指す「せいしょう」さん(「やくしま」さんにピントを合わせておりましたので、やや不明瞭で申し訳なく)が「プルチネッラ灯浮標」で折り返し。
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「エレベーターが付いたキリンさん!」。高松港と小豆島を結ぶ国際フェリーさん。前回投稿に登場のパンダさんもキリンさんもエレベーター付きのバリアフリーフェリー。キリンさんは第32こくさい丸さんと「やくしま」さん。こうした各地ならではの記録を重視しています。「やくしま」さんだけに寄って寄って寄りまくるのではなく。まして、今回、第2掃海隊さんは高松港初寄港です。
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丁度、その頃、高松港より出港されて来たのは…「近未来」な船…「SUN OLIVE SEA」と書かれています。高松港と小豆島草壁港を結ぶ内海フェリーさんの高速艇。1992年の「Ship of the Year」を受賞されているとの事。船マニアでなくとも、思わず目が惹き付けられますね。
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その「SUN OLIVE SEA」さんと「やくしま」さん。なかなか入港されませんので、実に多彩な高松港を行き来する船舶との記録が続きます。しかし?「やくしま」さん、サンポート高松岸壁前を通り過ぎ、ましてや…先に入港された「たかしま」さん、「つのしま」さんと同じような進路を…
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「えええ?」でした。屋島前赤灯台。まさに先に屋島側に着岸された「たかしま」さん、「つのしま」さんの方へまっしぐら…
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と思いきや、「いや。屋島側には入りません」とばかりに出て来られました。「やくしま」さん、かれこれ1時間以上、高松港周囲をぐるぐる廻られているのです。「…掃海母艦うらがさんのご到着を待っていらっしゃるのでは…」。
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女木島・男木島と高松港を結ぶ個性的なフェリー雌雄島海運さん「めおん2号」さんと共に「やくしま」さん、後ろ姿に…「当分、やくしまさんは入港されない…」。時刻は14時を過ぎていました。この後、「やくしま」さんは再び白く霞みまくる遥か彼方にゆかれます。そして…
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直後の事でした。「見えた!」。よくぞ、この状態で見えるかと、自分に感心しますが、遂に掃海母艦「うらが」さんのお姿が見え始めます。が。あまりに霞んでいます。時間の経過と共に霞が晴れる事を願いましたが、ますます霞むばかり。今投稿序盤の「あいしま」さんの画像にある「おにぎり島」。2010年は見え過ぎる程見えていたのですが、その4年後。あまりに霞んでいました(実際には、「おにぎり島」は2つあり、こちらは左側)。
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遂に掃海母艦「うらが」さんのお姿が見え始めた頃、「やくしま」さんは…再び、女木島と男木島の間?に向われていました。「うらがさんが先に入港され、続いて、やくしまさんが入港」と判った(勝手に)頃でもありました。約1時間以上先の事になります。

では、高松篇詳細投稿第2回は、ここまで。間もなく1ヶ月が経過しようとしていますが、詳細投稿ゆえ、まだ「やくしま」さん、「うらが」さん共に遠方…の段階です。6月1日の体験航海、2日の出港まで、一体、どれほどかかるのか?投稿し切れるのか?と不安になりますが、出来る限り、詳細に投稿しておきたいのです。出来る限り。
# by guardianvein | 2014-06-22 01:36 | ┣掃海部隊
大変長らくお待たせ致しておりますが…徐々に投稿再開出来そうです。5月29日より約半月の高松・呉・江田島での見学記録詳細投稿。全記録容量が約20GBに及ぶ超大作です。勿論、未だ全記録画像の詳細確認が出来ていませんが、投稿が止まり過ぎていますので、順次、投稿してゆきます。こちら『gvein(別館)』は、香川篇。第63回掃海殉職者追悼式にかかる5日間。海上自衛隊掃海隊群 掃海母艦「うらが」さん、第2掃海隊 掃海艇「ひらしま」さん、「やくしま」さん、「たかしま」さん、第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さんの詳細投稿を。『日報』は、海上自衛隊第1術科学校潜水科「開式スクーバ課程」海実習篇の「2本立て」で参ります。では、早速参りましょう。「掃海部隊 香川高松篇」詳細投稿第1回。
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毎年5月最終土曜日、香川県仲多度郡の金刀比羅宮さんにて執り行われる「掃海殉職者追悼式」。wikipediaを見ると、「戦後の朝鮮戦争における海上保安庁の掃海殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で開かれる。」との記載。自分は海上保安庁さんの慰霊祭は存じませんが、「海上自衛隊掃海部隊の掃海殉職者追悼式」を記載して戴きたいですね。現在、記載されている文章をどなたが入力されたのかも存じませんが。

毎年5月最終土曜日に執り行われる「海上自衛隊掃海部隊による掃海殉職者追悼式」の為、毎年、5月最終週に高松港に掃海艦艇さんがたが寄港されます。毎年、大変多くの見学の方々が訪れます(昨年は坂出港)。入港は平日ですので、お仕事や学校がありますので、大勢の方々が出迎えに来られると云う訳ではありませんが、駅から近い事も有り、平日でも人々が多く集まる高松港の「サンポート高松」。今年は、何と佐世保の掃海隊としては8年ぶりの入港となりました。では、いつもの詳細投稿のように時間を遡り、ご到着までを第1回と致します。
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いつの頃から続いているのか判らなくなってしまいましたが、投稿時間がとれない「時間きゅうきゅう」状態。ですが、投稿の為に見学記録を停止する事はありません。「記録先行」。母親が高齢である事から、昨年来よりギリギリの日程で動いています。今回も、ギリギリまで家の用事と準備に追われ、当日荷造りをし、何とか夜行バスに乗る事が出来ました。午前4時55分。生まれて初めて渡る明石海峡大橋より見えたのは、さんふらわあ号さんの太陽印。まだ、少し暗いですし、高速バスから撮っていますので、不鮮明ですが…と云うより、相当霞んでいる事が判りました。前日、天気予報で「西日本は黄砂が…」と聞いていましたので、「やはり…」でした。掃海部隊の皆様の見学記録は、雨と霞(黄砂、PM2.5等)の攻防です。慣れてはいますが、ふと思うのは、年々、その攻防が厳しくなっている事です。とにかく撮りづらい。見えない。年々、視界は「悪化」しています。今回も、ほぼ連日、その「相当な霞」と雨、暑さに苛まれる事になります。

ところで、生まれて初めて渡った明石海峡大橋から見た明石海峡。この数時間後、第2掃海隊さんと第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さんが、まさにこの海域を行き来されます。
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高松に到着したのは、午前7時ちょっと過ぎ。滞在先に荷物を預け、2年ぶりの玉藻の中央埠頭先端へやって参りました。「…霞んでる…」。2010年に初めて、ここにやって来ましたが、その際は「激寒」だったのです。全くの同時期ですが。激寒あって、視界は大変明瞭でした。玉野まで明瞭に見える程に。それから4年。真っ白けの高松港沖。屋島も霞んでいました。丁度、出港であったのは、フェリー「なおしま」さん。下関の第43掃海隊の掃海艇「なおしま」さんと同じ名のフェリーさん。今回、江田島でも、「掃海艇と同じ名を持つヨット」さんがたが登場されます。「予告」でしたね。フェリー「なおしま」さん。お名前の通り、高松・宇野と直島を結ぶフェリー。
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赤硝子灯台中央埠頭至近距離は大変視界は明瞭。着いて1時間もしないうちに暑さに目眩くらくらになっていましたが、真夏のような光景が眩しく美しく。また、高松港は大変フェリーの行き来の多い港ですので、掃海部隊の皆様のご到着まで半日近く時間があっても、退屈する事はありません。「船マニア」ではありませんが、実にさまざまなフェリーが行き来する光景は楽しいものです。こちらは「ひかり」さん。高松〜小豆島土庄間の高速艇。所要時間は35分。
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香川県警さんの警備艇「やしま」さんと宮脇書店の観覧車(是非、一度乗ってみたいです)。とにかく高松港は忙しいです。船の行き来が途切れる事がない程です。
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時間が経つにつれ、少しずつ沖合の島々が見え始めていましたが、劇的に霞が晴れる事はありませんでした。しかし、至近距離は大変明瞭。何とも夏らしく、清々しいまでの「交差」は、高松〜小豆島土庄間の高速サロン艇「スーパーマリン」さんと、高松〜小豆島草壁港間を結ぶ高松港最大級のフェリー「BLUE LINE」さん。とにかく実に多彩なフェリーさんがた。午前8時から赤硝子灯台下にいましたが、時間があっと云う間に過ぎてゆきました。そして…
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「見えた!」。と云っても、これでは、見えたとは云えない霞ぶりですが…。女木島の向こうから、掃海艇さんのお姿が見え始めたのは、丁度、お昼どき半。12時半でした。これだけ霞んでいても判りますよ…第2掃海隊さん「ひらしま型」の掃海艇さんです。しかし、まだ遠い。遠い上に霞み過ぎです。
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その7分後。「うどん県」印の四国フェリーさん「第87玉高丸」さんの向こうから、掃海部隊の皆様。早くも「掃海部隊cross ride」が始まろうとしていました。reflexを持って来なかった事を一瞬、後悔しましたが、「いや…高松港ならではの記録は、多くのフェリーさんがたと掃海部隊の皆様を一緒に記録するが大事」。掃海部隊の皆様の始まりは、戦後日本の復興悲願であった「日本各地の港湾航路機雷除去」。太平洋戦争時に日本の周囲に敷設された莫大な数の機雷。港湾航路は塞がれ、漁船の航行さえもままならなかったのです。その一つ一つを命を賭して除去された「航路啓開隊」の皆様が海上自衛隊さんの始まり。海上自衛隊掃海部隊の始まり。毎年5月に掃海部隊の皆様が高松港に寄港されるのは、金刀比羅宮さんにて執り行われる「掃海殉職者追悼式」の為。日本の海の安全を護り続ける海上自衛隊さん。掃海部隊の皆様。その事を忘れない為、その事を知らぬ人々の為、敢えて、掃海艦艇さんがたのみを記録するのではなく、さまざまな船舶との記録を選んだのです。だからこそ、滞在先にreflexを敢えて置いて来たのです。先週土曜日の朝日新聞夕刊『素粒子』に、こんな事が書いてありました。


「○○は日本の生命線」。○の中に地名を入れれば、どこででも戦える。昭和史に学ばない武力行使の新3要件


この文章を書かれた方、戦後日本の復興悲願「機雷掃海」を、一からお勉強なさったら如何でしょう。ご存知ないのでは?とさえ思える「皮肉」です。「航路の安全」「日本の生命線」を知らぬのではと思える「皮肉」。ご自分の日々を支える物資や食糧他が何処から運ばれて来るのか。遠い国から船でやって来るとは夢にも思われていないかのようですね。
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霞む沖合で始まる掃海部隊の皆様ならではの「交差」が始まろうとしていました。惜しいですが、敢えてreflexを置いて来た。「ここが高松だから。ここが香川県だから。ここが瀬戸内海だから」。
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掃海部隊の皆様ならではの「美しい折り返し」。少し遠いですが、遠いのは常の事。こうして、沖合での美しい交差が記録出来るのは、ここ高松港、松阪港ですね。大分佐伯もでしょうが、自分はまだ行った事がありません。この時、まだ、お三方が判別出来ない距離でありましたが、先頭は第2掃海隊 掃海艇「たかしま」さん、続いて第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さん、第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さんの順です。
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「!パンダさん!」。掃海部隊の皆様、実に美しい陣形になった瞬間ですが、高松港アイドルの「パンダさん」と記録しなくては!でした。高松港と小豆島池田港を結ぶ国際フェリーさんの「第1こくさい丸」さん。一度見たら忘れない「パンダ」さん。何故、「パンダ」さんと掃海部隊の皆様の記録にこだわったか。2つ理由があります。ここでは、1つだけ書いておきましょう。高松港寄港の際には、体験航海が行われます。体験航海には、是非、次代を担う大勢のちびっこたちに乗って欲しいのです。「次代を担う」ちびっこたちに、掃海艦艇さんがたを「体験」して戴きたいのです。「パンダさん」や「キリンさん」は、ちびっこたちが大好き。だからこそ、「パンダさんと掃海艇さんがた」を記録したかったのです。高松港でなければ記録出来ません。
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高松港入港第1陣、第2掃海隊 掃海艇「たかしま」さんにピントを合わせましたので、やや「パンダさん」ブレましたが、「パンダさんとたかしまさんの記念撮影」が叶いました。
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「掃海部隊 with PANDASAN RIDE」。これぞ高松。
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高松港ならではの「ラッシュアワーライド」。特に、この時間帯はたたみかけるフェリー入出港でありました。「パンダさん」に続いては、高松〜直島間を結ぶ四国汽船さんの「あさひ」さん。掃海部隊入港第1陣の「たかしま」さん、間近になりつつありました。
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「高松港ラッシュアワーライド」。Ferry & MSC。「パンダさん」「あさひ」さん、「たかしま」さん、「つのしま」さん。ファインダ内、みっしりでした。高松港ならではの賑わいでもあります。
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白波蹴立てて先陣「たかしま」さんと四国フェリーさん。この時、気付きました。「たかしま」さん、まっしぐらにサンポート高松の岸壁を目指して来られていると思っていたのですが、この付近で「違う」。
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「たかしまさん、どこへ〜」でありました。赤灯台の向こうへまっしぐらでありました。サンポート高松からは、かなり遠い地点です。屋島のすぐ目の前。後に判りますが、神戸へゆく「ジャンボフェリー」の方です。
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続いての「つのしま」さんも、「たかしま」さんと同じく、ジャンボフェリーの方を目指し、ぐんぐん進んでゆかれました。確かに、サンポート高松の岸壁に掃海艇さんがた4隻は、ぎゅうぎゅうではあります。しかし、ジャンボフェリーの方とは…随分と遠いです(実際に、この後、「たかしま」さんEODさんがサンポート岸壁の「やくしま」さんまで歩いて来られたのですが、1時間かかったそうです)。
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「ここは父島?」と思えた光景でした。屋島側にご到着となった「たかしま」さん、「つのしま」さん。佐世保の第2掃海隊さんと神戸の第42掃海隊さんの並びは「初」かもしれません。『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』でも、1度あったかもしれない…と云うぐらいの「珍しさ」です。加えて、「ジャンボフェリー」さん。「つのしま」さんと「ジャンボフェリー」さんは神戸では記録出来るかもしれない光景でしょうか。「ジャンボフェリー」さんは神戸に向かい出航されたところです。「つのしま」さんは、半月前に横須賀でお見送りしてすぐの「再会」。「たかしま」さんは、随分と久方ぶりである筈です。

さて…ようやくの第2掃海隊さん、第42掃海隊さんのご登場となりましたね…お待たせ致しました。先にtwitter版には、少しずつ投稿していましたが、ブログ投稿がなかなか出来ない状態でした。『日報』の速報を続行しましたので。
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では、2014高松篇詳細投稿第2回は「掃海艇やくしまさんSHOW」となりますよ…お姿間近に見えていても、なかなか入港されません。じらしてじらして…満を持しての入港は15時台。まだ2時間先…
# by guardianvein | 2014-06-16 01:41 | ┣掃海部隊
各blogの投稿が滞り続けていますが、地道に画像確認や作成等を行っております。今投稿は、先週土曜日、山陽小野田市埴生漁港沖にて、海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊・掃海艇「うくしま」さんの皆様、第43掃海隊EOD員さんがたが不発機雷水中爆破処理をされましたので、以前にも投稿した2009年よりの不発機雷・不発弾処理の一覧(確認出来ている限り)を更新。先に、先週土曜日のNHKさんのニュース映像をキャプチャーさせて戴きましたので、そちらの画像より。画像化しておかないと後に判らなくなってしまいます。
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先月発見された不発機雷の水中爆破処理が海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊・掃海艇「うくしま」さんの皆様、第43掃海隊EOD員さんがたにより、先週土曜日17日に行われました。第43掃海隊さんの水中爆破処理は、昨年8月13日以来ですが、昨年はTV各局ニュース番組にて、異例?とも思える放送時間の長さで報道されました。今回は、何故か「ささやか」に報道された感がありました。キャプチャーさせて戴いたのは、NHK山口放送局さんの地方ニュース映像です。webのない時代であれば(ほんの10年程前)、神奈川県で山口県の水中爆破処理の映像を目にする機会はありません。知らぬ間に過ぎてしまう事になります。

webがあっても、2009年以前の事は殆ど判らない状態です。2009年9月9日、当時の横須賀水中処分隊さんの常陸那珂港での不発弾処理を知るまでは、陸上の不発弾処理はニュースで知っていても、海中の不発弾、まして、不発機雷の水中爆破処理が行われている事すら知らなかった自分。何とか遡り、「一覧」を作成しています。まだまだ作成途上の「一覧」です。既に、横長モニタのiMacでは表示し切れぬ「長さ」になりました(iPadなら表示出来るかもしれません)。


2009年09月9日 茨城県常陸那珂港 旧軍250kg爆弾 水中爆破処理
▲海上自衛隊横須賀地方隊横須賀警備隊 横須賀水中処分隊
(資料:常陽新聞)
2010年6月12日 神戸港中央航路 機雷(推定)1発 水中爆破処理
▲海上自衛隊呉地方隊阪神基地隊 第42掃海隊
(資料:国土交通省近畿地方整備局神戸港湾事務所発表PDF)
2010年11月03日 太刀浦海岸北東関門海峡 不発弾9発 円錐形砲弾8個・円柱形機雷1個 水中爆破処理
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊 掃海艇「とよしま」「うくしま」
(資料:読売新聞)
2011年04月26日 富津沖第二海堡付近 不発弾直径20cm、全長約1m 水中爆破処理(※部分爆破) 
▲海上自衛隊横須賀地方隊横須賀警備隊 横須賀水中処分隊・水中処分母船YDT03
(資料:千葉県防災危機管理監防災危機管理課発表・当時のニュース映像)
2011年09月29日 那覇港 3インチ艦砲弾・小銃弾等193発 水中爆破処理
▲海上自衛隊佐世保地方隊沖縄基地隊 沖縄水中処分隊
(資料:那覇市発表・NHK web)
2011年12月01日 富津沖第二海堡付近 不発弾長さ約88cm、直径約13〜17cm 水中爆破処理
▲どなたが担当されたのか文字資料がありませんが、横須賀水中処分隊さんとお聞きしています。
(資料:国土交通省関東地方整備局東京湾口航路事務所発表PDF)
2012年03月13日 福岡県苅田港沖 旧陸軍91式尖鋭榴弾 揚収
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊(画像のEOD員さんは掃海艇「うくしま」ご所属)
(資料:海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊site)
2012年03月15日 福岡市西区宮浦港沖 爆発性危険物1個 回収
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊
2012年03月20日 福岡市西区宮浦港沖 50kg爆弾、94式、91式榴弾2個(計 爆発性危険物4個) 残置・回収
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊
(資料:海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊site)
2012年04月12日(EOD潜水調査) 福岡市西区宮浦港沖 直径50cm、長さ80cmの爆雷2個(後に爆破処分)
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊
2012年05月10日(EOD潜水調査) 直径20cm、長さ100cmの爆弾らしきもの・旧軍99式30kg爆弾(後に爆破処分)
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊
(資料:海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊site)
2012年06月06日 関門航路 沈底機雷MK26(約2m) 水中爆破処理
▲第43掃海隊 掃海艇「うくしま」EOD潜水調査・掃海艇「なおしま」爆破処分
2012年07月11日 玄海島沖 不発弾39発水中爆破処理
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊
(資料:MSN産経ニュース)
2012年07月12日 横須賀港沖 直径40cm、全長約4.7m魚雷 水中爆破処理
▲当日を確認していませんが、事前に調査を行われていたのは、海上自衛隊掃海隊群司令部「水中処分班」、第41掃海隊 掃海艇「のとじま」(当時)「つのしま」の皆様です。
(文字資料:神奈川県安全防災局危機管理部危機管理対策課発表・国土交通省関東地方整備局発表)
2013年6月4日 船橋市沖 直径約7.5cm 全長約33cm不発弾 水中爆破処理
▲海上自衛隊横須賀地方隊横須賀警備隊 横須賀水中処分隊・水中処分母船YDT03
(資料:千葉県報道発表資料PDF)
2013年8月13日 関門航路(早鞆瀬戸) 不発機雷 長さ約2.1m 直径約60cm 重さ約900kg 水中爆破処理
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊 掃海艇「とよしま」「うくしま」、第43掃海隊EOD
(資料:下関市報道発表資料、TV各局映像)
2013年9月11日 鹿児島新港 長さ約60cm 直径約15cm不発弾 揚収
▲海上自衛隊佐世保地方隊佐世保警備隊 佐世保水中処分隊
(資料:NHK、南日本放送web news)
2013年11月25日 陸奥湾野辺地町沖 米軍250kg爆弾 水中爆破処理
▲海上自衛隊大湊地方隊大湊警備隊 大湊水中処分隊
(資料:NHK web、NNN NEWS24)
2014年5月17日 山陽小野田市埴生漁港沖 不発機雷 水中爆破処理
▲海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊 第43掃海隊 掃海艇「うくしま」、第43掃海隊EOD


投稿が止まっていても、「水面下」では、地道な投稿準備を続けています。twitter版は、日々、少しずつ投稿していますが、『日報』は、今月は掃海部隊の皆様、掃海艦艇一般公開・体験航海「多忙の5月」ですので、各地での一般公開・体験航海の「日本地図」を投稿しています。

掃海艇「つのしま」さん転籍の日の詳細投稿をしたいのですが、現在、いつにも増して時間的に厳しい状況が続いております。
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投稿出来ない状況が続いておりますが、記録は出来ています。投稿する時間がなかなかとれないのです。
# by guardianvein | 2014-05-21 23:57 | ┣掃海部隊
只今、毎年恒例の会計士叔父の手伝いの為、ますます時間が厳しい状況にありますが、新機軸投稿第6回。今投稿は、やや短めですが、数日休刊になってしまいましたので。では、早速参りましょう。2月1日より始まった伊勢湾にての『平成25年度 機雷戦訓練』。今投稿は、第1,2日の松阪港の記録。twitter版に投稿もしくは準備中の画像をファイル名順に構成しています。
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2日間に渡り、入出港を繰り返されていた第101掃海隊・掃海管制艇「いえしま」さん、「まえじま」さん、第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん。第1術科学校中級掃海課程の皆様と共に、入出港を繰り返されましたので、記録も大変多くあります。こちらは掃海管制艇「いえしま」さん。
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こちらは掃海管制艇「まえじま」さん。入出港を繰り返されている際の記録は、2012年度の陸奥湾『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の際にもありますが、間近からの記録は今回が初となります。2012年は掃海管制艇「さくしま」さん、「いえしま」さんでした。今回は、掃海管制艇「いえしま」さん、「まえじま」さん、掃海艇「みやじま」さん。それぞれ異なる「型」の掃海艇・掃海管制艇さんですね。
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こちらは掃海艇「みやじま」さん。3隻で繰り返されていた入出港。twitterのフォロワーのお方が「タッチアンドゴー」と表現されていましたが、その通りですね。入港着岸、すぐ出港の繰り返しです。こうして、間近から記録する事で、艦艇さんがたが「人の力」で動いている事がよくよく判ります。今のご時世にあっても、「マニュアル」が大事。「マシン(自動)」は優秀ですが、それでも、動かすのは人の力。各所の皆様の力を合わせて、初めて動く。
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伊勢湾に「1MSS」「ETAJIMA」のお帽子。昨年10,11月の江田島が今年2月の松阪港と繋がった2日間でもありました。常に記録は「連なり繋がる」。
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一体、どれほどの回数、サンドレッドが飛んだ事でしょう。1度の着岸でサンドレッドが飛ぶ回数は5回でしょうか。後方、前方、中央。日頃から練習されていますが、着岸時に実際に「練習」出来る機会でもありましたね。ずっと同じ方が投げてはいなかったと思います。毎回、微妙に配置が異なっていたと思います。
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「いえしま」さん着岸時を続けます。後方でも2回飛びますね。見事に岸壁目指して飛ばされますが、簡単そうでいて、簡単ではないですよ…もし、自分がサンドレッド担当であれば、家でも練習していそうです(家の中では出来ませんが)。
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何が難しそうと云えば…狙いを定めて、その地点に飛ばす事自体も難しい筈ですが、お手元の手繰り巻いてある分です。ぎゅっと掴めば、途中で止まってしまいますし、だらっと垂らしておいても、途中で止まってしまうでしょう。その加減がとても難しそうです。また、新米見学者側も、ひたすら「練習」です。如何にサンドレッド投擲をタイミング良く撮れるか。先端の錘は、それほど大きくはないので、写真では見えづらくなりますが。
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とにかく、ひたすら入出港を繰り返す。「基本の動作」の繰り返し。「基本・基礎」は、繰り返しの上に築き上げられます。地味で地道な基本・基礎を嫌がる人は何も得る事は出来ません。基礎が出来ていなければ、伸びない。華々しい活躍するスポーツ選手は、人一倍努力練習している筈です。それに同じ。
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「いえしま」さんの記録を続けていますが、「いえしま」さんは今回、松阪港撮り納めです。2012年には、ここ松阪港で「いえしま」さん1日艇長をさせて戴きました。今回、記録機会が大変多くあった事は幸いでした。この日、実家に一旦戻らなくてはならなかったのですが、日の入りまで記録しました。ひたすら、入出港を繰り返される際を午后より全て記録しました(午前は滞在先荷物まとめがあり)。
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艦首旗と…と思った光景でしたが、写真的には少々無理がありましたか…。出港まで、ほんの束の間の和みの光景。風も穏やか。痺れるような寒さではありませんでした。
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さあ、「いえしま」さん出港です。何度目であるのか、最早判らなくなっていますが。1日通しで定点記録していれば、潮位も良く判った事でしょう。この時間帯は、かなり潮が引いていますね。「いえしま」さんが岸壁より随分と下に位置しています。この日の松阪港干潮は、13時46分ですので、約1時間後。
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では、ここからは第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さんの記録。3隻で繰り返す入出港。ぎゅうぎゅうとロープを引く光景も、ひたすら繰り返されます。引いて引いて引きまくる。艦艇さんがたを動かすのは、「人の力」を痛感する光景です。「自動」ではありません。
【註】今投稿は、twitter版投稿(もしくは準備中)の画像をファイル名順に構成しています。従来の詳細投稿とは異なる構成ですので、「まえじま」さんの画像が今回は少なくなっていますが、勿論、記録は多くあります。今しばらくお待ち下さい。
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「みやじま」さん後方。入港(着岸)→出港(離岸)の「タッチアンドゴー」の時間は、おそらく5分。迅速です。着いたと思ったら、すぐに出る。全体の時間は約1時間。一度、松阪港沖までゆかれますので。
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ひたすらひたすら繰り返す。「みやじま」さんのこれまでの記録中、1日最多記録を更新。皆様がひたすら繰り返されているように、新米見学者もひたすら繰り返し。その時その時の記録が後に生きてきます。「継続は力なり」。
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基本の動作は各所にあります。艦首旗をたたむ。旗に特別な思い入れのない民間人であれば、その都度、旗を降ろしたりたたんだりする必要があるのか?と思うかもしれませんが、基本の動作は「習慣」でもあり、むしろ「習慣」になっていなければ、「基本」になっていないと云う事でもあります。大事な基本の動作。
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そして、ここまで小さく折りたたむ。きちんとたためば、ここまで小さくなります。適当にたためば小さくならない。間近からの記録は、こうした「小さな」事柄も大きく写る。艦艇さんがたを動かすのは、「人の力」。その「力」も1つ1つの小さな動作が集まり、「大きな力」になるのです。残念であるのは、艇内にいらっしゃる方々が見えない事です。まだ、新米見学者には「外」しか見えていません。まだまだですね。

では、今投稿は、入出港の際の乗員の方々の記録を中心に、ファイル名順に構成しました。「まえじま」さんの記録は、次回投稿にて。

現在、毎年恒例の会計士叔父の確定申告手伝い中にて、なかなか投稿時間がとれない状態ですが、少しずつでも続けます。時間が切迫し始めていますが…
# by guardianvein | 2014-03-07 12:22 | ┣掃海部隊
twitter版画像をファイル名順に、こちら『gvein(別館)』に移植してゆく「新機軸」も第5回。2014年、もう3月。桃の節句も過ぎ、瞬く間に時間が過ぎてゆきます。気が急いて来ましたが、急いても良い事はないので、着実に。では、新機軸投稿第5回は、今回の伊勢湾にての『平成25年度 機雷戦訓練』期間中、記録が集中した「呉組」の皆様。集中したのは「狙っていた」訳ではなく、皆様の日程等は存知ませんので、タイミング次第です。では、参りましょう。
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濃霧の夕刻。松阪港にて第1術科学校中級掃海課程の皆様と共に入出港を繰り返されていた第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん、第101掃海隊・掃海管制艇「いえしま」さん、「まえじま」さん。「掃海隊群呉組」のお三方。

何故、「呉組」の皆様に記録が集中したか。それは、『平成25年度 機雷戦訓練』の訓練海域が蜃気楼に揺らぎ、肉眼では良く見えるものの、写真に撮ると「じわじわ」になってしまう事と、新米見学者の家の事情により、訓練中盤、一時的に実家に戻ってしまった為、松阪港入出港を繰り返された第101掃海隊・第1掃海隊さんに記録が集中しました。また、横須賀集結時からの「通し」では、函館の第45掃海隊さん、ほぼ全ての入出港が記録出来ています。出来る限り、掃海部隊の皆様を均等に記録しようと努力しておりますが、全ては「タイミング次第」です。
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白い灯台が輝き、視界は青。晴天の記録のように見えますが、実際には…水平線が殆ど判りません。不思議な光景です。「疑似晴天」。入出港繰り返されている「いえしま」さん、「まえじま」さん後方の伊勢湾は濃霧。対岸も民間の船舶も全く見えない状態でした。この翌日、伊勢湾も関東を始め広い範囲で相当な濃霧となりました。交通機関にも影響が出ていましたね。2010年2月25日も記録的な濃霧が発生した事を思い出しました。横須賀本港が霧に包まれ、吾妻島がなくなった日です(勿論、なくなる訳がありませんが)。
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『平成25年度 機雷戦訓練』初日の訓練海域。視界が明瞭であれば、日向灘級に撮れる距離でした。陸奥湾より格段に近かった日です。これだけ視界が霞んでいても、第51掃海隊・掃海艦「はちじょう」さん、「やえやま」さん、掃海母艦「うらが」さん、第43掃海隊・掃海艇「なおしま」さんと判る距離です。
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『平成25年度 機雷戦訓練』訓練海域が非常に撮りづらかった為、確実に記録出来る松阪港での記録が最も多くなりました。入出港を繰り返される掃海管制艇「いえしま」さん、「まえじま」さん、「みやじま」さん。実に良く見える!
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とにかく、ひらすら入出港を繰り返されていたお三方。入出港1回につき、約1時間。お三方約3時間で「1回」。ですが、「同じ事」の繰り返しではないのです。乗員の方々の配置も微妙に異なっていました。少し離れたところから観ていれば、「なんで同じ事を繰り返している?」と思われた事でしょうが、実は毎回異なっていたのです。近い距離でなければ判らない。2012年の大湊でも、同様の光景を目にしています。2012年度の陸奥湾での『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』中盤。掃海管制艇「さくしま」さんと「いえしま」さんが、幾度も入出港を繰り返されていて、「??」。少し離れた地点から見学記録していましたので、「実習」されている事が判らなかったのです。そう云えば…当時も雨と濃霧に悩まされていました。
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「みやじま」さんと「いえしま」さんは、大変明瞭に見えていますが、この時点で、完全に水平線がなくなっています。空も海も全く同じ色。不思議な光景です。また、これまで2月伊勢湾・松阪港と云えば、「極寒強風」だったのですが、今回の『平成25年度 機雷戦訓練』序盤は、異様な程に穏やかでした。新米見学者的には「異例」だったのですが、訓練終盤から、「やはり松阪。寒い!」となります。そして、最終日一斉出港の際は、これまでで最も厳しい寒さと強風に晒される事になります。
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この日は日曜日だった事もあり、松阪港には多くの見学の方々がいらっしゃいました。「みやじま」さんを御覧になられているのは、地元の「ご一家」。しかも、全員美男美女の三世代。左のお兄ちゃんがダウン着ているのに、お足下が草履だったりするのが気になりますが(足が凍えないのでしょうか…)、とにかく美男美女ご一家でした。
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入出港実習第2日。16時58分。灯台が店頭。水平線がかろうじて見える状態。「みやじま」さん、「まえじま」さん、「いえしま」さんが防波堤間近にいらっしゃるように見えますが、実はかなり離れているのです。これが「松阪港の不思議」。惑わされます。実際には防波堤間近にはいらっしゃいません。
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実に明瞭な「みやじま」さんの皆様。とても1つ上の画像と同日とは思えないのですが。特に『平成25年度 機雷戦訓練』第2日は、穏やかな日和であったのですが、天候が急変しました。穏やかに急変したのです。約3時間のうちに。晴天青空から灰色濃霧へと。
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既に、この段階で伊勢湾は濃霧なのですが、松阪港内は大変視界明瞭。目も覚める程、良く見えていました。「みやじま」さん、実に良く見える!
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この日は、第1掃海隊さんが松阪港に揃われた日でもあります。「呉組寄港」の日となりました。鏡のように…いえ、製氷したてのスケートリンクのような海面を滑るように戻って来られた第1掃海隊・掃海艇「いずしま」さん。お客さまが大勢乗っていらっしゃいました。
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ところが…青の視界から曇天灰色に…ですが、「いずしま」さんの皆様、いつものように元気いっぱい。日が翳り、寒くなって来ていたのですが、元気が出ましたよ(^-^)。
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2月厳しい寒さの訓練ですが、皆様笑顔。新米見学者も寒さを忘れます。思えば、いつも「いずしま」さんの皆様の笑顔の記録があります。自然な笑顔。笑顔はあたたかい。
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観る者を元気を与える「いずしまWAVE」は、遠くからでも良く見えるよう、出来る限り動作は大きく!元気いっぱい笑顔で!
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「いずしま」さんの記録には、実にさまざまな場面がありますが、時にこうした「ハプニング」もあります。「ばッ!?」(都城、及び熊本の一部地域で驚きを表現する一言。標準語では「うッ!?」「げッ?!」)。掃海部隊の皆様の見学記録をしている際、時に「レンズバッティング」が生じます。何気なく「いずしま」さんにレンズを向けて…おそらく、お互い「びっくり」。どちらも「望遠レンズ」ですから、近過ぎて「びっくり」。
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「いずしま」さんと云えば、「いずしま灯台」。辺りが暗くなって来た頃、「チカッ」点灯です。この頃、岸壁に大勢いらした見学の方々も殆ど帰られていました。心細くなっていたので、「安心の灯」。
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そして、日の入りを前に「いずしま」さん、岸壁を移動となりました。セメント岸壁側からセントラル岸壁(北埠頭)へ。「出港」です。この日、「いずしま」さんは大勢のお客様を乗せていらしたので、そのお客様が降りられる為に一旦セメント岸壁側に着かれたようです。
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出港の際は、皆様から笑顔は消え、「真剣」。『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の際は、各地の港で間近から、こうした光景を見学sる事が可能です。艦艇さんがたが勇壮に航行されている際の記録ばかりではなく、艦艇さんがたを動かす乗員の方々のお姿も大事。艦艇さんがたを動かすのは「人の力」です。一人一人、乗員の方々が力を合わせて、初めて艦艇さんがたが動くのです。
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「艦首旗」を降ろし…乗員の方々の一つ一つの動作は、間近からでないと判りづらいのです。入出港には、さまざまな課程があり、見学していると正確に繰り返されている事が判ります。「基礎」ですね。「基礎」がしっかりしていなければ、何事も成立しません。手を抜くと、何処かに支障が出ます。
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旗を降ろし、くしゃくしゃと丸めたりはしません。常に綺麗にたたまれています。くしゃくしゃと丸めれば、皺だらけになりますし、収納の際に場所をとります。こうした細かい動作の記録も重視しています。細かい動作がきちんと出来なければ、大きな事は出来ません。
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そして、「出港」。間近でバウスラスターの水流音を聴く。独特の音です。掃海艦艇さんがたは、とても静かです。間近を通られても、僅かに波音が聴こえるぐらいです。聴こえない時もあります。それ程、静か。「音もなく」航行されている事が多いのです。実際には、航行されている際の「音」は大きいのですが、少し離れただけで、殆ど聴こえないのです。掃海艦艇さんがたに「能」の摺り足を思い出すのは、その為です。音がしない。滑るように進む。

さて。今投稿は、ここで時間切れです。会計士叔父の手伝いがありますので、少し投稿速度が緩やかになると思われますが、3月に入ってより何とか休刊続きは免れていますね。『三都三校物語』も再開しなくてはなりません。時間がない!
# by guardianvein | 2014-03-04 09:57 | ┣掃海部隊
本日午后、会計士叔父が、どっかり伝票を持って来ますので、それまでに出来る限り投稿しておきましょう。「新機軸」の『平成25年度 機雷戦訓練』(前後)twitter版画像フォルダ内ファイル名順構成第4回。ファイル名順に投稿を構成しますので、各日各所さまざまな記録が入り交じります(ファイル名には一定の法則がありますが、作成している新米見学者自身も全貌を把握出来ていません)。では、参りましょう。新機軸投稿第4回。
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iPad対応の1,024pixの画像です。伊勢湾へ向けての一斉出港の朝。掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さんの長浦港狭しのスケールの大きな出港を大判の画像にて。旭に光輝く「機雷を征する東西鋼(はがね)の女王」。威風堂々圧巻の煌めきでした。見事な連携サポートは横須賀港務隊大型曳船YT66,99号さん。
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掃海母艦さんお二方が横須賀に揃われたのは…2010年以来であると思います。2011年は東日本大震災災害派遣、海外での訓練等があり、2012年も8月12日、15日の3日の差がありました。2013年は日向灘でお二方揃われた事と思いますが、新米見学者は母親の足の具合があり、見学記録にゆけませんでしたので…。横須賀にてお二方出港を間近から記録するのは、今回が初となりました。伊勢湾『平成25年度 機雷戦訓練』へ向けての掃海部隊、横須賀一斉出港の大トリは、掃海母艦さんがたでしたので、「ああ…いよいよ始まる…」との思いで記録していました。横須賀から伊勢湾は遠くありません。掃海母艦さんがた、そして、横須賀港務隊の皆様を見届けて、急ぎ実家に戻り荷物を担ぎ、新幹線に飛び乗る事になります(実際に飛び乗ってはいませんが。駆け込み乗車は危険ですし、そこまで急がなくても良いのです)。
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日の出直前の伊勢湾に掃海母艦「うらが」さん。掃海艇さん1隻。ご到着当日の朝ではなく、『平成25年度 機雷戦訓練』終了の朝ですが。横須賀よりご到着の朝も、このような情景が観られた事でしょう。既に夜には伊勢湾に集結されていた事でしょう。掃海部隊の皆様が横須賀を出港されたのは、前日の午前7時40分から8時40分の間です。掃海部隊の皆様であれば、横須賀から伊勢湾まで24時間もかかりません。
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同じく日の出前の伊勢湾。こちらは掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦さん…ですが…蜃気楼が顕著に出ており、「浮島」になっています。この時期、東京湾もですが、伊勢湾も連日のように蜃気楼が現れます。その為、訓練海域は陸奥湾と同じぐらいであると思われますが、非常に見えづらいのです。その為、『平成25年度 機雷戦訓練』の見学記録は、乗員の方々、入出港に重点を置きました。
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掃海艦「やえやま」さんの筈ですが、殆ど見えない状態ですね…蜃気楼で「じわじわ」です。前回2012年は、全日程見学記録していますが、吹雪に阻まれたり、やはり殆ど訓練海域は記録出来ていません。ただし、1日のみ、実に明瞭に記録出来た日がありました。
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今回、掃海部隊の皆様と共に多く記録されているのは、「ベルラインまつかぜ」号さんです。前回2012年は、「すずかぜ」号さんでした。松阪港より津なぎさまちを経由し、セントレアへ向う伊勢湾のマドンナがた。「まつかぜ」号さんは、津と松阪の往復便。「まつかぜ」号さんが航行されている際の記録も今回が「初」でありました。
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期間中最後まで蜃気楼に惑わされました。あまり欲張った事は云いたくありませんが、もし、視界が明瞭であれば、実に素晴らしい情景であった筈なのです。伊勢湾にての訓練を終えられ、一路、松阪港を目指す第41掃海隊さん。その後方に雪を頂く美しい山並みが微かに見えています。
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「さあ、では、始めましょうか。見事な2MD,41MDダイアゴナルクロスライドを、とくと御覧(ごろう)じろ」。第2掃海隊・掃海艇「やくしま」さん、「ひらしま」さんの後方に微かに木曾御嶽山。
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芦崎越しの陸奥湾を彷彿とさせる光景です。伊勢湾ならではの海苔の卵を育てる「竹林」越し、蜃気楼に浮かびながら松阪港を目指す第43掃海隊・掃海艇「なおしま」さん、「うくしま」さん。かなり近くに来ていらっしゃるのですが、それでも、蜃気楼で「じわじわ」です。
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『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港の際の「うくしま」さん、「なおしま」さん。実に視界は明瞭。しかし、あまりの強風に伊勢湾側を振り返る事は厳しい状況でした。怖くて、伊勢湾側に立てなかったのです。暴風に吹き飛ばされそうでした。左手、北西から相当な強風が吹き付けていた事が判る光景です。「うくしま」さん、「なおしま」さん、赤灯浮標も揃って、右に傾いています。上空をカモメが飛んでいますが、飛んでいると云うより、飛ばされている、でした。
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凄まじい強風と逆光ですが、強風あっての光景でもありました。登舷礼出港の第45掃海隊・掃海艇「とびしま」さんと「ゆげしま」さん。「ゆげしま」さんの信号旗が実に見事に張っています。また、逆光で白く飛んでいる事、背後の山並みが雨に霞んでいる事もあり、「とびしま」さん松阪港撮り納めに相応しい、どこか…夢を観ているような写真ともなりました。忘れ難い光景です。
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幻のように伊勢湾を去ってゆかれる第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「はちじょう」さん、「つしま」さんと空に飛び出しそうな勢いであったウィンドサーフィンのお兄さんがた。
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夢見るような写真は、『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港終盤に多くありました。それは…イギリス海軍のビューフォート提督が提唱された「ビューフォート風力階級表」(『理科年表』)によると「波頭が弾けて水煙」が創り出した「ソフトフォーカス」。レンズ前を拭いても拭いても、波頭が弾けての水煙でソフトフォーカスになってしまっていたのです。この状態は風力階級8。相当風速は34〜40ノット。新米見学者のような一般人に判り易くは風速17.2〜20.8m未満。実際には、更に上であった筈です。洋上は、この数値以上。
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「波頭が弾けて水煙」が創り出した「松阪ソフトフォーカス」は、「うくしま」さんの記録に集中していました。最早、レンズ前を拭き切れない状態になっていた事もありますが。
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凄まじい強風であったにも関わらず、柔らかい白い光に包まれた「松阪ソフトフォーカス」。「うくしま」さんの皆様の帽振れのお帽子も吹き飛びそうな暴風、刺すような冷たさであったにも関わらず…
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こちらの画像は加工していません。撮ったままの状態です。夢を観ているような淡い白い光に包まれて。北西からの凄まじい強風に「うくしま」さん、かなり右に傾いていますが、それでも、皆様、笑顔でお帽子を振って、去ってゆかれる。この直前、「うくしま」さん後方の皆様から勇ましい「おーッ!!」と云う勝鬨が挙りました。春うららかにさえ思えるあたたかさですが、実際は骨まで凍りそうな厳しい寒さであったのです。耐え難い寒さでしたが、実に優し気な。
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「なおしま」さんは、『平成25年度 機雷戦訓練』最初の入出港の際には、松阪港にいらっしゃいませんでしたが、既に伊勢湾洋上にご到着であった事は判っています。訓練開始時、伊勢湾洋上で掃海母艦「うらが」さん横に着かれた際を確認しています。『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港時が唯一の出港の記録となりました。

さあ、では新機軸構成投稿第4回は、ここまでと致します。時間的に厳しい状況は続いておりますが、この4回で、かなり多くの画像を「移植」出来ていますね。では、次投稿は、呉チームの皆様のご登場です。
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# by guardianvein | 2014-03-02 07:04 | ┣掃海部隊
長らくの休刊続きを「打開」する為、窮余(時間的)の策としての「新機軸投稿」第3回。辛うじて日々動いているtwitter版『guardianveins』に投稿(準備中)の画像をオリジナル画像に忠実な、こちら『gvein(別館)』へ移植を開始。Mac内画像フォルダ単位ファイル名順構成ですので、『平成25年度 機雷戦訓練』(前後)の各日さまざま記録が入り交じります。では、第3回投稿開始。
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「おーッ!!」。『平成25年度 機雷戦訓練』直前の横須賀は船越。伊勢湾へ向けての一斉出港前日、術科競技会「駅伝の部」が行われていました。少し距離がありましたが、盛大な胴上げが見えました。画像をよくよく確認すると、呉よりいらした掃海隊群第1掃海隊・掃海艇「いずしま」さんの皆様に見えますが。胴上げを実際に目にしたのは、いつ以来であったでしょう。「おお、胴上げだ胴上げだ」でありました。

今年の年初の「機雷戦訓練」(年度的には平成25年ですが、平成26年としては「年初」の訓練です)は、直前の横須賀から始まっていました。呉より掃海母艦「ぶんご」さん、掃海隊群第1掃海隊・掃海艇「いずしま」さん、「あいしま」さん、「みやじま」さん、掃海隊群第101掃海隊・掃海管制艇「いえしま」さん、「まえじま」さん、佐世保より掃海隊群第2掃海隊・掃海艇「ひらしま」さん、「やくしま」さん、函館より大湊地方隊函館基地隊第45掃海隊・掃海艇「とびしま」さん、「ゆげしま」さんが横須賀に寄港。勿論、「ご当地」の掃海母艦「うらが」さん、掃海隊群第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さん、横須賀地方隊第41掃海隊・掃海艇「つのしま」さん、「えのしま」さん、「ちちじま」さんの「横須賀掃海部隊」勢揃い、総勢17隻の「横須賀集結」より、『平成25年度 機雷戦訓練』は始まっていたのです。
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胴上げなさっていた「いずしま」さんの皆様へ岡掃海隊群司令より、賞品の…日本酒でしょうか。贈呈であります。銘柄をお訊きしていませんが、あっと云う間に呑み干されそうですね。飾っておかれるかもしれませんね。ふと、今回の横須賀集結、1月下旬でありましたが、「掃海部隊新年会」のようにも思えました。
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突如、『平成25年度 機雷戦訓練』終了後の松阪港一般公開の日に飛びます。雨の一般公開となりましたが、大変大勢の方々が見学に訪れました。最初に見学させて戴いた、「いずしま」さん机上。海図の下には…一瞬、たじろぎました。金閣・銀閣御守護のお札のお隣には…

日常の五心
「はい」という素直な心
「ありがとう」という感謝の心
「すみません」という反省の心
「おかげさま」という謙虚な心
「わたしがします」という奉仕の心


「日常」において、忘れてはならない大切な事柄。繰り返し入力しているうちに覚えました。心に刻み、日々、忘れぬ事。事ある毎に思い出すべき五つの心。
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同じく「いずしま」さんにて。掃海艦艇さんがた一般公開の際、かなり長い時間を費やすのは海図前。各地名・海名は先人からの「伝言」。志摩半島先端部。波切、船越等、各地で観られる地名の他、何故、ウヅムシ、麦、退治、アシカド、黒神…。これまで、数え切れぬ程、掃海艦艇さんがた一般公開にて見学させて戴いていますが、未だ、学ぶべきが絶えず。
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またも突如、「ファイル名」(画像フォルダ内)により、飛びます。3月1日より開始した「新機軸投稿」は、twitter版画像フォルダ内をファイル名順に構成しています。その為、各日、各所へ記録が飛びます(ファイル名には要素・項目毎に一定の「法則」がありますが)。こちらは、掃海艇「とびしま」さん内のテレビ。函館のお天気実況と予報。函館は北海道ですから寒いのは重々承知でしたが、実際にどれほどであるのか、詳細には判っていませんでした。松阪港一般公開が行われていた日の15時20分で気温は何と氷点下3.7度!新米見学者にとって「未知の世界」です。氷点下2度は前回2012年松阪、2013年水俣で経験していますが、それを下回る気温は未体験です。「函館これまでの最低気温マイナス13.3度」は、想像も出来ません。
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『平成25年度 機雷戦訓練』伊勢湾にての訓練終了の晩(日付は変わっていますが)。午前1時3分。セメント岸壁(大口埠頭)。雨まじりの雪が降りしきっていました。気象庁さんのデータを確認すると、津の観測値で午前1時は気温0.6度。北西の風1.6m/s。深夜ですが、掃海部隊の皆様が集結されている際は、「不夜城」。乗員の方々も岸壁を歩いていたりされますので、深夜と云う感覚は、あまりありません。元々、新米見学者は映画等の撮影現場に居ましたので、徹夜の撮影は珍しくなく、『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の際は、夜を徹して訓練なさっていますので、夜眠らない事は「当たり前」でもあります。掃海部隊の皆様、新米見学者は分野が異なれども、「共通」する点が多々あります。「現場」と云う共通点。「長時間じっと耐える」も共通点ですね。
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雪雨の夜から一転。『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港の午前。「夢を観ているのだろうか…」であった光景。第45掃海隊・第101掃海隊・第1掃海隊さんにかかる「地上の虹」。サングラス越しには、もっとはっきり見えていました。松阪港撮り納めとなる「とびしま」さん、「いえしま」さんに虹がかかっていたのです。「信じられない…」でありました。掃海部隊の皆様が一斉出港されるまで、あちこち移動していましたが、虹は突如、目の前に現れたり、かと思うと遠くに行ったり…実に不可思議な体験をしました。長時間、虹が現れていたのです。通常、短時間で消えてしまうのですが…。掃海部隊の皆様の見学記録中、これまで幾度となく、不可思議な体験をしています。時に神懸かり的な…
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『平成25年度 機雷戦訓練』終了翌日の松阪港一般公開。ベルライン岸壁(中央埠頭)側。この日、関東は最初の大雪となっていましたが、松阪港は雨に変わりました。冷たい雨が降りしきっていたのですが、ご覧の通り、大勢の方々が見学に来られていました。驚きました。松阪港は駅から近いとも云えません。しかも、冷たい雨。それなのに…左手が広々とした駐車場なのですが、そこにはお車いっぱい。「とびしま」さんの見学者数は1,000名を超えました。もし、晴天であれば、更に多くの方々がいらした事でしょう。そして、昨年2月の水俣港以来の岸壁側全掃海艦艇一般公開が実現していた事でしょう。前日の段階では、ベルライン岸壁・セメント岸壁、全掃海艦艇さんがたの一般公開準備が整っていました。

では、今投稿はやや短めですが、これにて。今回で画像フォルダ「isewan3」内は完了です。続いては、画像フォルダ「isewan4」。ここは大御所です。160cutを超える画像が収蔵されていますし、「2014MWS(minesweepers)」もあります。現在、これまでの形式の「大作」投稿(構成)が時間的に難しいのですが、新機軸のファイル名順であれば、「大作」投稿が可能です。
# by guardianvein | 2014-03-02 05:33 | ┣掃海部隊
前回投稿より、「新機軸(実は時間的窮余の打開策)」のtwitter版投稿(準備中)画像フォルダ内ファイル名順構成としました。現在、「大作」を構成する時間的余裕がないのですが、これまでと異なる構成での「大作」の投稿は可能である事が判りました。一気に、こちら『gvein(別館)』再生(攻勢)をかけます。2月8日より伊勢湾にて行われた『平成25年度 機雷戦訓練』(前後)の画像を一気に投稿してゆきます。新機軸第2回は第45掃海隊さんより始まります。
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第1回にも投稿致しましたが、改めて。「神風」の凄まじい強風に凛として、第45掃海隊・掃海艇「とびしま」さん、「ゆげしま」さんの登舷礼出港。「とびしま」さん松阪港撮り納めに相応しい劇的な光景でありました。忘れ得ぬ光景です。元画像は1,024pixの大判です。是非、画像クリックして等倍表示にてご覧下さい。
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松阪港撮り納めとなった第45掃海隊・掃海艇「とびしま」さんはtwitter版、『日報』にも投稿しておりますが、改めて、こちら『gvein(別館)』にも。松阪港撮り納めです。「とびしま」さんは、平成7年3月10日に就役されています。1995年。間もなく20年の大ベテランさん。撮り納めに相応しい凛とした登舷礼出港でありました。
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「新機軸」は、画像フォルダ内ファイル名順で構成する「大作」です。『平成25年度 機雷戦訓練』(前後)の各日さまざまな記録が入り交じります。こちらは松阪港ご到着時の「とびしま」さん。前日、横須賀を出港された際は、見事な快晴でしたが、翌日、伊勢湾上空は曇天のち雨となりました。しかも、日の出前から入港が始まりましたので、視界は明るくはなかったのですが、艦橋横の自衛艦旗は鮮やかでした。『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港時は、大変な強風とめまぐるしく変わる天候に苛まれましたが、松阪港ご到着時は曇天雨であったものの、風は殆どなく、実に穏やかな伊勢湾でありました。凍える寒さでもありませんでした。これまで、最も訪れている回数が多いと思われる松阪港(横須賀以外)ですが、ものすごく寒い、とにかく強風、もしくは真夏のように暑い、と云う記憶であった為、『平成25年度 機雷戦訓練』序盤は「今年の松阪港は妙に穏やかで暖かい?」と思っていました。
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決して忘れ得ぬ光景。『平成25年度 機雷戦訓練』終了後松阪港一斉出港時の「とびしま」さん自衛艦旗。戦時中、国旗製作所であった母親実家。祖父の手で染められていた海軍さんへお納めする「旗」。祖父に見せたかった光景です。私たち一族にとっても、「旗」は特別な存在です。その為、今も母親・新米見学者は祝日を「旗日」と云います。
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続いては、函館より横須賀に到着された朝の第45掃海隊・掃海艇「ゆげしま」さん。実に素晴らしい快晴でした。掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さんが横須賀に揃われたのも、久方ぶりでした。この時、左手の船越岸壁では、「走る掃海部隊!」の術科競技会駅伝の部が行われていました。
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伊勢湾へ向けての横須賀一斉出港が続いていた2014年1月29日午前8時。自衛艦旗・艦首旗掲揚の際、掃海母艦さんがた前にいらしたのは、「ゆげしま」さんでありました。「うらが」さん艦橋上の岡掃海隊群司令へ向かい、「ゆげしま」さん。
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唐突ですが、「ゆげしま」さんの「1本煙突」。今投稿は、twitter版投稿(もしくは準備中)の画像をフォルダ単位ファイル名順に構成しています。ファイル名は「0A」から始まっています。現在、「0A679〜」。複数ある場合は「0A679a,b...」となり、『平成25年度 機雷戦訓練』(前後)の各日さまざまな記録が入り交じっています。何故、「ゆげしま」さんの煙突を見上げていたか。「うわじま型象徴」であると共に松阪港の象徴とも重なります。松阪港の「象徴」の一つはセントラル硝子さんの煙突。いずれも丸い煙突です。「うわじま型」さん(「いえしま」さんは「にいじま型」)以外は、皆様、四角い煙突です。
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「むッ?見えん」。『平成25年度 機雷戦訓練』終了後、松阪港にて初の一般公開をなさった「ゆげしま」さん平山艇長。一般公開終了後、ご自身の双眼鏡をご覧になり…見学者の方々が「カスタマイズ」されたのでしょう。一般公開時、艦橋に置かれている双眼鏡は、実際にご使用になられている「本物」です。
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旗旗がいっぱいに張り、盛大な「ゆげしま」さんの皆様の登舷礼帽振れ!の出港。凄まじい強風をものともせずの元気いっぱいの出港でありました。今回、横須賀ご到着から松阪港入港、松阪港出港まで、「通し」での記録が存在しているのは第45掃海隊さんとなりました。
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第45掃海隊さんに続いては(フォルダ内ファイル名順)、舞鶴よりの第44掃海隊・掃海艇「のとじま」さん。今回の『平成25年度 機雷戦訓練』期間中、「のとじま」さん松阪港に入港された記録は、訓練終了後でありました。伊勢湾洋上にいらした事は判っていましたが、訓練中盤は新米見学者が母親の足の具合を診る為、一時実家に戻ってしまっておりましたので…
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こちらの画像は、まだtwitter版にも投稿していませんね。「のとじま」さん松阪港入港時、艦橋横の皆様。画像を確認すると、掃海部隊の皆様の自然な笑顔の多さが殊に印象に残ります。自然な笑顔です。写真を撮る際に笑顔を強要する撮影者が居ますが、笑顔は求めるものではありません。自分に置き換えてみれば判りませんか?いきなり、「笑え」と云われて笑えますか?笑顔は自然に湧出るものです。では、掃海部隊の皆様の笑顔の多さは?それが掃海部隊の皆様のあたたかさ。「掃海部隊は大家族」。
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「のとじま」さんの皆様の記録は、今投稿の2cutのみでは勿論ありません。今投稿は複数ある画像フォルダ「isewan3」をファイル名順に構成しています。「順に投稿」してゆきます。「のとじま」さんの皆様の笑顔に続いては、『平成25年度 機雷戦訓練』終了し、名古屋港を経由し、横須賀に戻られた際の第41掃海隊・掃海艇「つのしま」さんの皆様の笑顔。「約2週間ぶりに横須賀に戻りました!」の笑顔ですね。皆様、元気に笑顔ですが、「つのしま」さんは、お怪我なさっていますね…厳しい状況においての伊勢湾での訓練、乗員の方々も掃海艇さんがたも頑張りました。
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突如、「つのしま」さんから「みやじま」さんに飛びましたね??(今投稿はフォルダ単位ファイル名順に構成していますので、新米見学者自身にとっても新機軸の展開です)また、こちらの画像は、まだtwitter版未投稿。長くバウスラスターの水流を曵く第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん。『平成25年度 機雷戦訓練』序盤、第1術科学校中級掃海課程の皆様と共に入出港を繰り返されていた際の記録。伊勢湾の訓練海域は、遠くはないものの、近くもありません。また、この時期特有でしょう。蜃気楼が出てしまい、訓練海域が撮りづらい(肉眼では良く見えます)為、確実に近距離の松阪港入出港時と乗員の方々に記録の重点を起きました。
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更に突如、雪の深夜に飛びました。第46掃海隊・掃海艇「くろしま」さん。沖縄の掃海艇さんと降りしきる雨まじりの雪。海面からは「湯気」が立ち上り、幻想的でさえありました。雨まじりの雪は降りしきっていましたが、強風ではありませんでした。
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めまぐるしく飛びますね…。素晴らしい青空と素晴らしく理想の角度の第101掃海隊・掃海管制艇「いえしま」さん。第1術科学校中級掃海課程の皆様と共に、ひたすら入出港を繰り返されていた際の記録。『平成25年度 機雷戦訓練』第2日。実に松阪港も穏やかであった事が判ります。艇番号の「728」が海面に映る程に。「いえしま」さんも松阪港撮り納めでありました。入出港を繰り返されていた事で、記録機会も大変多かった事は幸いでありました。

では、新機軸ファイル名順構成第2回は、少し短いですが、これにて投稿です。次のフォルダ内には160cutもの画像が納められています。現在、「詳細投稿」の大作を構成する事が難しい状況(時間的に)ではありますが、画像フォルダ単位ファイル名順構成であれば、大作投稿は可能です。出来る限り、投稿してゆきます。
# by guardianvein | 2014-03-01 07:41 | ┣平成25年度機雷戦訓練
こちら『gvein(別館)』の投稿が、昨年12月の掃海艇「えのしま」さん第1回以降、完全に止まってしまいました。現在、詳細投稿を構成する時間がなかなかとれない状態ですが、twitter版『guardianveins』は日々動いています。そこで、窮余(時間的)の打開策として、こちら『gvein(別館)』へtwitterに投稿した記録を転載します。twitterは画像が圧縮され、やや不鮮明になる事、またexcite系ブログと異なる閲覧形式ですので、まだご覧になられていない方々も多いのでは?まだ認知度が高いとは云えない印象があります。こちら『gvein(別館)』の方が格段に認知度が高い事が判っておりますので、オリジナル画像に忠実なexcite系ブログに「転載」します。twitterに投稿(もしくは準備中)の画像は伊勢湾『平成25年度 機雷戦訓練』のみでも、300枚を超えています。『gvein(別館)』再生を賭け、こちらに転載開始致します。投稿順は、Mac内の画像フォルダ内のファイル名順と致します。それぞれ掃海隊さん毎に構成しようとすると、また時間がとれず、投稿が止まる可能性がある為です。では、参りましょう。一気に投稿してゆきます。第1回は、掃海母艦さんがた、第2掃海隊、第41掃海隊さん編ですね。
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「最初」の画像は、「2014伊勢湾」の始まりですね。2014年1月25日(土)日の入り後。既に、この時、船越には佐世保より掃海隊群第2掃海隊・掃海艇「やくしま」さん、「ひらしま」さんがご到着でした。「2014伊勢湾見学記録」の始まりです。
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『日報』にも投稿した画像ですね。重複する画像もありますが、「一望」の為に再度投稿します。「2014伊勢湾」徹頭徹尾の始まりは、こちらの光景。横須賀地方隊第41掃海隊・掃海艇「つのしま」さん、「ちちじま」さん、「えのしま」さんの夕刻。「象徴的」な画像ともなりました。「前正面・後正面」。
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「神風」の凄まじい強風に凛として、第45掃海隊・掃海艇「とびしま」さん、「ゆげしま」さんの登舷礼出港。「とびしま」さん松阪港撮り納めに相応しい劇的な光景でありました。忘れ得ぬ光景です。

【註】突如、『機雷戦訓練』最終日の画像です。今投稿は画像フォルダ内のファイル名順を徹底します。ファイル名は「0A〜」から始まっていますので、「0A41MD」「0A45MD」等の順で並んでいます。また、例えば、第1術科学校さんの場合は「1MS〜」等となっている為、ファイル名順に投稿すると、期間中の各日さまざまな記録が入り交じります。
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こちらは『平成25年度 機雷戦訓練』終了直後の横須賀。掃海隊群第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さんEODTの皆様。伊勢湾から戻った直後に早くも吾妻島前での潜水訓練を終えられて戻って来られた際の記録。数日後には、鹿児島県出水市米ノ津港へ向けて出港されます。
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「やえやま」さんEODTの皆様に続き、掃海艦「つしま」さんが長浦港に戻って来られた際の記録。この日も、かなりの強風であった為、曳船YT60号さんがサポート。通常は自ら入出港される掃海艦艇さんがたですが、かなりの強風の際は、曳船さんがたがサポートされるそうです。
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ファイル名が「0A301,302,303」と並んでいる事が判りますね。複数ある場合は、「0A301a,b...」となってゆきます。こちらは、『平成25年度 機雷戦訓練』終了後、夕刻の「掃海母艦松阪港直行便」。「うらが便」でした。松阪港の沖にいらっしゃる掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さんより、第51掃海隊さん地点まで、こうして作業艇にて乗員の方々が行き来されます。
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勿論、夜間も運航。「終電(終便?)」は23時との事でしたが、日々、何便運航されていた事でしょう。片道約15分だそうですので、往復で30分。1時間1便の運航であったでしょうか。この時、乗降は艦尾門扉ではなく、タラップであったようですね。夜間、あの長い8mのタラップ乗降は素人には怖過ぎますね…
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『平成25年度 機雷戦訓練』より横須賀に戻られた直後の掃海母艦「うらが」さん。整備が行われていたようですが、久しぶりに艦尾門扉横の「上下扉」が開閉した際を目にしました。
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格納庫に「木箱」が見える時は、『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』(前後)。伊勢湾より戻られての整備、各種作業中であった掃海母艦「うらが」さんの皆様。デッキクレーンに吊られた後、「爆雷エレベータ」に消えてゆく「黄の大筒」。
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『日報』に投稿しましたが、今年初めて目にした神々しい御山。木曾御嶽山と掃海母艦「ぶんご」さん。画像下段は、松阪(名古屋)へ向う新幹線車内より見えた木曾御嶽山。新幹線車内から見えた神々しい御山がずっと気になっていましたが、後によもや、掃海部隊の皆様と共にあるとは思いもしませんでした。2010年5月以降、幾度となく訪れている伊勢湾・松阪港ですが、初めて見えたのです。「吾を観よ!」であったのでしょう。木曾御嶽山と教えて下さったのは、元伊勢湾フェリーの船長さん。それ以前は大きなタンカーで世界を旅していた「船長さん」。「名古屋港に向う時、木曾御嶽山が正面に見える時があった。(その後)神島から撮影で木曾御嶽山と判定します」。
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掃海母艦「ぶんご」さんに連なる木曾御嶽山。夢を見ているような光景です。煙たなびく煙突は四日市でしょうか。
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ファイル名「0A601」。『平成25年度 機雷戦訓練』前、横須賀に集結されていた掃海隊群の皆様。術科競技会「駅伝の部」の表彰式。岡掃海隊群司令より第2掃海隊・掃海艇「ひらしま」さんチームへ「金色(こんじき)プレート」授与であります。
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ファイル名「0A601CL(cloud)」。『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港時の掃海艇「ひらしま」さん艇番号点の皆様の背後から迫り来る雨雲。そして、凄まじい強風。この日はめまぐるしく天候が変わりました。蜃気楼、虹、晴天、暴風、雨…
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『平成25年度 機雷戦訓練』終了松阪港一斉出港時の掃海艇「やくしま」さん。あまりの強風に海面は沸騰するかのようになり、波が弾けると云うより、霧状に砕かれ舞っていました。立っている事さえ困難な強風かつ耐え難い寒さでしたが、その凄まじい強風に立ち向い出港されてゆく掃海艦艇さんがたは実に勇壮でした。画像的にも大変見応えがあり、貴重な記録ともなりました。これまで豪雨の記録は多々あっても、暴風は011年油津以来であったと思います。2
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ファイル名「0A602CL(cloud)」。「ひらしま」さんに続き、「やくしま」さん艇番号点の皆様の背後から迫り来る雨雲。と云うより、雨の幕。「右帽振れ!」のお帽子もふッ飛びそうな暴風です。それに雨が加わると…最早「嵐」です。それでも、笑顔でお帽子・手を振って帰ってゆかれる掃海部隊の皆様。新米見学者も尻尾巻いて「嵐」から逃げる事はしません。正直、尻尾巻いて逃げたい大変厳しい状況でしたが、何日間も洋上で訓練される掃海部隊の皆様に申し訳ない。雨が叩きつけなければ、写真は撮れます。尻尾巻いて逃げるタイミングは「雨」です。カメラが耐えられない。
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「やくしま」さん処分艇点の皆様。とにかく凄まじい暴風なのですが、皆様、笑顔なのです。波が霧状になって飛んでいますね。この状態をイギリス海軍のビューフォート提督が提唱された「ビューフォート風力階級表」(『理科年表』)にて調べてみると…「波頭が弾けて水煙」は風力階級8。相当風速は34〜40ノット。新米見学者のような一般人に判り易くは風速17.2〜20.8m未満。但し、この「相当風速」は陸上でのもの。洋上ではありません。
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数10秒後の「やくしま」さん。松阪方面は曇天、雨でありましたが、一変、伊勢湾・知多半島方面は晴天。美しい情景ですが、実際には凄まじい向かい風であったと思います。もしくは、左手(北西)から吹き付ける「暴風」。
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突如、「メダリストの行進」。再び横須賀術科競技会後。第41掃海隊・掃海艇「えのしま」さんの皆様。折しもソチ五輪開幕約2週間前。「おれたち一足先にメダリスト」。
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「おれたち一足先に金メダリスト」。メダルにハイタッチに、盛り上がる「えのしま」さんの皆様。
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「おれたち一足先に金メダ…」。こちらはメダルではありませんでしたね…ですが、冬こそ水分補給お忘れなく。とにかく、「えのしま」さんの皆様、大変な盛り上がり。
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まだまだ続いていました。この日も、かなり寒かったのですが、皆様の力走、声援・檄が飛ぶ船越は熱かった!
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「寒い晩でした…」。『平成25年度 機雷戦訓練』終了の晩。午前1時頃の「えのしま」さんの「掃海具くん」。23時頃から松阪は雨が雪に変わり始め、「掃海具くん」もシャーベット状に。ご覧の通り、グリーンのネットが張られています。翌日(既に日付変わり当日ですが)の松阪港掃海艦艇一般公開は、ベルライン岸壁・セメント岸壁側全掃海艇さんがたの一般公開準備が出来ていたのです。しかし、深夜には松阪一帯は雪景色となり、残念ながらセメント岸壁側の掃海艇さんがたは一般公開中止となりました。
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「帰って来たぞぅ!」。伊勢湾にての『平成25年度 機雷戦訓練』より横須賀に戻られた際の「えのしま」さん。この日も強風と厳しい寒さでしたが、着岸直後からフルパワー海水洗浄が始まりました。
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新装備「双眼鏡放水器」…ではなく。第41掃海隊・掃海艇「ちちじま」さん、伊勢湾より戻られてのフルパワー海水洗浄中。連日吹き荒れた強風。掃海艇さんがたも、こってり「潮」を被られていた事でしょう。
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「ちちじま」さんフルパワー洗浄!盛夏であれば、実に涼し気な光景でしょうが、厳冬2月。手袋なさっていません。温水洗浄ではないでしょうから、極めて寒い光景です。

今投稿で大作の構成が時間的に難しいのですが、twitter版投稿(もしくは準備中)の画像をフォルダ内ファイル名順に投稿する事で、これまでとは異なる「大作」の投稿は可能である事が判りました。この「構成」であれば、次々投稿可能ですね。第1回は、掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さん、第2掃海隊さん、第41掃海隊さん、第45掃海隊さんでありました。ファイル名が「0A605...」までゆきましたので、次投稿は「670,680番台」の掃海艇さんがたが続々ご登場です。
# by guardianvein | 2014-03-01 06:08 | ┣平成25年度機雷戦訓練
とても久しぶりの投稿となりましたが。とにかく記録は、しっかり撮れていますが、現在、なかなか投稿時間がとれない状態が続いております。単発のtwitter版『@guardianveins』は、何とか稼働していますが、excite版ブログは大作仕様ですので、なかなか進まず。ですが、ブログ投稿をやめてしまった訳ではありません。まとまった投稿時間がとれないのです。『日報』は『三都三校物語』を継続。こちら『gvein(別館)』に掃海部隊の皆様、EODの皆様を集約します。では、直近の第41掃海隊・掃海艇「えのしま」さん、ご当地江の島寄港時の記録を。
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2013年12月21日(土)。今年もX'mas3連休(今年は前連休でしたが)に、横須賀よりご当地へ。第41掃海隊・掃海艇「えのしま」さんが江の島ご訪問でありました。昨年は濃霧と冷たい雨に霞んでいましたが、今年は快晴。江の島入港着岸を何故間近から撮らないのか。それは、「湘南の海」と「えのしま」さんを記録したいからです。お名前の由来となった「江の島」へ向う「えのしま」さんを。「江の島とえのしまさん」を。そして、大勢のサーファーさんがたと共に記録したいのです。「ご当地寄港」を記録するには、対岸から撮らねばなりません(もしくは洋上から)。やや距離があって良いのです。間近からは『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』時に記録出来ています。
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晴れれば逆光ギラギラである事も十分承知の上。と云うより、逆光の方が良いのです。煌めく湘南の海とサーファーさん、ヨット。「これぞ湘南」。とは云うものの、実はあまりにギラギラで良く見えていませんでした。また、当初の予定より少し手前で江ノ電を下車しました。直前で、記録地点を変更したのです。何故か。
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鎌倉方面から江ノ電に乗ると、七里ケ浜駅が近付いて来る頃、正面に富士山が大きく見え始めます。車掌さんの「富士山が前方に見えます」との案内の次の瞬間、乗客の方々から一斉に「わあッ!!」と大きな歓声が上がります。自分は見慣れていますが、それでも息を呑む美しさです。そして、左手には相模湾が一気に拓けます。既に洋上には、掃海艇「えのしま」さんが見えていました。その「えのしま」さん、じっと富士山をご覧になられていたように見えた事、また、入港待機されている「えのしま」さんに七里ケ浜付近が最も近いと思われた為、予定を変更し、七里ケ浜駅で下車。駅から海岸まで、歩いて2,3分。
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入港を待つ「えのしま」さんと波を待つサーファーさんがた。「えのしま」さん真後ろです。「ここで正解」。しばし、煌めく湘南の海を見ていました。昨年も「えのしま」さんはこの辺りで入港待機されていたのかもしれませんが、濃霧であった為、突如、幻の彼方から現れたように見えました。今年は実に良く見えていました。
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「いざ、入港」。波を待つサーファーさんがたも「おお?」であったように見えました。「big shipが来たぞ?」(この辺りでは、掃海艇さんは「big ship」←以前、釣り人のお方が掃海艇「のとじま」さんを見て、「big shipが来た!」と仰られていた)。「えのしま」さんが江の島湘南港本船岸壁を目指し動かれたを見届け、新米見学者も七里ケ浜駅へ向かいました。
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江ノ電車内より、本船岸壁着岸間近の「えのしま」さんとサーファーさんがた。江ノ電さんは高速ではありませんので、こうして車内から記録する事も難しくありません。この日の朝は、大変良い波が出ていたそうで、実に大勢のサーファーさんがたがいらっしゃいました。パドルボードのお方もいらっしゃいますね。今年はサーファーさんがたとお話ししながらの記録ともなりました。この日は西風と教えて戴きました。昨年は凍える寒さでしたが、今年は暑いぐらいでした。
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さあ、間もなく、「えのしま」さんも本船岸壁にご到着。新米見学者は腰越辺りでした。ここで焦る必要もありません。江ノ島駅から徒歩で本船岸壁に向います。タクシー飛ばそうと思っても、江の島弁天橋付近が大渋滞している可能性があります。徒歩、もしくは自転車等が確実。
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本船岸壁に到着し、程なく入港歓迎行事が始まりました。薄桃のコートが可愛らしい「海の女王」様お二人より、清水第41掃海隊司令、中村艇長へ花束贈呈。この後、清水第41掃海隊司令のご挨拶、関係の方々の記念撮影、見学会となります。
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見学会が始まった頃、ふと処分艇「えのしま」号さんが動き始めた事に気付きました。「?」。『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』時は、各種作業、ご準備等があり、処分艇が大忙しになる事がありますので、珍しい光景ではないのですが。どうやら、「お仕事」始まる気配が感じられましたので、海側へ移動。
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「?」。海側へ移動すると、既に「えのしま」さんmaster diverの竹原さんがEOD装備で処分艇上に。
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見学会が始まっているのですが、乗員の方々が赤いヘルメット…。「何かの作業」が始まる筈です。
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「EODタンク」が降りて来ました。潜られますね。さて…どのような「作業」が始まるのでしょう。2013年度、「JMSDF DIVERS」の記録は、呉の飽和潜水員さんがた、江田島の第1術科学校潜水科スクーバ課程の皆様がしっかり撮れている以外、殆ど記録出来ていません。2013年の大詰めに、EOD員さんがたを記録する機会が巡って来たようです。江の島の弁天様に感謝です。間近からの記録は、なかなか叶いません。横須賀の吾妻島前は遠過ぎる。呉の方が近く、機会が多い事も今年10月に判りました。
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何と。アクアリフタも降りて来ました。一体何が…「何かを持ち上げる」。アクアリフタを使って、「何かを持ち上げる」のです。思い当たるのは…「錨」。今年も各地の海で、不発弾や機雷が見つかり、その都度、掃海部隊の皆様、各地の水中処分隊の皆様が処理に向われましたが、その際、幾度もニュース映像に出て来た、アクアリフタ。ですが、この江の島湘南港に不発弾が発見された訳ではありません。そうであれば、見学会は中止になるでしょう。
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完全潜る装備で、「えのしま」さんEODTの片山さんも出て来られましたね…
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見学会が行われているとは思えない光景となって参りました。完全作業モード。太いザイルも準備中。とても「重いもの」を持ち上げるのでしょう。
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「えのしまEODT」続々集結。処分艇上には、今年の春まで、江田島の第1術科学校潜水科の教官であった深谷さんのお姿。「お父さん(昨年の「えのしま」さん江の島寄港時の投稿をご参照下さい)」も降りて来られましたね。
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続いて佐藤さん。片山さんが降りて来られれば、「えのしまEODT全員集合」です。「大掛かり」です。
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「えのしま」さん錨付近にも乗員の方々。完全に作業モード。岸壁側からは全く見えない光景です。
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片山さんが降りて来られましたね。これにて「えのしまEODT全員集合」です。「お父さん」は、応急工作のお方ですが、今回、スクーバ員でいらっしゃる事が判りました。そう云えば…
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真夏の「えのしまEODT」の皆様の記録があった事を思い出しました。8月22日。徳丸掃海隊群司令(現 第1術科学校長)離任式、岡掃海隊群司令着任式の朝です。午前の訓練に出てゆかれる際の記録。
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真夏の朝から丁度4ヶ月。如何にも寒そうな海色の江の島湘南港。装備はドライスーツ。真冬の海へ。
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「えのしまEODT」始動。この画像を見て、初めて気付きました。「えのしま」さんに左手のヨットハーバーの景色がそのまま映っています。FRP掃海艇ならではの「光沢」ですね。これまでの艦艇船さんがたにはない「光沢」。
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「A」旗も出動です。「潜水A旗」。EOD員さんがたが潜られると云う標。

では、久しぶりの「大作」投稿となりました。この後、「えのしまEODT」の皆様の作業が詳細に記録出来ていますので、第1回は、ここで投稿と致します。あまりに長い間、休刊となっておりました。その間も多くのアクセスがある事はLOG解析で判っています。ずっと気がかりでした。
# by guardianvein | 2013-12-27 01:12 | ┣掃海部隊
間もなく海上自衛隊掃海部隊の皆様、日向灘にての『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』が始まりますが、2010年以降、見学記録を続けて参りましたが、今年は11月中もしくは12月に母親が足の手術を行う事になるかもしれません。検査等あり長期で家をあける事が出来ません。大変残念ながら4度目の「日向灘」見学記録を断念。ですが、これまでの莫大な記録があります。更に呉・江田島での初の長期記録も加わりました。こちら『gvein(別館)』は長らく休刊が続いている事もあり、twitter版、『日報』へと振り分け、少しずつでも投稿してゆかねば、どうにも納まり切らぬ状況です。今投稿は、直近となる10月18日〜11月3日までの呉・江田島見学記録から画像確認の過程において作成した画像にて構成します。
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呉・江田島、初の長期見学記録の始まりは、掃海管制艇「まえじま」さんとなりました。10月18日の朝8時に広島に到着したのですが、予定では「ひろでん」で宇品へゆき、フェリーで呉に向い…であったのですが、呉行きよりも江田島行きの方が1時間以上近く早く出航する為、当初の予定を変更し、宇品より江田島へ向う事となりました。江田島が近付いて来た頃、大麗女島付近に「まえじま」さんのお姿が見えました。以降、滞在期間中、掃海部隊の皆様では、「まえじま」さんが航行されている際の記録が最も多くなりました。
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早瀬大橋と「まえじま」さん。ほぼ、連日、第101掃海隊・掃海管制艇「まえじま」さん、「いえしま」さんは動いていらしたのですが、どうしても「いえしま」さんが航行されている際の記録が叶いませんでした。呉・江田島は2011年の掃海殉職者追悼式直後に訪れて以来、2度目。「がっつり」と『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』級に記録するのは初めてです。この時、母親病院日程により「2013日向灘」には行かれない事が判っていましたので、とにかく記録出来る限り記録しようと。
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横須賀は数年間、「みっちり」記録していますが、呉・江田島は「初」と云って良いです。右も左も判らぬに近いのですが、慌てる事はありませんでした。横須賀に似ているのです。全て、ではありませんが、特に大麗女島付近は、横須賀の吾妻島前に酷似していました。しかも、距離が近い。時間の余裕があれば、「おさんぽクルーズ」で何往復も可能です。この日、大麗女島付近で訓練なさっていたのは…推定、潜水艦救難艦「ちはや」さんの皆様。横須賀の潜水艦救難母艦「ちよだ」さんの皆様を彷彿とさせました。
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こちらの皆様は…確認とれぬまま帰って来てしまいましたが、呉水中処分隊の皆様?この頃、第1掃海隊さんはお留守でした。呉水中処分隊の皆様であれば、呉にての「初」の記録となりますが、残念…連日いらした訳ではありませんでした。
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こちらは江田島側の…EOD員さんがたにしか見えないのですが。「EOD先生」がた。ですが、正確にご所属は記載出来ません。未確認ですので。呉側には、呉水中処分隊さん、第1掃海隊のEOD員さんがた、潜水艦救難艦「ちはや」さん飽和潜水員さんがた。江田島側には、更に多くの「DIVERS」。国内で「最大規模」の筈です。「潜水員」の原点である第1術科学校潜水科、掃海機雷科のEOD課程、特別警備隊。「ダイバーさんがただらけ」と云って良いです。
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今回、「科」で最も記録数が多かったのは、第1術科学校潜水科スクーバ課程の元気いっぱいの皆様と先生がた。前半は台風の影響で降り続く雨の中での記録が続きました。スクーバ課程の皆様に気付いたきっかけは「歌」です。元気いっぱいの「日替わりオリジナルソング」と共に戻って来られるのです。最初、新米見学者は教育参考館内に居たのですが、「?何が近付いて来た??」と思い、館外に出ると目の前を走り抜けてゆかれました。青黄のウェットスーツのお背中に「JMSDF 1MSS」。丁度、その日の見学ご案内であった杼本氏が側にいらしたので、「元気いっぱいな方々のお背中に1MSSって書いてありますが?」とお訊きすると、「それは…ウチだ!」。「ウチ」とは「第1術科学校」。これまで、「謎?のヴェール」に包まれていた「潜水の原点」、遂に発見。
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以降、スクーバ課程の皆様の記録が急増します。ご所属確定した方々に記録が集中します。がっつり電線が入りますが、最も高い位置からの記録。「特殊縄跳び」と思っていたのは、実際には「スノーケル飛び」。判ってから画像を見ると一目瞭然でした。先生がたがスノーケルをぶんぶん振っていらした。踏むと…もれなく「しこたま叱られる」そうです。簡単そうに見えて、そうではありませんよ…。数日後、実際に厚生館内で、スクーバ課程の皆様と実践しました。新米見学者、もれなく叱られそうです。動作的には難しくありませんが、先生がたはスノーケルを規則的に振ってはいませんでした。これからプールでの「授業」を始める前に「反応」を見ていらっしゃるのでは。寝不足や疲労が蓄積していれば、反応が鈍くなります。
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潜水科スクーバ課程の実際の授業を目にしたのは、勿論初めてです。凝視していましたが、移動があり、その分、見学記録時間が短くなってしまった事が大変残念でした。それこそ、自転車で走り回らないとなりません。
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電線がっつり入ろうが、この高い位置を見学記録地点に選んだのは、水中の皆様が良く見えるように。より高い位置からでないと、水面のゆらぎが大きく、良く見えないのです。
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電線や松の樹が入りますが、良く見えていました。その為、大変記録数も多くなっています。詳細投稿には年内いっぱいかかりそうな程です。
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晴天時は夏のようであったのですが、この前週は雨が降り続き寒かった江田島。それでも、勿論、こちらのプールでの「授業」は行われていました。
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徐々に台風が近付きつつあった頃。掃海母艦「ぶんご」さんと背中合わせに第1掃海隊・掃海艇「いずしま」さん、「あいしま」さん。約20日間の記録、素晴らしい晴天の日は数日間。雨や曇天の日の記録の方が多かったように思いますが、まだ「全貌」が把握出来ていません。
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目も覚める程、明瞭であった掃海母艦「ぶんご」さん。似島(にのしま)前を静かに航行中。「ぶんご」さんは、2月の八代海、7月の陸奥湾にはいらっしゃらなかった為、間近での記録は昨年11月、12月の日向灘以来でした。
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「ぶんご」さんと入れ替わるように出航されたのは、護衛艦「いせ」さん。数時間の差ですが、この頃には、空が雲に覆われていました。この後、「いせ」さんが台風30号によるレイテ島激甚被害災害派遣に向われる事になるとは…。この数時間前には、伊豆大島への災害派遣より呉に戻られた輸送艦「おおすみ」さんを記録していました。
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『日報』へ投稿準備中の11月2日「自衛隊記念日」。現在、画像を作成していますが、式典の詳細が記載できず、投稿の構成をどのようにすべきか思案しています。進行は記録を確認すれば判りますが、「細部」が判らぬのです。かなり後方におりましたので、徳丸学校長の「祝辞」を聴きとれなかったのです。とても大切な事を仰られていた筈なのですが。
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ここまで離れた位置を選択したのは、式典の規模を考慮した為でした。「全景」を記録するには、ここまで引く必要があったのです。祝賀飛行のOP-3Cさんがたも寄らずに記録したのは、白亜の学び舎と共に、を重視。「自衛隊記念日」。第1術科学校・幹部候補生学校の「自衛隊記念日」。
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「機雷回廊」。呉の海上自衛隊史料館「てつのくじら館」に「自衛隊記念日」の「史料」が展示されています。「歴史」。今回、約20日間、連日、フル稼働で見学記録しても、全く及びませんでした。更に長い時間をかける必要があります。今回の約20日間は「第1段階」です。

今回、掃海部隊の皆様の日向灘にての『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の見学記録にゆけぬ事は大変残念ですが、残念に思っているだけでは何の役にも立ちません。年内いっぱいかけて、これまで滞っていた投稿を挽回すべく、現在準備中です。
# by guardianvein | 2013-11-15 02:48 | 海上自衛隊へ行こう
またも久しぶりの投稿となってしまいましたが、10月18日以降は、広島県呉市に移動致しましたので、『日報』へ速報を投稿しています。今投稿は、その『日報』へ速報として投稿した、海上自衛隊掃海隊群第1掃海隊の皆様の見事に美しい快晴出航の朝を『日報』版転載ではなく、新たに未投稿の画像を加え、こちら『gvein(別館)』拡張版であります。
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雨上がりの朝。美しい呉湾に掃海部隊の皆様のお姿が見えて参ります。まだ遠いですが、今回、reflexは使用しませんでした。出来る限り、美しい呉市・江田島市の風景と共に記録したかったからです。広島県ならではの牡蠣筏の後方左手、遠くにお姿見え始めたのは、第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん。右手には掃海母艦「ぶんご」さんのお姿も見え始めていました。とにかく、今年2月の熊本県水俣市・鹿児島県出水市と並び、本年度これまでの記録中、屈指の快晴。
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上空は雲一つなく晴れ渡り、冴え冴えとした朝でした。早瀬大橋の奥、江田島側から順に陽が当たり始めます。少し小さくて見えづらいですが、白い月が江田島に暮れようとしていました。本当に美しい快晴。
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出航一番手は、掃海隊群第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん。お姿が見え始めてから、近づいて来られるまで、あまり時間はかかりませんでした。「みやじま(やや)どりふと」。牡蠣筏をかわして方向転換。見事に晴れ渡っているのに、この朝は殆ど風がなく、海は大変穏やか。横須賀では早朝、白くもやもやである事が多いので、これほど明瞭な早朝の記録は、まさに「目が覚める」です。完全順光。「完璧な青」。
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「みやじま」さん、正面を向かれました。reflex500であれば、思い切り寄り切れる距離なのですが、敢えて、使用しませんでした。と云うより、持って行かなかった。寄ればいいと云うものではありません。背景を入れる事、何より、極めて穏やかな海面に長く曳く美しい「波紋」を記録する事。優雅とさえ思える滑らかな航行を記録する事。「美しい」と云う事は、「高度な技術」でもあります。拙い技術は微笑ましくはあっても、美しくはない。
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「みやじま」さん乗員の方々のお姿がファインダ内からはっきり見える距離に入りました。寄り切れる距離ですが、寄り切らない。今回、早瀬大橋から記録するのは初めてです。重要視したのは、すがしま型掃海艇さんのやや丸みのある正面、先端から広がる斜めの波紋。寄ればいいってもんじゃない。「勝負」の時間は、おそらく5分。しかも、「みやじま」さん単独の航行ではありません。後方から「あいしま」さん、「いずしま」さんが迫って来ています。「みやじま」さん至近距離、真下を通過される間にも、「あいしま」さん、「いずしま」さんはどんどん近づいて来られる。如何に「均等」に記録するか、です。
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その頃、続く「あいしま」さん、「いずしま」さんは、遠いようで既に近い距離。それにしても、何とも美しい海。「あいしま」さん、「いずしま」さんの長く曳く、斜めに広がる美しい波紋。ため息の出る美しさです。
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「みやじま」さん接近中。何処に非の打ち所があろうかと云う情景。ご当地第1掃海隊さんの記録としての「初」は、「完璧な青」。昨年5月の沖縄・第46掃海隊さんに続き、広島県呉市ならではの見事な美しさ。
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この時、既にファインダ内に第1掃海隊さんお三方が入って来ていました。3地点を見ていなくてはなりません。先頭の「みやじま」さん、続く、「あいしま」さん、「いずしま」さんとは、かなり距離があります。「みやじま」さんのみ、行き先が異なっていた為であったようですが、これだけ離れていても、実に見事な「構成」でもありました。
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少し時間を戻すと、実際には、これだけの広範囲(規模)の「掃海隊群呉湾航行」でもあったのです。画像では判りづらいかもしれませんが、左手から「みやじま」さん、右手の牡蠣筏後方に「あいしま」さん、「いずしま」さん、更にその後方、右手ぎりぎりのところに掃海母艦「ぶんご」さんがいらっしゃるのです。当然、refelx500は必要ありません。無理に寄る必要などなし。
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もう一段階時間を戻します。「あいしま」さん、「いずしま」さんの中央に掃海母艦「ぶんご」さん。掃海部隊の皆様ならではの「黄金等間隔」。いつもいつでも「完璧」。新米見学者は、その見事さを忠実に記録すれば良く、なおかつ、それぞれ1隻の掃海艦艇さんがたに無理して寄る必要はないのです。掃海部隊の皆様の「陣形・構成」を分断しない。
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遠景を常に確認しつつ、最至近距離、勝負の「真下通過1分間」。第1掃海隊さん、初の「空撮」です。2年ぶり2度目の呉にやって来て、自分的に失敗は赦されません。しかも、これほどの快晴の記録など、今後撮れると云う保証はどこにもありません。「みやじま」さん、真下通過が始まります。
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内心、「初めてみた…」と呟いていました。掃海艇さんを真上から見たのは、この時が初めてです。勿論、真の真上は見られませんが。
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真下通過直前。「みやじま」さん前方の皆様。画像的に寄ってみます(若干粗くなりますが)。翻る紫地に紅葉の「みやじま旗」。
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続いて、「みやじま」さん後方も皆様。高さは36m。幸い高いところは全然平気ですので、落ちないよう気をつけながら、乗り出して記録。
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「みやじま」さん、真下通過。「みやじま」さん単独出航であれば、反対側へ追いますが、「あいしま」さん、「いずしま」さんが続いています。今回は、後ろ姿記録は断念。
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「あいしまどりふと」。さあ、続く「あいしま」さん、「いずしま」さんは、牡蠣筏方向転換直進地点に到達。難易度が上がりますよ。お二方の距離は近い。それにしても、恐ろしい程の美しさです。
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「あいしま」さん、正面直進ラインに入られました。「いずしま」さん、ややどりふと方向転換。
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「あいしま」さん、「いずしま」さん、直進ライン。「完璧な青」。曇天雨の7月31日大湊出航を思い出していました。この時、汽笛鳴り、「天に届け完璧な青」。涙が出る。「天に届け…天に届け…」。
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直列。カメラの設定変えていないのに(マニュアル設定ですので)、まばゆいばかりに光り輝く「あいしま」さん、「いずしま」さん。何故か、この時だけ、急に明るくなりました。発光したかのようでした。
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「いずしま」さん、やや左手へ。さあ、「あいしま」さん、真下通過です。
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「あいしま」さん真正面も真正面。斜めに長く曳く波紋。完璧な情景です。これまでの記録最高値更新。この朝、第1掃海隊さんの記録最高値更新。これまで、第1掃海隊さんお三方の記録、実はそれほど多くはなかったのです。なかなか記録出来ていなかった事がずっと気掛かりでした。記録数は少なくはありませんが、お三方揃い航行は多くはなかったのです。一気に挽回。
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連写モードは使用しません。落ち着いて。僅か1分以内の最至近距離真下通過ですが。落ち着いて。今投稿、「あいしま」さんの記録を多くします。理由は記載しません。
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ここでカメラが変わります。完璧な青は、より深い青…「藍」へ。
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「あいしま」さん前方の皆様。7月大湊で、最もお会いする機会が多かった皆様。見事「天王山」を征した7月大湊から約3ヶ月。
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朝日輝よう。「あいしま」さん後方の皆様。これより訓練へ。台風接近していた頃。「どうぞ、お気をつけて」とお見送りの朝。「あいしま」さん、真下通過。
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そして、快晴の朝出航しんがりは「いずしま」さん。幾度も記載していますが、「完璧な青」。
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「いずしま」さん、寄ってみました。艦橋横に自衛艦旗見えますね。皆様、お久しぶりです。元気いっぱい。
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「いずしま」さんと云えば…「いずしま灯台」。発光信号。自衛艦旗。元気に賑やかに出航です。
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「いずしま」さん真上。高さ36m。
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「いずしま早瀬大橋通過」。自衛艦旗仕舞い。Vサイン。
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「いずしま」さん後方も皆様。眩しそうです。丁度、橋と朝日が被っていた頃かもしれません。早瀬大橋は白いので、とても眩しかったでしょう。さあ、「いずしま」さん真下を通過。急ぎ、反対側へ移動。
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今度は新米見学者が眩しい位置に。こちらは逆光。既に「みやじま」さんは行ってしまわれていましたが…「あいしま」さん、「いずしま」さん後ろ姿をお見送りです。実に見事に判で捺したかのように。傾斜も波紋も。
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早くも「あいしま」さん方向転換。こちら側での時間は短いです。5分もありませんでした。
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実に穏やかな朝でした。全く波がない状態。風も殆どありませんでした。静かに航行されてゆく「あいしま」さん、「いずしま」さん。
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お姿見えなくなる直前。「あいしま」さんは、朝の「色」にて。
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「いずしま」さんは、朝焼け茜色にて。これにて、第1掃海隊さん出航記録は完了。この頃、呉湾遥か彼方に掃海管制艇「まえじま」さんのお姿が見えていたのですが、かなり距離があり、その後、江田島に向かうフェリーからお姿探したのですが、既に江田島向こうに行かれていたようでした。翌日の「まえじま」さんの記録はあります。

では、1週間かかってしまいましたが、第1掃海隊さんの「完璧な青」。見事に美しい出航の記録、ようやく拡張版投稿です。
# by guardianvein | 2013-10-28 02:23 | ┣掃海部隊