ブログトップ | ログイン

ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

gvein.exblog.jp

7ヶ月ぶりに投稿再開しました

「東日本大震災」海上自衛隊・掃海派遣部隊(0325日報版転載)


今投稿は『日報』投稿分を一部修正転載致します。前回投稿は非公開とし、こちらを最新と致します。
2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」、後に「東日本大震災」が発生しました。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。現在、「日本の力」を結集した救助捜索救援支援活動が続けられています。3月24日12時防衛省さん発表では、自衛隊さんによる救助者は、19,300名。一人でも多くの大切な命が護られる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(3月24日12時発表)』より、海上自衛隊さんの活動救助状況をもとに構成致します。発災から12日間、大変厳しい状況下の被災地で活動なさっています。未曾有の被災地へ。掃海部隊全19隻。全ての皆様です。
e0150566_4195974.jpg
横須賀より掃海艦「やえやま」さん。掃海部隊で、最も速くに被災地に到着された事と思います。日本が、海上自衛隊さんが世界に誇る「掃海技術」を擁する掃海部隊の先陣となりました。今回は「機雷掃海」ではありませんが、第二次世界大戦後より、今に至るまで、「航路啓開」海上交通の安全の為、約55,000に及ぶ残存機雷、不発弾などの処理を続けられている皆様です。掃海艦・掃海艇さんには、「海の爆発物処理班=EOD員」の皆様もご所属です。皆様、ダイバーさんです。平成4年7月12日、奥尻島をはじめ、沿岸に大津波による激甚な痛ましい被害をもたらした北海道南西沖地震の際にも掃海部隊・EOD員の皆様は災害派遣活動の任務に就かれています。
【032232238追記】21日、宮城県女川町高白浜へガムテープ3個、油性マジック39本、ビニールテープ3個、ボールペン10本提供、雄勝湾尾浦地区へ乾パン256、主食缶詰24、スプーン100本、ガーゼ3箱提供、御前地区へ乾パン64、主食缶詰48、オレンジスプレッド72、指ヶ浜地区へ乾パン32、主食缶詰48、懐中電灯3、乾電池60、水浜地区へ懐中電灯2、乾電池20、洗剤2、食器洗剤5、消毒用エタノール5本、滅菌ガーゼ2箱、三角巾5袋、さらし2反、呉壺地区へ米25kg、水50L、主食缶詰216、副食缶詰240、乾電池80、ロウソク32本、トイレットペーパー80個搬送、23日、水浜地区へ紙おむつ110枚、粉ミルク2缶、生理用品22枚、おしりふき8パック、ウェットティッシュ30個、タオル5枚提供

救援物資の内訳はあまりに切実です。テレビの報道などでは、ある避難所には物資が溢れ、「食事も充分」と仰る被災者の方々が映像が流され、安堵致しましたが、発災から今日で2週間。陸路の交通も可能になりつつありますが、全ての地域で「充足」しているとは思えません。民放テレビ局では、いつもの賑やかなバラエティ番組やコマーシャルが放送され始めていますが…。違和感があります。「やえやま」さんが救援物資を届けられている雄勝湾の映像を幾つか動画で確認しました。痛ましい限りです。大変な被害です。「三陸…そう云えば…」と調べてゆくうちに、東北地方太平洋沖地震発生の2日前の3月9日午前11時45分にも、三陸沖でマグニチュード7.2、宮城県北部で震度5弱の地震が起きていました。その際にも、津波が発生し被害が出ていたのです。「チリ地震(2010年2月)の時より被害は限定的」と地元のお方は安堵されていたのですが、1年前の津波と2日前の津波を遥かに超える大津波が襲いかかるなど、誰が「予知」出来たでしょう。9日の地震は「本震」ではなかったのです。「余震」。突如、私たちを襲う災害の恐ろしさ、津波の恐ろしさ。9日の地震直後には、自分の携帯電話にも津波注意報のメールが届きました。「3F以上の頑丈な建物に移動して下さい」。東北地方太平洋沖地震では、3Fを超える大津波が美しい海岸線を、そこに暮らす人々の幸せな日常を呑み込みました。
e0150566_051073.jpg
東北地方太平洋沖地震発生から今に至るまでの12日間、被災地は晴天が続いていた訳ではありません。雨が降り、雪が降り…真冬の天候の洋上でも、皆様、懸命の活動を続けられている筈なのです。
e0150566_154323.jpg
「海の爆発物処理班=EOD員」の皆様は漆黒のゴムボートを駆使し、救助捜索救援活動にあたられている事と思います。横須賀地区だけでも、50名を超えるEOD員さんがいらっしゃるのです。既に被災地にて活動しておられる掃海艦「やえやま」杉山艦長、掃海艇「みやじま」井口艇長のように、艦長・艇長ご自身がEOD員さんでいらっしゃる場合もあります。横須賀地区だけでも50名を超え、掃海部隊全29隻の掃海艦艇さんがたには、それぞれ4名のEOD員さんがご所属です。海上自衛隊さん全体では、EOD員さん300名近いと思われますし、飽和潜水員さんも大変大勢いらっしゃるのです。海上自衛隊さんには世界に誇る高度な技術をお持ちのダイバーさんが大変大勢いらっしゃるのです。
e0150566_1292811.jpg
横須賀より…なのですが、今回、シンガポールにての合同訓練へ向かわれる途中、急遽引き返し被災地へ向かわれた掃海艦「はちじょう」さん
e0150566_1315495.jpg
呉より…なのですが、「はちじょう」さんと共に、シンガポールにての合同訓練へ向かわれる途中、急遽引き返し被災地へ向かわれた掃海母艦「ぶんご」さん。海外への救援物資を運んだ実績がおありです。神奈川新聞さんの記事によると、「ぶんご」さんは13日夕方に横須賀から被災地へ向けて、救援物資の缶詰約9,000個、乾パン約7,000個、毛布約10,000枚、ガソリン4,000Lを積み出港したそうです。EOD員(海の爆発物処理班=ダイバーさん)の皆様は被災地にて海中や岸壁付近の捜索されるそうです。14日、牡鹿半島の被災者へ糧食1,800食、水約1t、田代島へ糧食180食輸送、搭載艇にて気仙沼東湾の被災者へ軽油10,200L、ガソリン200L、飲料水600L、非常用糧食10,032食、毛布200枚等日用品提供、衛生班は東湾被災者130名・大島小学校被災者50名へ診療等支援実施、補給艦「おうみ」さんより「うらが」さんへMH-53Eにて主食缶詰7,680食、副食缶詰7,680食、飲料水2L6,720本、災害用組立式トイレ15、災害用排泄物収納袋2個、防災用テント1張搬送、搭載艇にて気仙沼市へ缶飯2,904個、乾パン3,008提供、気仙沼市大島へ灯油ドラム缶18、灯油ドラム缶4、ガソリンドラム缶1、ポリ容器200個、テント17張搬送、MCH-101にて八戸より「ぶんご」さんへ救援物資1,2t搬送
e0150566_1511434.jpg
日本が、海上自衛隊さんが世界に誇る「掃海技術」を擁する掃海部隊の皆様。全29隻いらっしゃるのですが、続々、被災地へ。佐世保より、掃海艇「ひらしま」さん。19日より(女川町)小泉湾石浜地区集会所等へ米75kg提供、追波湾荒地区へガソリン20L提供
e0150566_203883.jpg
佐世保より、掃海艇「たかしま」さん。石巻市伊勢畑、上・下雄勝地区へ毛布20枚、乾電池100個、懐中電灯提供
e0150566_4102742.jpg
神戸より掃海艇「つきしま」さん。17日、気仙沼東湾神止地区被災者150名へ主食缶詰168、副食缶詰244、飲料水168+168本、電池150個、赤飯168個、牛肉缶詰144個、おにぎり150個輸送。「輸送」と云っても…多分、「人の力」で運んだのだと思うのですが…。昨日、NHKさんの映像で初めて目にしました。LCACさんから降ろされた物資を海上自衛隊さんの皆様が、背中に「搬出袋(正確ではないかもしれません)」と書かれたずっしりと重たそうな大きな袋(リュック状の)を背負い、黙々とまだ水の引かぬ地区を歩いて行かれました。あまりに被害が広範囲に渡り、また激甚である為、報道も追いつかず、このような光景が放送される事は殆どありません。僅か数秒でありましたが、「人の力」で輸送されている事も判りました。22日、神止地区へ非常用糧食480食、灯油18L、乾パン192食提供、津本地区へ灯油18L提供、
e0150566_22192.jpg
神戸より掃海艇「くめじま」さん。20日、つきしま・くめじま・まきしま(42掃隊)大船渡湾にて海保測量船「昭洋」へ航路港湾啓開支援実施。
e0150566_4145760.jpg
神戸より掃海艇「まきしま」さん。22日磯草地区へ非常用糧食240食、灯油36L、乾パン64食提供
e0150566_214131.jpg
舞鶴より掃海艇「まえじま」さん。補給艦「とわだ」さんより、ガソリン120L、軍手50、粘着テープ50巻、ゴム手袋31、ゴミ袋60枚3個、洗剤、防護衣、ポリタンク24、トイレットペーパー96個搬送
e0150566_23427.jpg
函館より掃海艇「とびしま」さん
e0150566_235635.jpg
舞鶴より掃海艇「ながしま」さん。補給艦「とわだ」さんより、ガソリン140L、ゴム手袋33、ゴミ袋60枚3個、洗剤、防護衣等、ポリタンク47個搬送
e0150566_243823.jpg
横須賀より掃海艇「のとじま」さん(3月20日現在、横須賀に戻られています)。
e0150566_25131.jpg
函館より掃海艇「ゆげしま」さん
e0150566_327443.jpg
横須賀より掃海艇「つのしま」さん。補給艦「とわだ」さんより、ガソリン200L、粘着テープ10巻、ゴミ袋60枚1個、洗剤、防護衣、ポリタンク6、ブルーシート6枚、給油ポンプ2本搬送
e0150566_26515.jpg
下関より掃海艇「なおしま」さん。18日、宮城県女川町尾浦地区の被災者180名へ主食缶詰288、副食缶詰288、日用品提供。立浜地区へガソリン18L輸送
e0150566_264086.jpg
下関より掃海艇「とよしま」さん。19日、宮城県石巻市立浜地区(龍澤寺)の被災者へガソリン18L提供、雄勝クリーンセンターの被災者へガソリン18L提供
e0150566_271797.jpg
呉より掃海艇「あいしま」さん
e0150566_274793.jpg
沖縄より掃海艇「あおしま」さん
e0150566_281474.jpg
呉より掃海艇「みやじま」さん。
e0150566_292541.jpg
沖縄より掃海艇「ししじま」さん。掃海艦さん、掃海艇さんがたには1〜2隻、掃海母艦さんには、より多くのゴムボートが積まれています。海の爆発物処理班=EOD員さんがたが駆使されるのですが、救助・搬送・輸送の際の大変重要な存在です(防衛省さん発表資料では「搭載艇」)。
e0150566_3494534.jpg
呉より掃海管制艇「さくしま」さん(727)。21日搭載艇にて狐崎浜へ乾電池120個提供
e0150566_1452382.jpg
【03221451追加】現在、海上自衛隊さんsiteへのアクセスに時間を要しますので(回線が重くなっています)、画面キャプチャーさせて戴きました。災害派遣活動中の記録にEOD員さんがたのお姿が。画像右上。「Y-EOD」。横須賀警備隊のEOD員さんがたです。どなたか判りました。すぐに。EOD員さんがたは「海の爆発物処理班」。ゴムボートで灯油を搬送されています。お顔ぶれが判る事で、より一層「現実」が迫って参ります。
e0150566_19533052.jpg
そして、「爆発物処理班=EOD員」さんが駆使される「搭載艇(ゴムボート)」。こちらは掃海艦「やえやま」さん艦長チーム。高速ですし、内火艇さんよりも更に浅い地点まで入ってゆく事が出来ます。掃海艦さんは2隻のゴムボートを積んでいます。そして、何より、「EOD員」さんがいらっしゃるのです。皆様は、ダイバーさん。そして、爆発物処理のみではなく、救助もされます。

現在、掃海部隊の皆様のみでも、全21隻(3月24日12時発表では全19隻)。掃海部隊さんは全29隻。多くの掃海部隊の皆様が大規模災害地震派遣活動の任務に就かれています。捜索・輸送・提供・航路啓開支援に全力をあげられています。洋上での活動はなかなか報道されません。どうぞ、皆様、最大限の応援を心よりお願い申し上げます。
by guardianvein | 2011-03-25 02:46 | ┣掃海部隊