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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

海上自衛隊掃海部隊「5月25日 吾妻島・長浦港にて」

時間との勝負になって参りました。日々、準備を重ねていた筈なのですが、やはり「追い込み」になっています。5月25日、ぎりぎり『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船しました。瀧元あずさ嬢の案内で巡るのも、あと数回です。昨日も港各所に気を配り、災害派遣について、吾妻島前にて訓練なさっていた掃海隊群司令部水中処分班の皆様の案内も出来る100点満点の45分でした。
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13時便、長浦港から横須賀本港へ向かう数分前、掃海隊群司令部水中処分班の皆様は、「いつものように」吾妻島前へ向かわれるのではなく、掃海艇「まえじま」さんの方へ向かわれました。この時、「まえじまさんは出港される…」と判りました。お見送りに向かわれたのでしょう。
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舞鶴より被災地へ向かわれていた「まえじま」さん。東日本大震災後、長浦港で「まえじま」さんにお目にかかるのは、初めてであると思います。その間に、横須賀に来られていたかもしれませんが。「まえじま」さんにお目にかかるのは、昨年11月の油津港以来であると思います。
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雨上がりの美しい夕暮れ油津港の「まえじま」さん。東日本大震災が発生し、昨年11月の記録投稿が止まってしまいました。
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「まえじま」さん、数日間、長浦港にいらしたそうです(瀧元あずさ嬢が教えてくれました)。出港時間が近付いている事が判りました。
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出港直前に『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船する事が出来て良かったです。皆様がいつ入港され、出港されるかは判りません。
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笑顔に安堵致しました。掃海艇「つのしま」さんが横須賀に戻られるのも、久しぶりです。しかし…丁度、重なってしまう位置です。
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「災害派遣 海上自衛隊 掃海艇つのしま」の幕が掲げられていました。難しい位置です。
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難しい…。
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少し判りづらいかもしれませんが、「まえじま」さんにも「海上自衛隊 災害派遣部隊」の幕が見えました。現在、横須賀の港各所にて「災害派遣」の幕を目にします。この幕を目にする事によって、改めて「災害派遣」を私たちは痛感するのです。大切な事です。「忘れないこと」。「自分の目で知ること」。この日初めて『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船されたお客さまにも伝わります。
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掃海艦さんがたがどなたもいらっしゃらないNP-1桟橋にも、「災害派遣 海上自衛隊横須賀地方隊」の車輛。
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ぎりぎり市営桟橋が被る頃、掃海隊群司令部水中処分班の皆様が吾妻島前へ向かわれました。
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その前、訓練に出てゆかれる際の記録。災害派遣と同時進行で吾妻島前での訓練が「再開」です。東日本大震災が起きていなければ、4月5月は、最も多く訓練に出て来られる時期であった筈です。全てのEOD員の皆様が被災地に向かわれてしまっては、今も日本の海で年に多数発見される機雷や不発弾の処理などができなくなってしまいます。
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見学記録している際には、見えていなかったのですが、実は機雷が存在していたのです。帰宅後に判りました。土嚢と機雷。東日本大震災と訓練。4月1日よりの大規模集中捜索の際、最も多く映像に出て来られていたのは、掃海隊群司令部水中処分班の皆様でした。間もなく6月1日です。2ヶ月。横須賀水中処分隊の皆様に続き、掃海隊群司令部水中処分班の皆様も横須賀の海に戻って来られました。この機雷…見覚えがありますよ…手を触れた事もある、「あの機雷」の筈です。大きいのです。いつもは見えないところに、ひっそりと置かれている機雷。何故、ここに移動していたのでしょう。答は6月に入ると判るかもしれません。
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そして、吾妻島前。2ヶ月ぶりの「EODレンズ=reflex500」での記録です。13時便で、吾妻島前に多数「目印」が点在している事は判っていました。どなたかが訓練される為に設置されている筈…と。単焦点のレンズですので、視界が狭く、処分艇さん地点を凝視していたのですが…
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「!!」。間近に気配を感じ、驚きました。reflexでは近過ぎたのです。間近です。この時、『YOKOSUKA軍港めぐり』は10分遅れていました。ご予約のお客さまがたをお待ちして出港した為、いつもより10分遅かったのです。そして、2Fデッキには、埼玉よりお越しの団体のお客さまがたが多くおられました。そのうち、吾妻島側を見ていたおじさまが「忍者だ!忍者がいる!」と仰られました。案内の瀧元あずさ嬢からは見えない位置です。すぐお隣にいらしたので、「海上自衛隊さんの爆発物処理班の皆様です。東日本大震災で行方不明の方々を捜索されていた皆様です」とお伝えすると、「そうか!海上自衛隊なのか!」。一時、2Fデッキがざわめきました。
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間近を泳いでゆかれる漆黒の「忍者」に、団体のおじさまがたは「おおお」と云う感じでした。その後、「つのしま」さん前を通過する際、「あの黒いゴムボートで、先ほどの”忍者”の皆様が行方不明の方々を捜索されるのです」とお伝えすると、「おお!あの3隻のがそうだな!」と、身を乗り出すようにして見学なさっていました。被災地と繋がる瞬間です。これが『YOKOSUKA軍港めぐり』。
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案内人の瀧元あずさ嬢、岩澤博文さん、細井暁史さんはEOD員の皆様の案内をしっかり出来るのですが(岩澤さんは、「水中処分班の人」と判るようになっています)、時に見えない位置である場合もあります。ですが、昨日、あずさ嬢は訓練されているのは、水中処分員の方々で東日本大震災の行方不明の方々の捜索をされていた事を案内しました。
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昨日、吾妻島前にて訓練なさっていたのは、掃海隊群司令部水中処分班の皆様でした。吾妻島前での訓練は、6月半ばを過ぎると8月下旬まで、殆どの皆様が「出港」されてしまっていたのですが、今年は判りません。東日本大震災後、判らなくなりました。
by guardianvein | 2011-05-26 01:29 | ┣掃海部隊