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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

5月27日 雨の金刀比羅宮・高松港にて(速報)

只今、1年ぶりに香川県高松市におります。雨は小降りとなりましたが、すっかり梅雨の気候となっております。今夜は、時間的に難しいです。先に投稿した『日報』版を再編し、こちら『gvein(別館)』に投稿致します。
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1年ぶりの金刀比羅宮さん。その境内に、掃海殉職者顕彰碑があります。入口には、大きな錨。掃海母艦「はやせ」さんの主錨が奉納されています。1年ぶりに改めて『掃海母艦「はやせ」主錨の由来』を読ませて戴き…冒頭部分を転載させて戴きます。

掃海母艦「はやせ」主錨の由来
 掃海母艦「はやせ」は昭和四十六年十一月六日、東京・石川島播磨重工で竣工、第一掃海隊群に所属し呉を母港として掃海部隊の旗艦となる。
 爾来海上自衛隊演習、機雷戦訓練、掃海特別訓練への参加は元より、爆発性危険物の処分、北海道南西沖地震や阪神淡路大震災の災害派遣など多様な任務に即応し輝かしい成果を挙げて来た。


東日本大震災が起きた後、改めて、この碑文の重みを痛感致しました。東日本大震災が起きていなければ、今年も掃海母艦「ぶんご」さんが高松港に来られていた筈です。北海道南西沖地震、阪神淡路大震災。そして、東日本大震災。無理をおして、今年も香川県を訪れたのは…いえ、訪れなくてはならなかったのです。一民間人として。
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掃海艇さんがたの美しい電灯艦飾。海上自衛隊掃海隊群第1掃海隊・掃海艇「あいしま」さん、「みやじま」さん、海上自衛隊呉地方隊阪神基地隊第42掃海隊・掃海艇「くめじま」さん。皆様、東日本大震災の災害派遣に向かわれていました。今夜は、香川県高松市の高松港にいらっしゃいます。「第60回掃海殉職者追悼式」にいらしているのです。
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掃海艇「くめじま」さん後方より。掃海艦艇さんがたは、後方に「「凝縮」されています。
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高松港は大変美しい港なのですが、撮影は難しいです。夜間も各島を結ぶ「大切な航路=フェリー」が頻繁に行き交うので、大波ではありませんが、常に海面が動いています。ですが、さまざまなフェリーを観ていると、島に暮らす人々の「日常」が見えて参ります。「日常」。「大切な日常」。人々の暮らし。
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「第60回掃海殉職者追悼式」は、香川県の琴平に聳える象頭山の金刀比羅宮さん境内にて行われます。「予行(皆様は「たてつけ」と云われます)」が行われる頃には、雨は本降り。呉音楽隊の皆様、大切な楽器を抱えて、テントからテントへ移動。昨年は快晴であったのですが、今年は早くも四国は梅雨入りしてしまっています。
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掃海部隊の皆様も、雨の中、金刀比羅さんの石段を幾度も昇り降りされていました。このあたりは約300段。皆様、もっと上の方まで昇られています。
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雨宿り中の呉音楽隊の金管楽器の皆様。お帽子には「KURE-BAND」。空は明るいのですが、この頃、雨は本降り。雷も鳴り、ざーざー降りでした。私は雷が本当に怖いのですが、皆様がいらしたので、怯えて逃げる事はありませんでした。雨の中、追悼の演奏を耳にした参拝者の方々が集まって来られました。
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本降りの雨に霞む視界。高松港に掃海艇「みやじま」さん、「あいしま」さん、「くめじま」さんが入港される際には間に合いませんでしたが、今年も、いまだ新米見学者は、この金刀比羅宮さんに参りました。

明日のお天気が気がかりです。どうか、雨が降らぬよう祈るばかりです。今年も、金刀比羅宮さんの本宮まで昇りました。768段。願いを込めて。明日も「登山」です。
by guardianvein | 2011-05-27 23:50 | ┣掃海部隊