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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

海上自衛隊掃海部隊10月横須賀集結「index1013ver.02,3」(試作投稿)

厳しい冷え込みが続いていますね。なかなか復調できず、家に閉じこもっています。寝たきりではありませんので、東日本大震災発災後からの新聞記事の切り抜きや宮崎滞在中に山を築いてしまった新聞を細かく確認していました。宮崎で休養している間、新掃海艇「ちちじま」さんの進水・命名が行われ、ペルシャ湾より掃海母艦「うらが」さん、掃海艦「つしま」さんが戻られ、第二海堡では9月に発見された不発弾の水中爆破処理が行われていました。年が明けてからも、まだ横須賀での見学記録がありません。カメラ1台修理中、自分も体調不良。気が急きますが、こう云う時は焦っても良い事はありません。休み休み、画像作成・投稿です。無理をして入院してしまっては、何も出来ません。今夜は「1013 index ver.02,03」を投稿します。いよいよ長浦港を掃海艦艇さんがたが完全に埋め尽くす直前の長浦港さまざまと、たたみかける「run EOD run Adzuma west ride」、そして、第42,43掃海隊さんご到着直後までにて構成。
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これにて、10月13日のindexは「ver.3」。前日の10月12日は、「ver.3」まででしたが、13日は…更に午后の吾妻島前があります。2011年10月、11月の掃海部隊の皆様の記録数は桁が違います。本当に桁違い。さて…どうする。新年早々、ない知恵絞り、試行錯誤を続けていますが、2012年見学記録がまだありません。まずは、元気に走り回れるようになる事が先決ですね。

昨日は気がかりな報道がありましたが…。再び、あの海に機雷が敷設されないよう願っています。大津波同様、多くの人々が忘れかけていると云うか、知らない人々も多い「機雷」。実際に、自分がそうであったのです。2008年8月まで。だからこそ、掃海部隊の皆様・水中処分員さんがたの見学記録・投稿を続けています。自らへの戒めをも込めて。しかし、東日本大震災発災の翌年、ペルシャ湾掃海派遣部隊20周年の翌年冒頭から…複雑な思いでNHKさんの21時台のニュースを見ていました(昼には判っていたのですが)。

また、昨日は久しぶりに緊急地震速報が届き緊張しました。いつ以来でしょうね…おそらく、昨年9月29日以来では。タクシー車内でした。馴染みの運転手さんでしたが、横浜駅西口を出たばかりでしたので、瞬時に避難経路が頭をよぎりました。あのような場所で巨大地震に遭遇すれば、無事ではいられないでしょう。海抜は恐らく2,3m。昔はよく帷子川の氾濫で水没していた気がしますので、横浜港に津波が押し寄せれば、横浜駅周辺は…。ですが、津波ばかりに気をとられていてはいけません。小学生の頃から関東大震災の惨状を幾度となく教えられました。写真が教科書があった筈です。今の時代、そのような写真は見せないのかもしれませんが、見た方が良い。心の傷として残っても。でなければ、悲惨さ恐ろしさは判らないのです。横浜は津波で壊滅したのではありません。震害と火災。津波は命からがら高台(上階)へ避難すれば助かる可能性はあります。ですが、建物の倒壊・火災は逃げ場がないかもしれない。昨日届いた緊急地震速報に改めて地震の恐ろしさを考えました。東日本大震災発災時は横須賀に居たからこそ、安心出来ました。何故なら、目の前に海上自衛隊さん。見学記録・投稿を続けているのも、安堵出来るからでしょう。「護り」。
by guardianvein | 2012-01-13 04:03 | ┣掃海部隊