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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

【暦】海上自衛隊掃海部隊の皆様の12ヶ月と速報(test投稿)

少し慌ただしい成人式三連休ですが、画像確認・作成・投稿を続けています。昨夜、『日報』へ久しぶりの速報を投稿しましたので、2013年1月12日の掃海母艦「うらが」さん、掃海艦「やえやま」さん入出港は、『日報』速報をご覧下さい。こちら『gvein(別館)』では、「ここならでは」の構成で試験投稿致します。
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『日報』速報にも記載致しましたが、2013年最初の東京湾の記録は、これまでなかなか叶わなかった記録の「挽回」ともなりました。2011年、2012年共に記録する事が出来なかった「うらがさんのご帰還」。2年続けてペルシャ湾にゆかれた掃海母艦「うらが」さん、2011年は掃海艦「つしま」さん、2012年は掃海艦「はちじょう」さんのご帰還。いずれも日向灘にての『平成23年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』、『平成24年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』と重なり、帰国された際の記録が叶いませんでした。また、快晴時の掃海母艦「うらが」さんの記録も多いとは云えませんでした。

昨日は、母親を上大岡まで送る(と云っても、荷物を持って一緒に京浜急行で上大岡まで行くだけ)用事がありました。早朝6時半に家を出ますので、7時頃には用事が終わってしまいます。そのまま帰るのも…と思い、横須賀へ行く事としました。艦艇さんがたの入出港のご予定は存じませんので、どなたも動かれないかもしれなくとも、せっかく横須賀まで、あともう少しのところまで来ているのですから。結果、それは「正解」であった事が判ります。母親に感謝です。
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早朝東京湾は例によって(東京湾朝靄靄は恒例)、白く霞んでいましたが、午后より信じられない晴れ方をしました。まるで、昨夏の陸奥湾のように。目も覚める程、明瞭な掃海母艦「うらが」さん。「…5年かけて、ようやく記録出来た…」です。この2年、帰国された際の記録がなかった事が気がかりでした。『米英共催他国間掃海訓練』『米主催国際掃海訓練』、いずれも帰国された際を記録出来ていませんでした。また、金曜日に日本テレビさんにて、宮崎吾朗監督作品の『コクリコ坂から 上を向いて歩こう。』が放送された事もあり、各ブログの検索に「掃海」「掃海殉職者追悼式等が上位に入っています。公開当時、大変残念ながら映画館へは行かれませんでしたので、一昨日の放送時に初めて全編拝見し、驚きました。各ブログの検索結果が理解出来ました。僭越ながら、惜しまれたのは、重要な台詞が良く聞き取れなかった事です。大変重要な台詞でした。風間俊くんのお父さんの船内での台詞。一度では聞き取れません。難しい台詞ですし。非常に惜しまれました。徳丸理事長の一言も、一般民間人には判らない。でも、敢えて説明してはいけない場面。香川さんは大変良かったです。

その放送翌日の掃海艦艇さんがたの入出港。また、不思議な日でもありました。これまで、自分が記録した場面の多くが記憶に刻まれています(常に、この5年の記録を再確認し続けている事もあり)。その為、瞬時に「照合」出来る時があります。
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掃海艦「やえやま」さんの3月(カモメ入り)。自分にとって、「やえやま」さんは何故か3月?夕刻の時間帯に入り始めていた頃の入港となった「やえやま」さん。昨年11月の日向灘にての『平成24年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』時、殆ど記録出来なかった事が気がかりでした。雨に阻まれ、濃霧に阻まれ。昨日、「挽回」です。
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直前に長浦港に入港された「うらが」さんに極めて集中していましたので、浦郷の森に入られた直後、思わず、安堵して東京湾から目を離していました。と?そこへ、「きりしまさんブラザーズ(兄上)」がやって来て、「やえやま見つけたよ」「え??」でした。急いで窓から東京湾を観ました。第二海堡前に「やえやま」さん。「あ!!」でした。お姿が見えただけの「あ!」ではありませんでした。
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瞬時に甦ったのは、この日です。2011年2月25日東京湾。快晴ながら暴風に近い強風が吹き荒れていた東京湾を爆走されて来た「やえやま」さん。ところが、当時は観光船に乗っていましたので、自分も暴風に近い強風を喰らって、まともに写真が撮れる状態ではなかったのです。暴風に煽られる、ピントなんて合わせられる状況ではなかったのです。「まともに撮れない!」。しかも、自分も動いてしまっています。写真が撮りづらい状況は、濃霧より豪雨や強風の日。地団駄を踏む程、悔しかった日。それから約2年。「もう動かんぞ。べったり床に足をつけ、動かざる事、山の如し」の心境でした。特に「やえやま」さんは2012年度の記録が殆どなかった事もありました。
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「やえやま」さん艦首、ほぼ真横。何とも美しい木目の光沢。夕刻は、この位置からが最も美しく記録出来ます。2013年度初の10時間見学記録。「うらが」さん早朝出港をお見送りしてすぐに帰らず、正解でありました。
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「やえやま」さん艦尾、ほぼ真横。画像を最大表示にすると艦尾にいらっしゃる皆様が、こちらを見ていらっしゃいますね。この頃、窓の隙間から手を振っていたのですが、見えましたか?今年こそ、窓の隙間から旗を降るべきですね。自分で染められたら良いのですが。
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「やえやま」さんが長浦港に到着された頃には夕陽の時刻になっていました。黄金(こがね)に煌めく「やえやま」さん。やはり、この時も瞬時に照合出来た日がありました。
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2010年11月29日。鹿児島県志布志港の日の出に煌めく「やえやま」さん。『平成22年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』終了後、志布志港にて一般公開された「やえやま」さん。出発の朝。
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『日報』の昨日の速報をご覧戴ければ一目瞭然なのですが、2010年の早朝志布志出港と昨日2013年1月12日の早朝横須賀出港は酷似していました。こちらは2010年11月29日。「やえやま」さんと夜明けの志布志港。
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こちらは2013年1月12日。「うらが」さんと東京湾の朝。情景酷似です。
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2010年11月29日、夜明けの志布志港を出港されたのは、第51掃海隊の皆様。掃海艦「はちじょう」さんと「やえやま」さん。「はちじょう」さんの帰国も記録出来ていませんし、第51掃海隊さんお三方揃われた際の記録が2012年度は殆どありません。と云うか、ない。ないのです。
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2010年11月29日。第51掃海隊さんしんがりは「つしま」さん。まして、1cutに第51掃海隊さんがいらっしゃる記録(航行されている際)は、もしかすると2010年以来存在しないかもしれません。暦を作成する際に「難関」となった、各掃海隊さん揃って航行されている記録。
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例え電線・電柱入ろうと、第51掃海隊さん折り返し記録最高値は、2010年7月以来更新されていません。初の『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』見学記録の時以来です。

昨日は、母親と一緒に早朝(まだ家を出た頃は夜でした)出かけた事で、2013年度初の掃海部隊の皆様の記録の日となりましたが、同時に、これまでのさまざまが巡る10時間見学記録となりました。全然投稿が追いつかないまま、2013年8月2日で見学記録満6年を迎えます。小学校なら、もう6年生。ええ!?です。
by guardianvein | 2013-01-13 15:28 | ┣掃海部隊