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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

20130813 関門海峡機雷水中爆破処理 w/news capture(日報版転載)

現在、1年ぶりに母親の病院(通院)付き添いが再開となり、投稿時間がとれない状態になっております。また、先ほど投稿した『日報』の最新投稿に関門海峡機雷水中爆破処理を維持しておりましたが、更新しましたので、こちらに転載致します。
6月29日に関門海峡にて発見された「機雷」。8月13日午前10時半、海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊・掃海艇「なおしま」さん、「うくしま」さんが水中爆破処理を行われました。爆破は成功。無事に終了に安堵致しました。自分は山口県には行かれませんでしたが、テレビ各局さんの報道、放送後、webにて幾度も映像を確認しておりました。時間はかかりましたが、時間を要したと云う事は、それだけ映像で報道されたと云う事でもあります。実際に自分の目で水中爆破処理を記録出来ませんでしたが、これまでの記録とテレビ各局さんのニュース映像をキャプチャーさせて戴いた画像にて投稿致します。
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8月13日午前10時半。太平洋戦争時の「機雷」を水中爆破処理されたのは、海上自衛隊佐世保地方隊下関基地隊第43掃海隊・掃海艇「686うくしま」さん、「684なおしま」さんの皆様でした。第43掃海隊さんは3隻構成。「685」は「とよしま」さん。画像は昨年11月、日向灘にての『平成24年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』期間中の第43掃海隊さん。年に3度、全国の掃海部隊の皆様が集結し大規模な訓練が行われています。敢えて、雨の朝の画像を冒頭に選んだのは、「うくしま」さん、「なおしま」さんの並びと共に、「バウスラスター」が間近から記録されている為です。理由は後述。
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今年2月の八代海での『機雷戦訓練』時の掃海艇「なおしま」さん。7月の陸奥湾にはいらしていませんので、「なおしまさん直近」の記録です。実は、その7月陸奥湾での『平成25年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』直前に、「なおしま」さんは横須賀にいらしています。横須賀消磁所にいらした筈です。関門海峡機雷水中爆破処理に備えてかもしれませんし、通常の「測定(点検)」であったかもしれません。今回の水中爆破処理の瞬間、噴き上がる水柱の間近にいらした「なおしま」さんがNHKさん、フジテレビさんの映像にありました。
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「686」。掃海艇「うくしま」さん。今回、NHKさん、フジテレビさんの取材の方々は、「うくしま」さんの方に乗っていらした事が判りました。「うくしま」さんは、7月31日まで半月の間、陸奥湾にての『平成25年度 機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の為、青森県にいらっしゃいました。ご所属の下関に戻られて、約10日後の水中爆破処理となりました。

では、機雷水中爆破処理の写真はありませんので、テレビ各局さんのニュース映像キャプチャーさせて戴いた画像にて。前日(21時台)、当日(19時台)、詳細な放送をして下さったNHKさんの映像は、web上にて確認出来ず(時間が長かった事もあり)、地元山口放送局さんの映像をキャプチャーさせて戴きました。

▼NHKさん山口放送局「山口県のニュース」
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海峡の不発機雷を爆破処理
ことし6月、山口県下関市の沿岸の関門海峡で見つかった機雷について、海上自衛隊は13日午前、船や沿岸の住民に支障の出ない沖合の海域で爆破処理をしました。
この機雷はことし6月、下関市の沿岸の関門海峡の海底で見つかり、海上自衛隊では衝撃などで爆発するおそれのあることから、船や沿岸の住民に支障の出ない沖合に移した上で、爆破処理をすることにしました。
13日午前、機雷が見つかった位置から東に4キロほど離れた北九州市沖の海域では、海上自衛隊の隊員が海中に潜って、12日に移してきた機雷に爆薬を仕掛ける作業が行われました。
そして、午前10時半に機雷が爆破され、「ドン」という大きな音とともに高さ100メートルあまりの白い水柱が上がりました。
海上自衛隊によりますと、処理は無事に終了したということです。この機雷をめぐっては、12日爆破処理する海域まで移す際に船が関門海峡を一時的に通過できなくなったほか沿岸の道路の通行止めや住民の避難措置もとられ、海上の物流や市民生活に影響しました。海上自衛隊によりますと、関門海峡の周辺では、太平洋戦争中に少なくとも4,500発の機雷が投下されたとみられ、いまも多くの機雷が残されている可能性があるということです。
NHK山口放送局「山口県のニュース」より

▼日本テレビさん『NNNストレイトニュース』
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関門海峡で海自が機雷の爆破処理 下関市沖
山口県下関市沖の関門海峡で見つかった機雷が13日、海上自衛隊によって爆破処理された。

爆破処理が行われたのは、下関市沖の海域。海上自衛隊下関基地隊により、機雷を誘爆させるための爆薬が取り付けられ、午前10時半、爆破処理が行われた。機雷は長さ約2メートル、重さ約900キロで、第2次世界大戦中にアメリカ軍が投下したものの一つ。爆音とともに海上に大きく水柱を上げ、爆破処理は成功した。

関門海峡には、戦時中、4,500個余りの機雷がB-29によって投下されたという。その多くは既に処理されたが、この海域にもまだ残っている可能性があるという。
NNN『ストレイトニュース』より

▼TBSさん『News i』
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関門海峡で太平洋戦争の機雷爆破処理
山口県下関市沖の関門海峡で見つかった機雷が海中で爆破処理されました。

機雷は今年6月、関門海峡の海底で見つかり、12日に海上自衛隊が東へ3キロの安全な海域まで移動させました。太平洋戦争中、アメリカ軍が投下した感応式の機雷とみられます。

大きな水柱が上がり、爆破処理は終わりました。

アメリカ軍が関門海峡に投下した機雷はおよそ5,000発とされています。
TBS『News i』より

▼テレビ朝日さん『テレ朝ニュース』
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関門海峡に眠っていた戦時中の米軍機雷を爆破処理
 本州と九州を結ぶ関門海峡で今年6月に見つかった戦時中のアメリカ軍の機雷を13日午前、海上自衛隊が爆破処理しました。

 午前10時半、関門海峡に眠っていた機雷が海上自衛隊によって爆破処理され、高さ約100メートルの巨大な水柱が上がりました。この機雷は、山口県下関市側の岸から約200メートル離れた関門海峡の海の底で発見されました。太平洋戦争末期にアメリカ軍が関門海峡に投下した約5,000発の機雷のうちの一つです。爆破処理を前に12日、陸地や船の航路を避けるため、発見場所から約4キロ沖に移され、住民らは一時避難しました。関門海峡に投下された機雷は、今後も見つかる可能性があるということです。
テレビ朝日『ANN NEWS』より


そして、最も長いキャプチャー画像となったのは、テレビ西日本・フジテレビさん。NHKさんは前日21時台、当日19時台の映像をキャプチャー出来れば、更に長くなるでしょう。フジテレビさん夕方のニュース映像キャプチャーは2枚に分けての作成となりました。

▼FNNさん『フジニュースネットワーク』
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関門海峡海底で発見された機雷の爆破処理成功 100m超の巨大水柱
終戦の夏から68年。関門海峡に巨大な水柱が上がった。緊迫のカウントダウンとともに、当時、アメリカ軍が投下したとみられる機雷が爆破された。
爆破され、海面が盛り上がり、白い水柱、そして、海底の泥を巻き上げた黒い水柱が上がった。
静かな海面に現れた数本の巨大な水柱の高さは、100メートル以上となった。
赤い旗の立てられた場所の海底に、機雷はあった。
山口・下関沖の関門海峡の海底に眠っていたのは、戦時中、アメリカ軍のB29爆撃機から投下されたものとみられる長さおよそ2.1メートル、重さ900kgほどもある、この機雷。
安全に爆破処理するため、あるミッションが遂行された。
海上自衛隊の隊員は「やはり、一番難しいミッションは、移動作業と考えております」と話した。
もともと、機雷が発見されたのは、下関側の岸にほど近い場所だった。しかし、付近に住宅などがあるため、4kmほど離れた場所に、12日のうちに船で移動させた。
そして13日朝、海上自衛隊が爆破作戦を開始した。
隊員が爆破に使うのは、手のひらほどの小さな機械。
海上自衛隊の隊員は「この機雷に電線をつなげまして、キーを回します。キーを回したら、機雷を爆破できます。緊張はあるものの、日ごろ訓練を積んでますので、確実に爆破できると考えております」と話した。
船の中から現場を監視する隊員にも緊張が走った。
そして、爆破は成功した。
戦時中は、関門海峡周辺には、5,000発近い機雷が投下されたという。
FNN『フジニュースネットワーク』テレビ西日本より



いずれの放送でも、「第43掃海隊」「水中処分員」のキーワードは出て参りませんでしたが、テレビさん各局にて報道された事により、多くの方々…私たち国民に、今も続けられる「掃海」を報せる貴重な機会ともなりました。NHKさん山口放送局の映像・記事に

「海上自衛隊の隊員が海中に潜って、12日に移してきた機雷に爆薬を仕掛ける作業が行われました」

とありましたが、海中に潜って機雷に爆薬を仕掛ける作業は、「水中処分員」「EOD員」さんがたが行われます。命がけ。海中ですから、さすがに今回、さすがにテレビ局さんがたの映像にはありません。唯一、フジテレビさんの映像中に、発見時、潜水調査をされている際の画像がありましたが。

爆薬を仕掛ける作業。2008年8月2日、初めて海上自衛隊さんの見学をした、その日に自分の目で見ていました。『ヨコスカサマーフェスタ2008』の横須賀水中処分隊展示にて。
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2008年当時の横須賀水中処分隊さんによる「訓練展示」です。「機雷掃海」「水中処分員」を全く知らぬ状態で、初めて目にした「爆薬を仕掛ける作業」。今も鮮烈に記憶に残っています。この時は、「展示」ですので、海に浮いている「浮流(遊)機雷」でなければ、私たちは目にする事ができません。この日、この時、横須賀水中処分隊展示が行われていなければ、「海に潜って爆薬を仕掛ける」と云う事が理解(想像)出来なかった事でしょう。
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その日から約2年。再び、「海に潜って(入って)爆薬を仕掛ける」光景を目にします。この日は「展示」ではなく、掃海隊群司令部「水中処分版班」さん実際の訓練。厳冬1月の海での訓練。フジテレビさんの映像にて、掃海艇「うくしま」さんの処分長(水中処分員)さんが「緊張はあるものの、日頃訓練を積んでいますので、確実に爆破出来ると考えております」と極めて淡々と仰られていた通りです。

海上自衛隊掃海部隊の皆様は、常に訓練を続けられています。いつ何時、日本の海のどこかで機雷・不発弾が発見されるやもしれません。終戦から68年経てもなお、続けられる「掃海」。昨日は多くの方々に、その地道な任務を報せる機会でもありました。

【画像追加】
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今しがた、テレビ朝日さんの朝の番組で、水中爆破処理の映像を拝見しましたが、処分艇上の水中処分員さんが掲げた赤い旗に、再び『ヨコスカサマーフェスタ2008』を思い出しました。「この時の横須賀水中処分隊展示は予告(予知)であった?」です。テレビ朝日さんの映像の最後に「爆破処理は6年連続」とありました。6年。2008,2009,2010,2011,2012,2013…6年です。6年目の8月。
by guardianvein | 2013-08-18 05:57 | ┣掃海部隊