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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

20140529 第2掃海隊・掃海母艦うらが「高松港入港」(3)白霞みの彼方より…

現在、こちら『gvein(別館)』と『FK日報』は詳細投稿大作の2本立て。莫大な記録数となった5月29日よりの記録を高松篇と江田島篇に分けて、それぞれのblogに投稿中です。では、早速参りましょう。掃海部隊高松篇詳細投稿第3回。見学記録超大作の始まりとなった5月29日高松港。いよいよ掃海母艦「うらが」さんのご登場となります。
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毎年5月最終土曜日に香川県仲多度郡の金刀比羅宮さんにて執り行われる「掃海殉職者追悼式」に際し、掃海艦艇さんがたが高松港に寄港されます。昨年は坂出港でありましたが、今年は高松港。2年ぶりの掃海部隊5月高松港寄港となりました。入港第一陣は、13時少し前、海上自衛隊掃海隊群第2掃海隊 掃海艇「たかしま」さん、海上自衛隊呉地方隊阪神基地隊第42掃海隊 掃海艇「つのしま」さん。お二方はサンポート高松側ではなく、屋島側にご到着。第2掃海隊 掃海艇「やくしま」さんもご一緒にお姿見え始めておりましたが、すぐには入港されず待機。第一陣ご到着から、約1時間後、白く白く霞む彼方より、遂に掃海母艦「うらが」さんのお姿が見えて参ります。
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前回投稿致しましたが、改めて。掃海母艦「うらが」さんのお姿が見えた瞬間ですが、とてつもなく白く霞んでいました。この状態で、良く見える…なのですが、それは「遠視(とおみ)の積み重ね」の賜物でしょう。掃海部隊の皆様の『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』見学を2010年より続けておりますが、相当な遠方、相当な濃霧は常の事です。見学記録を続ける事で、自然?と見えるようになったのです。写真は300mm望遠でいっぱいに寄って記録していますが、実際には肉眼で見えています。
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掃海母艦「うらが」さんのお姿が見え始めた頃、高松港沖にて約1時間待機されていた掃海艇「やくしま」さんは、女木島と男木島の間にいらっしゃいました。こちらもかなり霞んではいますが、掃海部隊の皆様が見え始めた頃よりは僅かに視界が良くなっています。至近距離は大変明瞭。黄色が鮮やか「さぬき丸」さんは、掃海母艦「うらが」さんのお出迎えです。「さぬき丸」さんは、昨年の坂出港出港の朝にいらしていますので、1年ぶりの「再会」であります。
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掃海母艦「うらが」さん、「おにぎり島(右)」前に到達。猛烈な霞ぶりですが、不思議な光景でもありました。単なる黄砂による視界不良だけではないですね…水平線付近が更に白霞が濃く、水蒸気が立ち上っているかのようでした。相当に見えづらいのですが、幻想的な光景でもありました(新米見学者的に)。掃海母艦「うらが」さん前方(右手)にフェリーではない船が見えていました。後に判ります。
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掃海母艦「うらが」さん、女木島の白灯台の岬向こうへ入られます。晴天であれば、実に良く見えた事でしょうが、白霞にグラデーションで連なる島々と山並みは、神話の世界を彷彿とさせる光景でもあります。「うらが」さんは「母艦」。「母」ですので、かの有名な『古事記』の「八雲立つ出雲八重垣…」が思い浮かぶのです。ここは島根県ではなく、香川県ですが。
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先程は、やや見えていた「女木島・男木島海峡」付近、再び白く霞み始めた頃、掃海母艦「うらが」さんのお姿が再び見えて参ります。ここで、「やくしま」さんと「合流」ですね。しかし…とてつもなく見えづらい…
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とてつもなく見えづらくとも、光は良く見えました。掃海母艦「うらが」さんより、掃海艇「やくしま」さんへ向けて、発光信号が打たれました。勿論、自分は解読出来ませんでしたが、しっかりと見えていました。肉眼でも。
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時刻は15時丁度。掃海母艦「うらが」さん、随分と近くに来られましたが、まだまだ霞んでいます。至近距離の「プルチネッラブイ」は大変明瞭。やはり、こちら方面でも、水平線付近に濃い霞が張り付いていますね…以前、沖縄勝連平敷屋から沖の津堅島へゆく際、浜比嘉島付近にオーロラ色の水平線を見た事がありますが…
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「はッ!」と気付くと、先程、「おにぎり島(右)」の付近で、掃海母艦「うらが」さんの近くにいらしたフェリーではない白い船が間近に。船首のお名前が明瞭に。「深江丸」さん。
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皆様、元気いっぱいお帽子振ってのご到着です。「神戸大学 海事科学部」と書かれています。「神戸大学大学院 海事科学研究科・海事科学部 附属練習船 深江丸」さんですね。そう云えば…今年2月の伊勢湾『機雷戦訓練』時にも松阪港に練習船さんが掃海部隊の皆様とご一緒でしたね。「勢水丸」さん。こちらは「三重大学 生物資源部・大学院生物資源学研究科」の練習船ですね。更にそう云えば…昨年の『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の際も大湊に練習船さんがいらしていますね…毎年いらしているように思いますが…
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海上自衛隊佐世保地方隊沖縄基地隊第46掃海隊 掃海艇「ししじま」さんと…「青雲丸」さんでしたか。「独立行政法人 航海訓練所」の「青雲丸」さん。改めて確認すると、掃海部隊の皆様と練習船さんがたの記録は少なくないですね。
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では、昨年7月の大湊から今年5月高松港にもどりましょう。「深江丸」さんが入港された後、続かれると思われた掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん、すぐには動かれず、しばし待機。また霞が濃くなりましたね。男木島が見えなくなっています。小豆島は完全に見えません。
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掃海母艦「うらが」さんが正面を向かれた頃、「どどど!」と四国フェリーさん第87玉高丸さんが高松港出港。高松港と対岸の岡山県の宇野を結ぶフェリー。距離は21km。所要時間は約65分だそうです。
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更に「どどど!」。高松と直島と宇野を結ぶフェリー「あさひ」さんがやって来られました(四国汽船さんのダイヤを見ると…と云うより、すみません。余所者には、ダイヤの見方がよく判りません…難しい!)。とにかく、高松港は忙しい!実に多くのフェリーが行き来します。今回、reflexで寄らず、引き気味で記録しているのは、多彩なフェリーさんがたと掃海部隊の皆様をご一緒に、との思いからです。毎年5月の掃海部隊の皆様の高松港寄港は、『掃海殉職者追悼式』に際して、であります。戦後日本復興の悲願であった「航路啓開」「掃海」。終戦直後の日本の海は機雷に封鎖されていました。復興の為の物資を船舶で運ぼうにも、日々の糧を得る漁業にしても、船舶の航行ままならぬ状況であったのです。現在にあっても高松港の賑わいを見るに、船は重要な「交通手段」である事が、この「多忙な高松港」がよくよく顕しています。港町横浜は、かなり以前にフェリー航路が廃止になり、「フェリー」は重要な交通手段である事が現在の横浜市民には全く判らぬと思います。日々の「足」ではなく、たまにゆく「観光」の為にあると思っているでしょう。自分がそうでした。2010年に初めて高松港を訪れ、驚いたのです。翌年、初めて訪れた呉でも驚きました。「フェリー」「高速船」が日々と直結している事に。久里浜と金谷を結ぶ「東京湾フェリー」があっても、自分には「日々の足」と云う事が判っていなかったのです。何故、掃海殉職者追悼式が香川の金刀比羅宮さんにて執り行われる?瀬戸内海から関門海峡にかけてが最も機雷が多かったと聞いています。また、当時の事を知る方々から「船が通れる航路など、ほんの僅かだった」とお聴きするに及び、現在の日本において、その決して忘れてはならぬ「戦後日本の復興悲願 航路啓開」が忘れ去られているに等しいを痛感せざるを得ない事に愕然としたのです。自分を含め。掃海艦艇さんがただけを記録しているだけではならない、その思い。掃海艦艇さんがたの寄りの「理想の記録」は、十分にあります。ここ高松港で、掃海艦艇さんがたに寄りまくった写真を撮って満足しているようでは、神奈川県から香川県に来た意味がありません。「何処を見ておるのだ。何の為に金刀比羅宮さんの山に登るのだ」と。
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霞む彼方より、徐々に近付いて来られる掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん。さまざまな思いがよぎる高松港沖。
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微妙にピントが合っていませんが、それは現在使用しているカメラが、ほぼ故障しているに近い状態である為です。既に、この段階で過熱ダウンが度々起きていました。
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カメラ過熱ダウンが頻発する状態でしたが、いよいよ掃海母艦「うらが」さん、掃海艇「やくしま」さん、入港ラインに入って来られました。ふと、横須賀沖を思い出していた頃でもあります。
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美しい縦列。掃海部隊の皆様は常に縦列美しいのですが、お出迎えのタグボートさんがたも完璧な間隔でした。
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掃海母艦「うらが」さん、「プルチネッラブイ」前を通過(何故、ファインダ左がにじむのか不明)。いよいよ大きくお姿見えて参りました。時刻は15時半少し前。
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間もなく、入港折り返し。「うらが」さん、とてもゆっくりと入って来られました。
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続く、「やくしま」さん、間もなく「プルチネッラブイ」前に…と思った時でした。右手より「近未来」の船。高松港と小豆島草壁港を結ぶ内海フェリーさんの高速艇「SUN OLIVE SEA」さんが小豆島から戻って来られました。
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引いてみましょう。掃海母艦「うらが」さん、とてもゆっくり入って来られたのは、「SUN OLIVE SEA」さんに譲られたからでしょう。高松港を忙しく行き来するフェリー・高速艇さんがたは「ダイヤ」があります。時刻通りの運航の為、掃海部隊の皆様は待っての入港です。
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「お先に」。高松港は、とにかく多彩で多忙です。それでも、以前と比べて、随分と運航が減っているそうです。最盛期は、どれほどの多忙であったのでしょう。
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「さあ、入港と参りましょう」。掃海母艦「うらが」さん真正面。入港の折り返しに入られました。時刻は15時25分。自分が高松に到着したのは、午前7時。約8時間が経過していました。

では、掃海部隊高松篇詳細投稿第3回は、ここまでと致します。詳細投稿ゆえ、新米見学者の歩みは遅く、1ヶ月が経過しようとしていますが、当時、『日報』へ速報を投稿していますので、こちら『gvein(別館)』では、出来る限り省略せずに投稿したいのです。
by guardianvein | 2014-06-28 10:54 | ┣掃海部隊