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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

カテゴリ:海上自衛隊へ行こう( 70 )

間もなく海上自衛隊掃海部隊の皆様、日向灘にての『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』が始まりますが、2010年以降、見学記録を続けて参りましたが、今年は11月中もしくは12月に母親が足の手術を行う事になるかもしれません。検査等あり長期で家をあける事が出来ません。大変残念ながら4度目の「日向灘」見学記録を断念。ですが、これまでの莫大な記録があります。更に呉・江田島での初の長期記録も加わりました。こちら『gvein(別館)』は長らく休刊が続いている事もあり、twitter版、『日報』へと振り分け、少しずつでも投稿してゆかねば、どうにも納まり切らぬ状況です。今投稿は、直近となる10月18日〜11月3日までの呉・江田島見学記録から画像確認の過程において作成した画像にて構成します。
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呉・江田島、初の長期見学記録の始まりは、掃海管制艇「まえじま」さんとなりました。10月18日の朝8時に広島に到着したのですが、予定では「ひろでん」で宇品へゆき、フェリーで呉に向い…であったのですが、呉行きよりも江田島行きの方が1時間以上近く早く出航する為、当初の予定を変更し、宇品より江田島へ向う事となりました。江田島が近付いて来た頃、大麗女島付近に「まえじま」さんのお姿が見えました。以降、滞在期間中、掃海部隊の皆様では、「まえじま」さんが航行されている際の記録が最も多くなりました。
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早瀬大橋と「まえじま」さん。ほぼ、連日、第101掃海隊・掃海管制艇「まえじま」さん、「いえしま」さんは動いていらしたのですが、どうしても「いえしま」さんが航行されている際の記録が叶いませんでした。呉・江田島は2011年の掃海殉職者追悼式直後に訪れて以来、2度目。「がっつり」と『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』級に記録するのは初めてです。この時、母親病院日程により「2013日向灘」には行かれない事が判っていましたので、とにかく記録出来る限り記録しようと。
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横須賀は数年間、「みっちり」記録していますが、呉・江田島は「初」と云って良いです。右も左も判らぬに近いのですが、慌てる事はありませんでした。横須賀に似ているのです。全て、ではありませんが、特に大麗女島付近は、横須賀の吾妻島前に酷似していました。しかも、距離が近い。時間の余裕があれば、「おさんぽクルーズ」で何往復も可能です。この日、大麗女島付近で訓練なさっていたのは…推定、潜水艦救難艦「ちはや」さんの皆様。横須賀の潜水艦救難母艦「ちよだ」さんの皆様を彷彿とさせました。
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こちらの皆様は…確認とれぬまま帰って来てしまいましたが、呉水中処分隊の皆様?この頃、第1掃海隊さんはお留守でした。呉水中処分隊の皆様であれば、呉にての「初」の記録となりますが、残念…連日いらした訳ではありませんでした。
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こちらは江田島側の…EOD員さんがたにしか見えないのですが。「EOD先生」がた。ですが、正確にご所属は記載出来ません。未確認ですので。呉側には、呉水中処分隊さん、第1掃海隊のEOD員さんがた、潜水艦救難艦「ちはや」さん飽和潜水員さんがた。江田島側には、更に多くの「DIVERS」。国内で「最大規模」の筈です。「潜水員」の原点である第1術科学校潜水科、掃海機雷科のEOD課程、特別警備隊。「ダイバーさんがただらけ」と云って良いです。
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今回、「科」で最も記録数が多かったのは、第1術科学校潜水科スクーバ課程の元気いっぱいの皆様と先生がた。前半は台風の影響で降り続く雨の中での記録が続きました。スクーバ課程の皆様に気付いたきっかけは「歌」です。元気いっぱいの「日替わりオリジナルソング」と共に戻って来られるのです。最初、新米見学者は教育参考館内に居たのですが、「?何が近付いて来た??」と思い、館外に出ると目の前を走り抜けてゆかれました。青黄のウェットスーツのお背中に「JMSDF 1MSS」。丁度、その日の見学ご案内であった杼本氏が側にいらしたので、「元気いっぱいな方々のお背中に1MSSって書いてありますが?」とお訊きすると、「それは…ウチだ!」。「ウチ」とは「第1術科学校」。これまで、「謎?のヴェール」に包まれていた「潜水の原点」、遂に発見。
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以降、スクーバ課程の皆様の記録が急増します。ご所属確定した方々に記録が集中します。がっつり電線が入りますが、最も高い位置からの記録。「特殊縄跳び」と思っていたのは、実際には「スノーケル飛び」。判ってから画像を見ると一目瞭然でした。先生がたがスノーケルをぶんぶん振っていらした。踏むと…もれなく「しこたま叱られる」そうです。簡単そうに見えて、そうではありませんよ…。数日後、実際に厚生館内で、スクーバ課程の皆様と実践しました。新米見学者、もれなく叱られそうです。動作的には難しくありませんが、先生がたはスノーケルを規則的に振ってはいませんでした。これからプールでの「授業」を始める前に「反応」を見ていらっしゃるのでは。寝不足や疲労が蓄積していれば、反応が鈍くなります。
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潜水科スクーバ課程の実際の授業を目にしたのは、勿論初めてです。凝視していましたが、移動があり、その分、見学記録時間が短くなってしまった事が大変残念でした。それこそ、自転車で走り回らないとなりません。
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電線がっつり入ろうが、この高い位置を見学記録地点に選んだのは、水中の皆様が良く見えるように。より高い位置からでないと、水面のゆらぎが大きく、良く見えないのです。
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電線や松の樹が入りますが、良く見えていました。その為、大変記録数も多くなっています。詳細投稿には年内いっぱいかかりそうな程です。
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晴天時は夏のようであったのですが、この前週は雨が降り続き寒かった江田島。それでも、勿論、こちらのプールでの「授業」は行われていました。
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徐々に台風が近付きつつあった頃。掃海母艦「ぶんご」さんと背中合わせに第1掃海隊・掃海艇「いずしま」さん、「あいしま」さん。約20日間の記録、素晴らしい晴天の日は数日間。雨や曇天の日の記録の方が多かったように思いますが、まだ「全貌」が把握出来ていません。
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目も覚める程、明瞭であった掃海母艦「ぶんご」さん。似島(にのしま)前を静かに航行中。「ぶんご」さんは、2月の八代海、7月の陸奥湾にはいらっしゃらなかった為、間近での記録は昨年11月、12月の日向灘以来でした。
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「ぶんご」さんと入れ替わるように出航されたのは、護衛艦「いせ」さん。数時間の差ですが、この頃には、空が雲に覆われていました。この後、「いせ」さんが台風30号によるレイテ島激甚被害災害派遣に向われる事になるとは…。この数時間前には、伊豆大島への災害派遣より呉に戻られた輸送艦「おおすみ」さんを記録していました。
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『日報』へ投稿準備中の11月2日「自衛隊記念日」。現在、画像を作成していますが、式典の詳細が記載できず、投稿の構成をどのようにすべきか思案しています。進行は記録を確認すれば判りますが、「細部」が判らぬのです。かなり後方におりましたので、徳丸学校長の「祝辞」を聴きとれなかったのです。とても大切な事を仰られていた筈なのですが。
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ここまで離れた位置を選択したのは、式典の規模を考慮した為でした。「全景」を記録するには、ここまで引く必要があったのです。祝賀飛行のOP-3Cさんがたも寄らずに記録したのは、白亜の学び舎と共に、を重視。「自衛隊記念日」。第1術科学校・幹部候補生学校の「自衛隊記念日」。
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「機雷回廊」。呉の海上自衛隊史料館「てつのくじら館」に「自衛隊記念日」の「史料」が展示されています。「歴史」。今回、約20日間、連日、フル稼働で見学記録しても、全く及びませんでした。更に長い時間をかける必要があります。今回の約20日間は「第1段階」です。

今回、掃海部隊の皆様の日向灘にての『機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練』の見学記録にゆけぬ事は大変残念ですが、残念に思っているだけでは何の役にも立ちません。年内いっぱいかけて、これまで滞っていた投稿を挽回すべく、現在準備中です。
by guardianvein | 2013-11-15 02:48 | 海上自衛隊へ行こう
とても涼しかった青森県より、極めて暑い神奈川県に戻り、はや1週間が経過しようとしています。現在、海上自衛隊掃海部隊の皆様の「函館・大湊」での記録の詳細確認を続けております。昨日27日、陸奥湾にての「平成24年度機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練」は終了でありましたね…。皆様、ご所属の各地へ戻られる洋上にいらっしゃる事でしょう。母親を病院に連れてゆく為、最終日まで見学記録は出来ず大変残念でありましたが、半月、母親を診ていませんでしたし、病院の方針は「診察・検査には家族が付き添うように」。自分もそうあるべきと考えておりますので、神奈川県に戻りました。それから1週間。完全に暑さにバテ、これまでの疲れもあり、本日は一歩も外に出ていませんが、その分、画像作成・投稿準備です。では、参りましょう。「始まりの函館港」第2回。
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生まれて初めて訪れた北海道は函館港。最初に訪れた緑の島前の岸壁にいらっしゃる掃海艇さんがたの傍らを思案しながら歩いていた事が判る記録の数々となっています。こちらは第2掃海隊・掃海艇「やくしま」さん、「たかしま」さん並び。思案を始めると細部にこだわり始めます。
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こちらは第43掃海隊・掃海艇「とよしま」さんの「赤とよしま」地点。しきりと思案している事が判ります。掃海艇さんがたの細かい部分を記録しています。何を思案していたのか。それは、函館港に集結されている掃海部隊の皆様が実に広範囲に点在されていた為、一斉出港される際に、一体、どの地点から記録するのが最適であるのか…です。
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「690」と函館インダストリアル「函館どっく」方面。第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん地点。緑の島前の岸壁を何度も往復している事が判ります。
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ここまで来ると細か過ぎましたか…。こちらは第43掃海隊・掃海艇「うくしま」さんにて「うまい棒」。皆様のおやつではなく、函館のちびっこたちの為に用意されていたそうです。ちびっこたちが「うくしま」さんの見学に来られた?のではなく、前日は7月7日。七夕でした。函館では、ちびっこたちが七夕に「ろうそくもらい」をするそうです。「竹に短冊七夕祭り 大いに祝おう ローソク1本頂戴なー」と歌いながら家々を廻るのだそうです。実際に蝋燭を貰うのではなく、お菓子を貰う。ハロウィーンのようですね?そう云えば…函館に着いてから思い出したのですが(慌てて出発しましたので)、函館には「カトリック元町教会」をはじめ、カトリック系の学校、幼稚園などが多くあります。自分も中学時代まで毎週日曜日に「聖母の園」へ通っていました。今でも自分でロザリオを作り常に身につけています。元町教会は、二度の大火に見舞われた函館において、かろうじて残った外壁を修復し再建。大火の犠牲を悼んだローマ法皇より祭壇が贈られた教会です。また、大湊の町にもカトリック系の幼稚園があります。とは云うものの、「ろうそくもらい」は、ハロウィーンのような異国伝来の祭りではなく、青森のねぷたとも関わりのある行事のようですね。「うくしま」さんの方々は、この「竹に短冊七夕祭り 大いに祝おう ローソク1本頂戴なー」を覚えて歌って下さいました。
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第43掃海隊さん地点振り返り。岸壁を右往左往しておりますね…。「とよしま」さんの傍らに自転車が見えます。油津港をはじめ、各地の港を自転車で爆走している事の多い新米見学者。たまに歩いていると、掃海部隊の皆様、「あれ?自転車は?」と仰られます。この日もでした。「レンタサイクルあるよ」。出遅れました…。時に自転車争奪戦になる事があります。早い者勝ちです。
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「出発点」の第45掃海隊さん地点に戻りました。どうにも、この「縦着岸」が気になっていたようです。最も気になっていたのは、タラップでしょう。「…浮いている…タラップが浮いている…」。箱階段が設置されているのは、「ご当地第45掃海隊さん」ならではなのでしょう。「ゆげしま」さんのタラップも浮いていますし…
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勿論、お隣の「ながしま」さんのタラップも浮いています。勿論、箱階段も設置されています。
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しかも、タラップは箱階段から、かなり浮いています。新米見学者、多分昇れません。
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近付くと、こんなに高い。もう、どうにも気になる浮いているタラップ。
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しかも、岸壁が斜め。とにかく気になって気になって、くどいぐらいにさまざまな角度から記録していました。しかし、そろそろ夕刻。掃海艇さんがたは、対岸にもいらっしゃいます。歩いて向うには、かなり距離があります。至極気になりつつも、移動する事としました。
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「対岸」に到着。しかし、生まれて初めて訪れる函館港です。はて…遠くに見えていた第42掃海隊さん、第44掃海隊さんはどちらに…。見事に素敵な倉庫群地帯をきょろきょろ。
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何とも見事な「港湾インダストリアル」。新米見学者の得意とする情景です。しばし、「社会科見学」となります。と云うより、「赤錆の城壁」が堅めていて掃海艇さんがたが見えて来ない…
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少し進んで驚きました。「赤錆の城壁」を抜けると「材木の山」が現れたのです。「これは…見事…」。木造の掃海艇さんがたを捜している新米見学者の目の前に材木の山。
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「掃海艇さん発見」。材木の山と掃海艇さん。生まれて初めて歩く函館港。次から次へと現れる見事な情景。これぞ「ワンダーランド」「宝庫」です。何も知らぬが故に驚き感激もひとしおです。新米見学者にとって函館港は、「木とインダストリアルのテーマパーク」となっていました。
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「木迷宮」の一歩手前でもありました。ようやく辿り着けました。第44掃海隊・掃海艇「すがしま」さん、「まえじま」さん。「すがしま」さんにお目にかかるのは、3月11日以来です。その直後、横須賀より舞鶴へとご所属が変わられた「すがしま」さん。「まえじま」さんと共に第44掃海隊さんとして、初の記録でもあります。その後方には、翌日の一斉出港の際の「ランドマーク」となる背の高いクレーン。新米見学者、ただ、うろうろと歩き廻っているのではなく、「ロケハン」でもあるのです。「函館港の掃海部隊の皆様」を、どう記録すれば良いのか。掃海部隊の皆様が寄港される日本各地の港。その「ご当地」の良さを如何に再現出来るか。掃海艦艇さんがたのみ寄りまくった写真ではなく、各地の港の情景が「オマケ」にならぬように。
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前方は、第42掃海隊・掃海艇「まきしま」さん、「くめじま」さん。「まきしま」さんは、2月伊勢湾以来。「くめじま」さんは、5月に高松港にいらしているのですが、記録出来なかった事が気がかりでした。第42掃海隊さん前方は、ぎりぎりで正面からの記録は難しい地点…。「これは難しい…」。しばし、こちらの材木岸壁でも思案…
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材木岸壁の第42掃海隊さん、第44掃海隊さん地点を右往左往始めます。辺りには、木の匂いが仄かに漂っています。
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右往左往していますね…。気付くと、空は雲に覆われていました。確か…函館駅に到着した頃には、青空であった筈なのですが。雲に覆われたと云う事は視界が暗くなるのも早くなります。「う〜ん…あれ?」。この頃、第46掃海隊さんがいらっしゃらない事に気付きます。「北は北海道から南は沖縄まで…沖縄基地隊第46掃海隊さんはいずこに???」。直後に「まきしま」さんの皆様が上陸。「ところで、第46掃海隊さんはどちらに??」「この向こう側」。この時、心底、函館港一斉出港の見学記録が難しい事に気付きます。広々とした函館港の広範囲に掃海部隊の皆様が点在されている「全貌」がまだ見えていなかったのです。次第に視界が暗くなり始めていました。「この向こう側」へ移動です。
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「一斉出港見学記録地点は、ここか…」。倉庫「1B」地点が第1候補となりました。右端に「まえじま」さんのアンテナが入っていますね。ここが「中央」と思われた地点。第44掃海隊さん横。
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「1B」から「4」まで。とにかく広い。函館港は広い…。そして、懐かしい。小さい頃から慣れ親しみ遊んでいた、横浜港の高島埠頭を思い出させました。今は跡形もなく、根こそぎ、片っ端から奪われてしまった「想い出の高島埠頭」。何もない。何も残されていないのです。自分にとっての「故郷」とさえ思える高島埠頭。その「面影」は日本各地の港に。
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再び、見事な「木迷宮」。これほど多くの材木の山、そして「迷宮」のような光景は初めて間近にしました。不思議な感覚と云うより…夢を見ているような感覚でした。よくよく考えてみると、掃海部隊の皆様が広範囲に点在されていなければ、函館の街を観光していて、「木迷宮」には気付かぬままであったかもしれません。緑の島周辺には、倉庫群はありましたが、材木の山はなかったと思います。人生初の北海道・函館は、観光と云うより社会科見学となっていました。
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「第46掃海隊さん発見」。ようやく辿り着いた最奥部。「木迷宮」を抜けると、そこに第46掃海隊・掃海艇「くろしま」さん、「ししじま」さん、「ああおしま」さん。緑の島前岸壁の先頭、第1掃海隊さんより第46掃海隊さんまで、実に広範囲。「とてつもなく広範囲かもしれない…」。横須賀本港と長浦港ほどの広範囲かもしれません(それ以上かも)。人生初の函館到着から、数時間。広大な港を巡り、社会科見学の後…しばし思考停止の後…「一晩かけて考えよう。あまりに函館港は広い」。では、日の入り刻まで、第46掃海隊さん地点を右往左往してみましょう。早朝に横浜を出発し、12時間が経過しようとしていました。
by guardianvein | 2012-07-28 03:04 | 海上自衛隊へ行こう
只今、『日報』が「Wしらせさんin船橋」になっておりますので、こちら『gvein(別館)』に短く、先週木曜日の「東京湾遠景」を投稿します。視点を変える事で、新たな発見が多々ありました。早朝から夕方までの「定点見学」。
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早朝の吾妻島前。気付くと交通船さん、処分艇さんが見えました。随分と早い時間帯から訓練を始められている事が判りました。交通船…多分、YF2135号さん。前日に続き、警視庁の皆様もお姿も見えていました。横須賀水中処分隊の皆様、警視庁の皆様、掃海隊群司令部「水中処分班」の皆様。この距離でも、十分判りますよ…陸奥湾より近いです。最遠の「基準」は陸奥湾です。陸奥湾洋上の水中処分員さんがたが見えていたのですから、この「遠方」は近い方です。
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早朝「入出港ラッシュアワー」の東京湾。左手より試験艦「くりはま」さん、試験艦「あすか」さん、出港されてゆくのは、護衛艦「むらさめ」さん、「はるさめ」さん。洋上では米海軍さんイージス艦さん(さすがに艦番号は判りませんでしたが。この前に護衛艦「はたかぜ」さんが長浦港へ入港されました。「はたかぜ」さん、「あすか」さんは、大阪湾より戻られた朝ですね。実は、砕氷艦「しらせ」さんもご一緒だったのでは…(早朝はかなり靄が濃く、よく見えませんでした)。
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午后になって視界が明瞭になりました。『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend Vがやって来ましたが、これはこれは…随分と大廻りしている事が判ります。最も左手の処分艇さんは掃海隊群司令部「水中処分班」さんですが、もし、この時、自分が乗船していれば、水中処分班さんは何とかreflex500で近くに見える距離ですが、交通船さん付近の横須賀水中処分隊の皆様は相当遠いですね。
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いつも自分が苦戦している「距離と時間(見学時間)」を、こうして「客観的」に見てみると、よく、いつもこの距離で頑張っているなあ…と逆に感心しました。こんなにも離れていると改めて判りました。肉眼で見学なさっているお客さまには、「点」の距離ですね…。
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『YOKOSUKA軍港めぐり』では、見えていない時間帯。早朝に長浦港を出港された掃海艇「のとじま」さん、午后に戻って来られました。吾妻島前では、早朝から夕方近くまで、訓練が続けられていました。いつもは「数分間2,3度」ですが、初の長時間定点見学。やや距離がありますが。陸奥湾・日向灘よりは近いです。今夏の陸奥湾は、「遠くても見える」と教えてくれました。MH-53Eさんが掃海具Mk-105を曵くワイヤーが記録出来た事・水中処分員さんがたが記録出来た事は、「遠くても諦める事なかれ」と勇気を与えてくれました。来週は、ここに「じっと」しているかもしれません。大変勉強になる地点です。図書館や博物館のように「勉強の出来る場所」です。静かに落ち着いて勉強出来ます。
by guardianvein | 2011-10-01 22:14 | 海上自衛隊へ行こう
気になりますね…横須賀の港が。毎日行きたいところですが、さすがに続きません。仕事であれば通いますが、仕事ではないので。気になるのです。「見えない」ので。では、昨日の横須賀の港各所を速報にて。こちら『gvein(別館)』では、掃海部隊の皆様、EOD員の皆様を中心に構成します。現在、東日本大震災災害派遣の状況が私たちは殆ど判りません。その為、被災地と直結する横須賀の港各所の「今」で投稿します。
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午前は強雨でありましたが、何とか雨が上がりました。視界は良くありませんが、東京湾の横須賀防波堤付近に水中処分母船YDT03号さん。かなり距離はありますが、「シルエット」で判ります。すぐに。丁度、側に『YOKOSUKA軍港めぐり』案内人、期待の新人の村上さん。村上さんのおじいさまは、初代案内人の水上氏。水上氏は、海上自衛隊さんOBです。護衛艦「あきづき」さん、輸送艦「みうら」さんに乗艦されていました。村上さん案内人デビューは、まだ少し先になるでしょうが、期待の新人です。「防波堤付近にYDT03号さんが見える」と伝えると、「この距離で艦番号まで見えるんですか?」「見えない。見えないけど、形で判るようになる」「う〜ん…」。そのYDT03号さん、見えている間、ずっと位置が変わり続けます。
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今も続く、東日本大震災災害派遣。この期間中、reflex500で殆ど記録していません。先日ようやく再開しましたが、格段に自分の感覚が衰えている事が判りました。吾妻島前にEOD員の皆様が「本格的」に戻られるまでに取り戻さなくてはなりません。横須賀防波堤付近のYDT03号さんをreflex500マニュアルフォーカスにて。YDT03号さん、常に位置が変わります。停泊されてはいません。気になり、振り返り振り返り、長浦港へ。
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数日前に横須賀に「戻られた」掃海艇「つきしま」さん、「くろしま」さん。「つのしま」さんは災害派遣の幕を降ろされました。
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この日は、海上保安庁さんの皆様が工事(の事前調査でしょうか)をなさっていましたので、NP-1桟橋前には近づけず。
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離れたところから、NP-1桟橋。掃海艦「つしま」さん。「はちじょう」さんは、この日の朝に出港されたようです。やはり、出港されましたか…。前日のご様子から、出港が近付いているように感じていました。
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「くろしま」さんにゆっくり近付いた頃、「くろしま」さんの皆様が各所から出て来られました。「?」。一斉にご準備を始められたように見えました。ホース…防火訓練?そう云えば、前日であったと思うのですが、吉倉桟橋の護衛艦「やまぎり」さん前で「3分隊!」と云う声が聞こえました。ここ数日、ずっとベルも鳴り響いていました。
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あ…そこに収納されていたのですか…。赤い…ポンプ?
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着々とご準備が進みます。新米見学者には防火訓練のご準備に見えています。
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徐々に距離が開いてゆきます。ですが、ご準備の様子を間近で見学する事が出来ました。遠く沖縄から被災地に向かわれ続けていた「くろしま」さん。昨年11月、日向灘にての掃海特別訓練の際、初めてお目にかかりましたが、その数ヶ月後に、再びお目にかかる事になるとは、当時全く思ってもいませんでした。東日本大震災発災後、日本全国より多くの艦艇さんがたが横須賀に来られています。
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「くろしま」。お隣は、「つのしま」さんです。
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後に画像を作成する際に気付きました。「くろしま」さんに搭載されている処分艇さんには「あおしま」と書かれています。「あおしま」さんも被災地に向かわれています。
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沖縄より被災地に向かわれていたのは、第46掃海隊・掃海艇「689あおしま」さん、「692くろしま」さん。「向かわれていた」と過去形の書き方になっていますが、現在、被災地に向かわれている皆様の詳細が判らなくなっている為です。
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横須賀本港に戻る頃、前方に横須賀水中処分隊の皆様のお姿が見えました。東日本大震災前日も、この地点にて訓練されていた方々ですが、この日は訓練ではないような…。
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吉倉桟橋、一番奥には被災地より約1ヶ月ぶりに戻られた直後の護衛艦「さわゆき」さん。「さわゆき」さんの皆様のお姿も見えました。この時、横須賀水中処分隊の鈴木さんの手元に「黄色」が見えました。距離があっても、よく見えていました。この「黄色」。この約1時間後にも目にする事になります。
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おやしお型潜水艦さん艦尾地点でも、この日、海上自衛隊さんのダイバーの方々のお姿がありました。ここでも、お手元の「黄色」が目を引きました。
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ご準備の際、潜水艦さんがたの皆様が手を振って下さらなかったら気付けなかったかもしれません。丁度、潜水艦さんと重なっていましたので。潜っていらしたのは、どちらも艦尾地点。
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reflexではありませんでしたが、比較的近い距離ですので、今まさに海に入られようとしている際が見えていました。横須賀水中処分隊の皆様、「さわゆき」さん艦尾地点海中へ。
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新米見学者(素人)考えでは、「さわゆき」さんは被災地より戻られた直後ですので、スクリュー(プロペラと云うのですか?)の点検をなさるのでは…と。4月の終わりにも、近しい光景を目にしています。
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被災地より戻られた直後であった護衛艦「やまゆき」さん艦尾地点に横須賀水中処分隊のお二方。この日は、4月29日。祝日であった為、『YOKOSUKA軍港めぐり』にはたくさんのお客さまが乗船されており、往路は見えていませんでした。「点検(作業)」を終えられ戻られる際に気付きました。東日本大震災以降、横須賀の港では平日休日がなくなっています。記録を確認しても、平日休日の「差」がありません。
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遂に掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん出港されました。新米見学者は、硫黄島に向かわれたと思っております。
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出港前日。掃海母艦さん2隻、掃海艦さん2隻。先週…と云うより、この1ヶ月でしょうか…長浦港は、昨年11月の油津港を思い出させます。
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平成22年度機雷戦訓練・掃海特別訓練の際、油津港に集結されていた掃海部隊の皆様。東日本大震災以降、長浦港は油津港のようです。日本全国より掃海部隊の皆様の入出港が頻繁になっています。この「記念」の写真にいらっしゃる掃海艦艇さんがたの殆どが被災地に向かわれています。
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被災地の洋上は、このようであったかもしれません。6月14日、防衛省さん発表では、艦艇30隻・航空機約310機・海災部隊約7,500名の方々が活動中とあります。この日、6月13日は、艦艇・航空機等により福島県等の被災地沿岸海域において、行方不明者の捜索及び入浴支援(石巻市・気仙沼市・相馬沖)を実施。行方不明の方々は、7,913人。

今夜は投稿中に地震が続きました。21時台には釧路沖を震源とするマグニチュード5.0の地震。釧路沖では1993年にマグニチュード7.5の地震が起きています。半年後には大津波を伴った北海道南西沖地震が起きています。10年後の2003年にはマグニチュード8.0の十勝沖地震が起きています。津波が太平洋沿岸の広範囲を襲い、川を逆流する津波、炎上する石油タンクの映像は今も鮮明に思い出されます。

22時台には、振幅の大きな緩やかな揺れが長く続きました。このように緩やかに、大きく揺れる際は、遠方で大きな地震が起きた時です。ですが、情報を確認すると、震源は三陸沖。マグニチュード5.9。ただし、深さは10kmと浅く。発表では横浜は震度1だそうですが、ここ2ヶ月ほど、このように揺れる事は殆どありませんでした。東北地方太平洋沖地震直後は、頻繁に幾度も揺れましたが、ここ2ヶ月ほど、東北地方で強い地震が起きても、殆ど揺れず、疑問に感じていました。東北地方太平洋沖地震の際、自分は『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend V号内にいました。感じた事のない震動でしたが、「地上の揺れ」を体験していません。一昨日、横須賀海軍カレー本舗の横尾店長に、その時の事を訊いてみました。地下1階にいらしたそうですが、「ひどい目眩を起こしたような、気分が悪くなるほどの大きな揺れが長く続いた」との事。激しく揺れたのではなく、大きくゆっくり揺れたそうです。「地下に居たからかもしれないけど…」。

東日本大震災の災害派遣は今も続き、自分も3月11日以降、ずっと「探し続けて」います。3月11日以降、自分もゆっくり休んだと云う感覚がありません。3ヶ月間、ずっと走り続けているような気がします。「災害派遣より撤収」の報を知った時、ようやく安堵出来るのでしょうか。
by guardianvein | 2011-06-14 23:03 | 海上自衛隊へ行こう
呉滞在もあと1日となりました。明日には横浜・横須賀に戻ります。あっと云う間の1週間でした。まだまだ見学出来ていないところばかりです。本日は、火曜日。見学は「お休み」の日です。何かのパンフレットを観ていて、唯一、呉美術館が月曜日定休であると書いてあったように思い、呉美術館へ向かおうとしました。見事な松並木の坂道を歩き出したところ…前方に海上自衛隊さんの皆様のお姿。
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搬出されているようですので、お邪魔にならぬよう…と端を歩いていたのですが…「あれ?!」。
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何と、呉音楽隊の皆様でした。初めて呉を訪れましたので、ほぼ右も左も判らぬ新米見学者です。こちらが呉音楽隊の皆様の建物とは知らずに通りかかったのです。先週、雨の香川県、金刀比羅宮さん境内での「第60回掃海殉職者追悼式」の際に呉音楽隊の皆様にお会いしたのです。予期せぬ「再会」となりました。
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5月28日、金刀比羅宮さんでの「予行」も雨でした。呉音楽隊の皆様は、掃海殉職者顕彰碑の前にて準備されていましたが、雨が強く降って来た為、楽器と共に雨の中、テントも移動されました。
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金刀比羅宮さんは、とにかく階段です。どこへ向かうにも、階段。階段上に見えているのが「大門」。300段ほどです。ご年配のお方や足がご不自由なお方は、大門までは「しあわせ号」と云う乗り合いバスをご利用されると良いかもしれません。また、500段ほどのところには、資生堂パーラー「神椿」があり、タクシーで向かう事も出来ます。ただ…そこからの階段がかなり急になります。
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「予行」を終えられた呉音楽隊の皆様、雨の中を戻られました。追悼式当日は、更に雨が強く降りましたが、雨にけむる象頭山に流れる追悼の楽曲は、優しく穏やかに天上へと昇ってゆきました。
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雨の「第60回掃海殉職者追悼式」から僅か3日。再び、呉音楽隊の皆様とお会いできるとは思ってもいませんでした。呉美術館へ行こうとしたのですが、実際には、やはり休館でしたので、呉音楽隊の皆様にお会いする為であったのかもしれません。美しい呉美術館は、お隣。美術館はお休みでしたが、呉音楽隊の皆様のいらっしゃる建物も、美術館の如くです。
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コンサートも行えるホヲルです。リハーサルを公開される事もあるそうです。明治28年(もしくは38年)と資料にありましたが、昭和4年に建設されたようですね…「桜松館」の名の通り、見事な松並木の坂道の半ばにあります。歴史を感じさせる美しい建物です。2001年3月24日に発生した芸予地震の際にも、被害はなかったそうです。震源は安芸灘。マグニチュード6.7。最大震度は、広島県東広島市(現在)、豊田郡、安芸郡で震度6弱。前日に見学させて戴いた海上自衛隊第一術科学校、幹部候補生学校、大講堂も芸予地震の際の被害はなかったそうです。如何にしっかりと造られた建物であるかが判ります。
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ステージの上には、桜と松、砲塔と錨の紋章が掲げられています。
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すみません…皆様のお名前を覚えきれず…申し訳ございません…。左のお方は、昨年まで横須賀音楽隊にいらしたそうです。2009年にみなとみらいホールでの演奏をお聴きしております。皆様、突如、現れたアヤシい見学者(3日前は、もっとアヤシかったですね…)に大変ご親切にして下さいました。
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珈琲とピンバッチとステッカーまで戴いてしまいました…。本当に有り難うございました。雷雨の金刀比羅宮さん、皆様が近くにいらした事で安心して見学を続けられました。最も近くにいらしたのは、野口さんと福場さん(間違えでしたら本当にすみません!お名前の「公一」さんは、写真にて確認出来ました)。ここで、野口さんの息子さんが掃海艇「とよしま」さんにご所属である事が判りました。「とよしま」さんは、昨年11月の油津港にて、最も近い距離での記録が出来た掃海艇さんです。息子さんが記録の写真にいらっしゃると良いのですが…。「とよしま」さんは、今も被災地で活動されているそうです。
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「親子二代」海上自衛隊さんなのですね。しかも、息子さんは掃海隊にご所属。改めて、一般民間人ながら、「第60回掃海殉職者追悼式」の見学に向かった意味・意義を思いました。また、その後、呉へと向かわなければ、判らなかった事でもありました。導かれているとも思いました。
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呉音楽隊の皆様がいらっしゃる「桜松館」外観。美しい松並木は「美術館通り」と呼ばれているようですね。本当に予期せぬ再会でありました。呉音楽隊の皆様、本当に有り難うございました。

今回は、時間切れとなりました。横浜・横須賀へと戻るよう時間が流れ始めました。被災地と直結する呉の港から、横須賀の港へ。東日本大震災の災害派遣は、今も続いています。高松・呉からも、防衛省さん、海上自衛隊さん、自衛艦隊さんsiteを確認しています。旅先ですので、MacBook内の画像が限られており、東日本大震災の投稿が構成しきれません。戻り次第、東日本大震災の投稿を再開したいと思っています。「第60回掃海殉職者追悼式」、高松港にての一般公開の投稿も速報のままです。
by guardianvein | 2011-05-31 23:27 | 海上自衛隊へ行こう
昨日の呉と江田島は台風一過の快晴でした。少し風が強かったように思いますが、横須賀の強風の日ほどではありません。美しい晴天でありました。香川県と広島県が近い距離にある事に、ようやく気付いた、いまだ新米見学者。呉と江田島の見学は初めてですので、本当の「新米見学者」です。単なる見学ではありません。青森県大湊の北洋館に向かった時と同じく、「探しに」。
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大変美しい景観です。クレイトンベイホテルさんより海上自衛隊呉地方総監部さん方面。護衛艦「さみだれ」さん、掃海母艦「ぶんご」さんのお姿が見えました。この後、ついに輸送艦「ゆら」さんにお目にかかれる事になります(と云っても、遠方ですが)。
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江田島行きのフェリー「古鷹」号さん。日常と共にある大切な船。広島県(広島駅)に着いた頃、「被災地から遠くなった…」と感じたのですが、呉は遠くありません。この港も横須賀と同じく、被災地と直結しています。広島県江田島市より宮城県気仙沼市へ無償でフェリー「ドリームのうみ」号さんが貸与されたのです。

東日本大震災の被害を受けた宮城県気仙沼市からの要請を受け,江田島市所有のフェリー「ドリームのうみ」を無償で貸し出しました。
 ドリームのうみは,気仙沼市の沖合い7.5kmにある大島と気仙沼市を結ぶ定期航路便となり,離島復興のための手助けをします。また,支援物資の輸送するための船としても活躍する予定です。
(江田島市役所さんsiteより)

4月29日に就航開始されたようです。現在も活躍している動画がYoutubeで観られます。
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江田島の名峰「古鷹」の名のフェリー、出港してすぐでした。目の前を油船YO37号さんのお姿が見えました。『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船しているような感覚になりました。長浦港を思い出しました。沖合には護衛艦「いせ」さんがいらしたのですが、夕方にはいらっしゃらず、出港されたようです。フェリーは12時20分発。ホテルのフロントに確認したのですが、平日13時からの見学には、この便が最適、との事でした。でも…少し、ぎりぎりな感じがします。駆け込みに近いです。あと、写真を撮られる方々は、高速船ではなく、フェリーの方が良いです。高速船は窓越しになってしまいますし、速い。フェリーは通常はどうであるか判らないのですが、この日は3Fデッキに上がらせて戴けましたので、写真を撮るにはフェリーに乗船された方が良いです。
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海上自衛隊第1術科学校の見学は、平日3回、週末祝日は4回。ご案内して下さったのは、尾崎さん。名峰「古鷹山」を望み。この日、2回続けて見学しました。尾崎さんは勿論、海上自衛隊さんOBのお方です。2回めの見学の際、教育参考館にて詳細に教えて下さり、誠にありがとうございました。
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この日は、航空自衛隊さん、陸上自衛隊さんの生徒さんがたが大勢見学に来られていました。これからの日本の護りを担う頼もしき若者たち。
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大変美しい重厚な石造りの大講堂。外は強い日射しが照りつけ夏のように暑かったのですが、大講堂内はひんやりしていました。気品のある大変美しい歴史的建造物です。
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イギリス積みの美しい煉瓦。海上自衛隊幹部候補生学校。周囲は極めて静か。日頃、ごみごみとした街に暮らす人間にとって、別世界です。整然と美しく、静謐。
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芝生と黒松の先には「正門」の海。通常の見学では、海まではゆけません。遠くにカッター。
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日射しが強かった事もあり、青空と共に撮れず…。第一術科学校。白亜の校舎が台風一過の日射しに眩しかったです。この時、勿論、あたりはとても静かであったのですが、早くも蝉が啼き始めていました。
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見学の終わりは、教育参考館。陸上自衛隊さん・航空自衛隊さんの生徒さんがたとご一緒となりました。2回続けて見学した訳は、教育参考館です。ここに、ずっと探し続けている事柄、自分の一族にとって、とても重要な事柄があるのでは…。北洋館に存在していました。そして、教育参考館にも。館内は撮影禁止です。また、近くでの確認が出来ませんでしたが…。ずっと探し続けているのは、国旗です。羽二重(絹)の国旗。祖父の手で染められた国旗。母から教えられた「特別攻撃隊の人たちが身体に巻いて出撃した国旗」。教育参考館に大切に収蔵されていた国旗が、最も近いと思われました。宮崎県都城市の歴史資料館にも収蔵されています。いずれ、知覧にも行かねばなりません。教育参考館には、特別攻撃隊の方々のお名前がありました。父方と同じ姓(つまり自分と同じ姓)の方々が6名いらっしゃいました。どのような巡り合わせであるのか判りませんが、最も多い筈です。

時間いっぱい、教育参考館内におりました。再び、江田島を訪れたいのですが、母親から戻るように連絡がありましたので、次回の機会が巡るまで。今回は時間切れです。
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江田島より戻り呉の港。呉港務隊さんがたが間近に。まだ、鉄のくじら館にも行っていません(本日は休館)。時間が足りないですね…。まだ、掃海艇さん、掃海管制艇さんがたのお姿を目にしていません。掃海母艦「ぶんご」さんは、被災地より戻られています。今も被災地では捜索活動が続けられています。東日本大震災災害派遣は続いています。台風2号の影響が心配されます。
by guardianvein | 2011-05-31 08:43 | 海上自衛隊へ行こう
本日の記録は、これまでと異なる角度からの写真が多くありました。東日本大震災以降、価値観や物事の見方が大きく変わってしまったのですが、本日は顕著でした。先に『日報』へ「速報1」を投稿しましたが、再構成してこちらに投稿します。
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「だいちのはな」の彼方に処分艇さんが見えました。東日本大震災以降、reflexを使用していませんので、遥か彼方でした。どちらから出て来られたのか確認出来ませんでしたが、直後に見えたのは…
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本日、船越岸壁に戻られた護衛艦「さわゆき」さんマストのA旗。「さわゆき」さん付近で潜水作業なさっていたのでしょうか。では、戻られたのは横須賀水中処分隊の皆様?
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数分の間を置き、東京湾方面へ向かわれたのは掃海隊群司令部水中処分班の皆様。reflexではありませんので、やはり遥か彼方。
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掃海艦さんがた地点は、とても静かでした。
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機雷桟橋前には、交通船YF2146号さんの皆様と横須賀水中処分隊の皆様。長浦港より戻られたのは、やはり横須賀水中処分隊の皆様ですね。
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少し斜めにして、ぎりぎり機雷まで。機雷桟橋前は、掃海艦さんがた前よりも、更に近い地点です。この地点は、「横須賀警備隊さんエリア」です。ふと…東日本大震災前に戻ったかのように思えた午后でした。
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そして、吾妻島前へ。これまでの記録で、この角度は殆どなかったように思えます。実際にはあるのですが、東日本大震災以降、さまざまな事柄が「違う」ように思えるのです。2009年1月に気付いた機雷に見えた小さな遺跡。「こんな位置に?」。
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横須賀市リサイクルプラザ「アイクル」と小さな遺跡と処分艇さん。やはり、ここでも、「こんな位置に?」でした。何もかもが違って見えるように思えました。
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被災地の海岸線と重なる吾妻島。reflexを使用していない事もあり、2009年5月以前に戻ったかのようにも思えました。当時、掃海隊群司令部水中処分班の皆様の記録が多かった事もあるかもしれません。
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遥か彼方へ。吾妻島前に水中処分員さんがたが戻られた際を、初めて目にしました。東日本大震災以降、『YOKOSUKA軍港めぐり』乗船回数が激減している事もありますが、3月11日に全てが覆ってしまった為、よく判らなくなってしまっているようです。まるで、時間が戻ったかのようにも思えます。5月に入ってより特に。現在も、各ブログの投稿が調整出来ていませんが、少しずつ戻してゆきたいです。と云って、戻せない状態になっていますが。
by guardianvein | 2011-05-18 00:26 | 海上自衛隊へ行こう
明日で東日本大震災発災より2ヶ月が経ちますが、本日、横須賀本港をライブカメラで見たところ、多くの艦艇さんがたが戻られていますね。防衛省さん発表(5月9日午前8時)でも、活動中の艦艇は35隻。数日前までは52隻でしたので、20隻近い艦艇さんがたが被災地を離れられた事になります。ですが、災害派遣が終了した訳ではありません。これからも「東日本大震災災害派遣」のご活動を注視し続ける事に変わりはありません。そのような折、大型連休終盤、ようやく外出し、記念艦「みかさ」さんを訪れました。復元50周年記念特別展『国を守る気概と誇り』を見学する為です。展示期間は2011年8月31日まで。『国を守る気概と誇り』の特別展示と共に東日本大震災における陸・海・空自衛隊さんの捜索・救助、救援支援活動の展示も行われています。
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3番目の部屋に入ると…「福島第1原発に対する海上自衛隊艦艇による冷却用真水の補給支援」の展示。
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「海上自衛隊の捜索・救助・支援活動」の展示。各展示をしっかり見学しようと思っていたのですが、『東日本大震災復興支援 よこすかカレーフェスティバル2011』が開催されていた事もあり、大変多くの見学の方々が訪れていて、凝固するかのように見学していると、ひきもきらずに来られる方々のお邪魔になると思い、僅かに見学の方々が途切れる間に写真を撮りました(色調が統一されておらず見づらいかと…)。皆様、カレーフェスティバルの「ついでに」見学されているのではなく、ちびっこたちからご年配の方々、時間をかけて見学されていました。「みかさ」さん外は、ハイテンションのイベント会場なのですが、展示をご覧になられている方々は、真剣でした。外は「わーわーぎゃーぎゃー」状態なのですが、展示の部屋では、皆様、黙々と真剣に見学されていました。
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年配の方々よりも若い世代の方々が多かったようにも思いました。子どもたちもしっかり見学していたように思いました。展示期間が、あと3ヶ月以上ありますので、展示が更に増えると良いですね。
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とにかく、5月8日(日)の三笠公園は大変な人出でした。8日だけでも来場者は4万4千人。過去最高を記録したそうです。2日続けて、「みかさ」さんを訪れましたので、受付の方々は「今日も来たね」。2日では、まだまだ把握しきれません。東日本大震災の展示も、まだ頭に完全に入っていませんし、お隣の部屋では『海上自衛隊5つのミッション』の映像が見られます。40分ほどありますが、昨年、四日市港での一般公開の際、掃海艦「つしま」さん内で、ひたすらペルシャ湾掃海派遣部隊の映像を見続けたように、「みかさ」さん内で、ずっと映像を見ていても良いと思っています。最初、映像に気付かなかったのですが、翌日、部屋に入った途端、「REGZA」(そう云えば、「つしま」さんのTVもREGZAでしたね)には、ダイバーさんのお姿。椅子が用意されておりますので、真正面を陣取り凝固。雪の降りしきる大湊に続き、掃海艦「はちじょう」さんMASTER DIVER橘さんのお姿が。この時、はっと、昨夏訪れた大湊地方総監部さんに隣接する「北洋館」を思い出しました。その時も毎日、北洋館に通っていました。
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北洋館で閲覧出来た『「湾岸の夜明け作戦」全記録 海上自衛隊ペルシャ湾掃海派遣部隊の188日』。東日本大震災の『海上自衛隊全記録』が出版され、記念艦「みかさ」さん内にて閲覧できるようになりますように。今も災害派遣は続いておりますので、まだ先の事になるでしょうが、横須賀で『東日本大震災 災害派遣』特別展いえ、常設展が置かれるよう願っています。
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北洋館正面入口に掲げられていた「献身」の大書。まさに東日本大震災での陸・海・空自衛隊さんの皆様のご活動そのままです。

現在、各ブログの投稿がなかなか進んでいませんが、3月11日より今に至る2ヶ月は、あまりに重く、大きく、「簡単」に投稿が出来ないのです。3月11日に天地はひっくり返ってしまったのです。今も災害派遣は続いています。これまでの情報(莫大な)を再確認し、少しずつでも投稿を集約・進行させたいのですが、一時停止を繰り返しております。何とかしたい、日々、探っています。
by guardianvein | 2011-05-10 23:39 | 海上自衛隊へ行こう
体力限界点を超えてしまい、2日間、頭真っ白。幸い、右目の出血も治まり、ようやく深夜まで起きていられるようになりました…と云っても、かなりふらふらです。今夜も画像を中心に投稿します。「予告編」です。11月9日より始まった、これまでで最大最長の見学記録です。早々、まとめられる容量ではありません。『gvein(別館)』にて詳細投稿予定です。では、team YOKOSUKA。海上自衛隊掃海隊群第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さん、美しい志布志の港より沖縄へ向かわれる際の記録「予告編」です。
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美しき志布志港の夜明け。日の出に映える、掃海艦「やえやま」さん。間もなく、第51掃海隊の皆様がた、沖縄へ向けて出港であります。横須賀に戻れば、お目にかかれる皆様なのですが、この20日間がのさまざまな出来事・場面が思い出され、云い知れぬ寂しさが押し寄せました。
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掃海艦「つしま」さん、「はちじょう」さんもご出港であります。もう、どうしようもなく寂しくなりました。横須賀で「再会」出来ると判っていても。埠頭を自転車で走り回る体力的余裕はなく、「やえやま」さんのご出港を中心に記録致しました。
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お見送り・お手伝いに来られていたのは、鹿児島地方協力本部の皆様です。アヤシい風体の新米見学者に大変ご親切にして戴き、心より厚く御礼申し上げます。では、これより、敢えて投稿文を入れず、画像を続けます。
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どこまでも美しい黄金等間隔で、美しい朝靄の志布志港をあとにされる第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「はちじょう」さん、「つしま」さん。お手伝いに来られた「きりしま丸」さん、「雄翔丸」さんまでもが黄金等間隔であります。
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朝靄の「幻」の彼方へ。「2010年見学記録TOUR集大成」が終わろうとしています。時間を戻したい。11月9日に戻したい。そう強く思いながら記録していました。第51掃海隊・掃海艦さんがたのお姿が防波堤に隠れ見えなくなった頃、静かに美しいセルシオが近づいて来ました。堤水産六代目堤長兵衛事・堤賢一氏であります。独り、夜明けの埠頭に「取り残される」筈であったのですが、堤氏がいらしたのです。「…寂しいねえ…。みんないなくなってしまうと、本当に寂しい」。図々しくも、堤氏に滞在先まで送って戴きました。自分の出発時刻も近づいておりました。荷物をまとめないとなりません。20日間の宮崎県・鹿児島県滞在にて、かなりの大所帯になっていました。堤氏に御礼と御約束をし、部屋に戻り、窓から志布志港を観た時でした。
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「あ!」。遠く遠く…蜃気楼の彼方に、掃海艦さんがたのお姿が見えたのです。11月10日より始まる「平成22年度機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練・志布志港一般公開FINAL CUT」となりました。「幻の彼方へ」。
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この美しい光の道。志布志のメインストリートに面する鉄道記念公園のイルミネーションです。夢、幻のように美しい蒼い光の道。生まれて初めて訪れた志布志。「締めくくり」に相応しい美しい街。
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「銀河鉄道」。志布志駅は、南の終着駅。大湊駅は北の終着駅。今年、掃海部隊の皆様の見学に、北へ南へ端から端へ。終着駅は、「終わり」ではありません。これより、横須賀・横浜へ戻り、新たな出発となりますが、まだ、戻れません。今も宮崎県都城市に滞在しています。帰れないのです。まだ。まだ、帰れません。今回の宮崎県・鹿児島県20日間の記録投稿も終えられません。ですが、ふらふらに疲れておりますので、今夜はこれにて。
by guardianvein | 2010-11-30 02:03 | 海上自衛隊へ行こう
11月29日早朝、日の出と共に鹿児島県志布志港を出港された海上自衛隊掃海隊群第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さんをお見送りした後、都城市に移動した途端、遂に「ばたんきゅう」となり、数日間、完全休養。そろそろ、横浜・横須賀に戻る時が近づいて参りました。莫大な記録数を誇る約20日間を振り返り振り返り…今投稿は、とても和やかな志布志港での記録をpickupしてみました。
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11月27,28日には、鹿児島県志布志市の志布志港にて、海上自衛隊掃海隊群第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さんの艦艇一般公開が行われました。掃海艦「やえやま」さんでは、「301人目のお客さま」のさぷらいずがありました(^-^)。見事、「301人目乗艦」は、お父さんと一緒に見学に訪れたボクたち。おめでとうございます(^-^)。何故、「301人目」かと云うと。「やえやま」さんの艦番号は、「MSO-301」。「やえやま」さん杉山重一艦長のお出迎え&記念撮影、「やえやま」さんお帽子がプレゼントされ、ボクたち大喜びでした(^-^)。現在、「やえやま」さんお帽子は購入出来なくなりましたので、「ぷれみあきゃっぷ」です。
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杉山艦長にお見送りされ、いざ、ボクたち「やえやま」さん艦内見学です。ボクたちが見学を終える頃には、記念撮影のお写真はプリント完了。本当に良い記念になりましたね(^-^)。
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とにかく、今回の志布志港での「やえやま」さん一般公開では、和やかで楽しげな記録がたくさんです。この日の志布志港は、やや曇り気味で風も強く寒かったのですが、ほかほか温かい和やかな一般公開であった事が特に印象に残っています。パパとママと見学に訪れた可愛いちびっこ(^-^)。杉山艦長にだっこされて艦長さん席へ。
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「本物」の艦長さんに座らせて貰った「ちびっこ艦長」さんのボク。このような機会は、めったにありません(^-^)。パパがしっかりビデオにおさめていますよ(^-^)。
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ボク…ちょっと緊張気味かな?(^-^)
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この時、丁度お昼どきでしたので、「やえやま」さん艦橋内、少し空いていますが、終始とても和やかな雰囲気な一般公開であった事が、とても印象的であったのです。
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乗艦・艦内一般公開見学の記念にシールを戴いて、嬉しそうな彼は、中学生かな?記念のシールを手に、杉山艦長のお見送りに、照れながら降りてゆきました。
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艦内一般公開終了が近づいていましたが、見学のお客さまが続いています。
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この日、杉山艦長は、「やえやま」さん各地点に「出没」。実に「あくちぶ」な艦長さんです。「やえやま」さん一般公開見学は、とにかく和やか。そこかしこで笑顔。と云うより、どこの地点でも、和やかな笑顔と雰囲気であったのです。
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自分も、3度ほど、「やえやま」さん見学を繰り返しました。何度もぐるぐる廻っていたクドい見学者でした(^-^;)。
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今回の艦内一般公開では、「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さんの乗員の方々が「合同」でご案内・昇降警戒員をなさっていました。思えば、ずっと「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さんは一緒に行動しています。いつも一緒。第51掃海隊さん。第1掃海隊の皆様もずっと一緒でした。
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そう云えば、不思議な事があったんですよ。昨日、「リハビリ」の為、日本の瀧百選「関之尾の瀧」へ案内して貰ったのですが、途中、お母さんとお嬢さんお二人とすれ違った際、「こんにちわ〜(^-^)」を声をかけて下さったのです。都城では、普通に皆様、ご挨拶して下さるので、こちらも「こんにちわ〜」と返すと…「あの〜志布志で海上自衛隊の船の上でも逢ったんですよ〜」とお母さん。よくよく観ると…あ!ほんとだ!何と関之尾の瀧で再会でありました。本当に不思議でした。志布志と都城は、バスで1時間半ほどの距離ですが、本当に不思議でした。まだ、「見学記録の旅」は終わっていない事を実感しました。

間もなく、横須賀・横浜に戻ります。投稿が止まり気味ではありますが、自宅に戻り、年末年始にかけて、1ヶ月に渡る初の「長期見学記録」の投稿を致します。とにかく、莫大な枚数ですので、最早急いでも全く追いつかないのです。どっかり腰を据えての長期間に渡る連載投稿を『gvein(別館)』『りぶろ』に展開します。既に、『ver.YB』は、毎日少しずつ投稿を開始しています。
by guardianvein | 2010-11-29 02:00 | 海上自衛隊へ行こう