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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

<   2010年 05月 ( 20 )   > この月の画像一覧

昨夜、横浜に戻りました。約1週間、香川県高松市へ行っておりました。5月29日に金刀比羅宮敷地内にて厳粛に行われた「第59回掃海殉職者追悼式」を中心に多くの記録があります。「追悼」でありますので、殊更に記録を丁重に投稿してゆきたいと思っています。投稿を急ぎ、雑にはできません。今投稿は、先週水曜日を始まりとする記録より、20cutにて構成致します。
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快晴の青空のもと、掃海殉職者顕彰碑を前に海上自衛隊掃海隊群司令である松本幸一郎海将補。
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紅葉の新緑に囲まれた掃海殉職者顕彰碑。風に揺れる樹々の音、鳥たちの啼き声、時折、参拝の方々の声が遠くに聴こえる以外は、静けさに包まれていました。素晴らしいお天気であった事が、痛ましい歴史を改めて強く心に焼き付けました。刻むと云うよりも。強く焼付ける。です。
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追悼式終了後の1場面。高松港へ戻られる前に掃海母艦「ぶんご」さんの皆様。この「地」は、何処までも白く眩しいのです。「白す」。「しらす」ではありません。「まをす」。「拝詞(おろがむことば)」の終わりは、「恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)」です。追悼式終了後、すぐに金刀比羅宮さんの象頭山を下り、高松港を目指します。サンポート高松2万トン級岸壁では、掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの一般公開が行われています。既に時刻は正午を過ぎました。金刀比羅さん(琴平)から高松までは、約1時間。一般公開は16時まで。急がねば間に合いません。
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「ことでん」さんの琴電琴平駅は横須賀と繋がっていました。高松港入港の朝、玉藻防波堤にいらしたお方に「ことでんは京浜急行」と教えて戴いたのですが、その通りでした。懐かしい「顔」と再会です。もしかしたら…自分も乗った事がある車輛かもしれません。思わず、「浦賀」「新逗子」「金沢文庫」と書き込みたくなりました。不思議でした。勿論、「けいきゅうことでん号」で高松築港駅を目指しました。
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翌日は、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの体験航海が行われました。掃海母艦「ぶんご」さんは一般公開をご担当です。体験航海午前の部より戻られた掃海艦「はちじょう」さん。お手伝いは「ふぁるこん号」さん。
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海面警備をなさっているのは、掃海母艦「ぶんご」さんの水中処分員の皆様ですね。
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続いて戻られるのは、掃海艇「つきしま」さん。
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体験航海午后の部。出航直前。「はちじょう」さん艦上より「つきしま」さん水中処分員のお二方。残念ながら時間が足りず、「つきしま」さんの見学は出来ませんでした。
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体験航海「はちじょう」さんにて、らっぱの時間です。名演奏は賀島さん。
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「はちじょう」さん水中処分員の皆様。体験航海中、こちらの場所に来られる時間は限られています。今回は、あっと云う間に時間が過ぎ、殆ど記録は撮れませんでした。残念ですが、致し方ありません。横須賀は吾妻島前にての機会を待ちましょう。今回の高松港にて、横須賀にご所属の水中処分員の皆様、全てのご所属を確認出来ました。間もなく2年。新年度より約2ヶ月。遂に「誤認・誤記の呪縛」を脱しました。
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あっと云う間に体験航海も終了です。間もなく2万トン級岸壁。体験航海は入出航の時間も入れて、約1時間。
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サンドレットが飛びました。初の記録ですね。
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体験航海終了後。本当にあっと云う間でしたので、しばらく、「はちじょう」さんを間近で見学しよう…と思った時でした。アンパンマンのボクがおぢいちゃまと仲良く手を繋いで、小走りにやって来ました。
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じっと「はちじょう」さんを見ていたボク。『ふれあいフェスタin松阪』に続き、今回の高松港も元気いっぱいのちびっこたちが印象に残っています。
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「はちじょう」さん体験航海中の写真は、時間が短かった事もあり限られてしまいましたが、それでも「0」ではありません。次の機会までに、「改善(新米見学者的)」です。

連続5日間の記録があり、まだ全ての記録を詳細に確認出来ていません。また、高松市のしっかり整備されている「レンタサイクル」システムに助けられ、滞在先と2万トン級岸壁の往復がスムーズにゆきましたが、それでも幾度も行き来した事もあり、疲れがとれていません。数日休養し、『ふれあいフェスタin松阪』の記録と共に、落ち着いて綴ってゆきたいと思っております。

初めて訪れた高松の地にて、「伝説の巨人」とお逢いする事が出来ました(すみません。オマケの新米見学者のみで)が、慌ただしかった事、また、何の質問準備もしていなかった事もあり、お訊きしたい1/100に留まりました。非常に残念です。こちらをご覧戴いていた事も知り、恐縮しきりであります。再び、お目にかかれる、お話しさせて戴ける機会が訪れると信じて、「あのノート」に質問事項を列記しておきます。

投稿を「しめくくっている」ようですが、これから始まるのです。「最終目標」についてですが、今はまだ判りません。ですが、遥か大海原の彼方に蜃気楼のように見えています。新米見学者2年生的には、ようやく数日前に「スタートラインに立った!」のです。
by guardianvein | 2010-05-31 17:54 | 海上自衛隊へ行こう
(こちら『gvein(別館)』に追悼式のアクセスが多くなっております。先に投稿した『本館版』、『日報版』を一部修正し転載投稿致します。また、「当日分」として投稿致します)
平成22年5月29日、香川県は金刀比羅宮さんにて「第五十九回掃海殉職者追悼式」が執り行われました。当日、高松港2万トン級岸壁では、掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの一般公開、翌日には掃海母艦「ぶんご」さん一般公開、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの体験公開が行われました。
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快晴の高松港は2万トン級岸壁には、掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょうさん」、掃海艇「つきしま」さん。追悼式と同時刻に、こちらでは一般公開が行われていました。その為、追悼式終了後、即座に金刀比羅宮さん(琴平町)より戻ったのです。
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少し時間を戻して…追悼式終了直後の一場面。掃海殉職者顕彰碑は、金刀比羅宮さん「大門」が目の前に見える地点です。この風景…どこか…懐かしさを感じたのです。追悼式は午前11時より正午まででありました。快晴です。陽射しも強く、湿度は低かったものの、暑かったのです。如何に鍛えられている方々であっても、水分補給は大切です。金刀比羅宮さんの本宮は更に更に上に位置していますが、こちらの大門左手(の下)より「乗り合いバス」が運行しています。急ぎ、高松港へ戻らねばならなかったので、乗り合いバスに乗せて戴きました。乗り合いバスは予約制(席が空いていれば、その場でも乗車可能)で500円。「琴電琴平駅」とJR「琴平駅」から乗車できます。
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「こんぴらさん」に最も近い駅は、「ことでん」こと高松琴平電気鉄道株式会社さんの「琴電琴平駅」。数日前に、高松港玉藻防波堤にいらした、とても船に詳しいお方に「ことでんは京浜急行」と教えて戴いたのですが、全くその通り。懐かしい「けいきゅう」の顔と再会です(間もなく1000形は引退だそうです)。不思議ですね…琴平と横須賀は繋がっていたのです。
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車内を覗くと…まさに「けいきゅう」。そのままです。もしかしたら…自分も乗った事のある車輛かもしれません。かなりの確率で。何せ、京浜急行で通学していたのですから。とても不思議でした。そう云えば…「ことでん」きゃらくたーの「Iruca」ちゃん。スカレーちゃんのように可愛らしいキャラクター。「Iruca」ちゃんカード(こちらで云う、SuicaやPASMO)を買わなかった事を思いっきり後悔しています。
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ことでんにごとごと揺られ、高松へ戻り、2万トン級岸壁に着いたのは、午后2時50分。一般公開は16時までです。とても慌ただしい見学となってしまいました。昨年10月の平成21年度自衛隊観艦式週間以来の掃海母艦「ぶんご」さん上より、早くも高松港ご出航される掃海艇「あいしま」さんをお見送りしました。「あいしま」さんも、昨年の観艦式の際、横須賀にお越しでした。「あいしま」さんの背後(横)は、かの有名な「屋島」。『平家物語』は那須与一の「扇の的」の舞台ですね。今から825年前。歴史の「舞台」を初めて自分の目で見たのですが…21時頃に屋島方面を写真に撮ったりしていたのですが、やはり何処か…この世ならぬ気配のようなものを感じました。実際に自分が行かねば感じられない「空気」ですね。子どもの頃、よく小泉八雲や『雨月物語』を読んでいましたので、特別な思いで見ていました。
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係維機雷に興味を持ったお嬢ちゃん。時刻は15時59分。一般公開終了です。
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掃海母艦「ぶんご」さん後方より掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さん。翌日は体験航海が行われます。ふと、「ここは横須賀ではなかった…」と改めて思いました。瀬戸内海は本当に風光明媚で美しいです。
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時刻は16時半頃。せっかくですので、自衛艦旗降下の時刻まで、高松港で過ごす事にしました。それにしても、何と堂に入ったちびっこカメラマンのボク。その場所から縦位置で撮るとは…将来有望です。天才かもしれません。
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そして、翌日。体験航海午前の部より戻られた掃海艦「はちじょう」さん。お手伝いなさっているのは「ふぁるこん」号さん。掃海母艦「ぶんご」さんは一般公開をご担当です。海面警備ご担当は、「ぶんご」さん水中処分員の皆様。
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掃海母艦「ぶんご」さんの「窓」より水中処分員のお方が処分艇さんへ降りて来られました。「交代」のようです。この角度…長浦港にての掃海母艦「うらが」さんと掃海隊群司令部「水中処分班」の皆様を彷彿とさせました。
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体験航海午后の部にて、掃海艦「はちじょう」さんに乗せて戴きました。「はちじょう」さん艦橋より、「ぶんご」さん。掃海隊群司令である松本幸一郎海将補のお姿が見えます。
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「はちじょう」さん前方には、体験航海のお客さまが集中されていましたので、艦橋の窓より何とか…ぎりぎり…。松本群司令の双眼鏡のベルトは鮮やかな黄色なのですね。それぞれのお役職において色が異なるのですね。では、不肖新米見学者2年生、体験航海へ行って参ります。
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こちらは掃海艇「つきしま」さん水中処分員のお二方。先に「つきしま」さんご出航です。
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「つきしま」さんは「うわじま型掃海艇」さん。5月初旬に松阪港にて見学・体験航海に乗せて戴いた掃海艇「すがしま」さん、「のとじま」さん、「つのしま」さんとは少しお姿が異なります。
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「はちじょう」さんも満員ですが、「つきしま」さんも満員です。入出航時、私たち見学者は艦橋付近に居なくてはなりませんので、殊更「満員」ですね。
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「はちじょう」さんにて、らっぱの時間です。本日の名演奏は賀島さん。3曲ご披露。
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ようやく「はちじょう」さん水中処分員の皆様のところへ降りて来られたのですが…見学のお嬢ちゃんの記念撮影中でしたので、隠れていたのですが(何も隠れる事はないのですが)、時間はあっと云う間に過ぎてしまうもので、この1分後、「入港準備」となってしまったのです。艦橋に上がらねばなりません。
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艦橋に上がる直前の1枚。こちらには処分長さん。本当に時間ぎりぎり。
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間もなく着岸です。あっと云う間でした。松阪港と高松港での「体験航海」で判った事は、水中処分員の皆様もさまざまな作業をなさる、と云う事でした。とてもお忙しく。
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サンドレットが飛びました。「モヤイ」と云うそうですが、着岸の際、いきなり太いロープを投げるのでは非効率的。先に、サンドレットと細いロープが飛びます。『YOKOSUKA軍港めぐり』のお昼どき12時便にて、港の各所で練習なさっている際を見学出来ます。
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たらっぷが掛けられ…「到着」です。時刻は14時35分。出航は13時半ですから、1時間。あっと云う間でした。
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本当にあっと云う間でしたので、しばらく「はちじょう」さんを見学しようと思った時でした。元気いっぱいのボクが、仲良くおぢいちゃまと手を繋いでやって来ました。
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グリーンのボクも、じっと「はちじょう」さんを見ていました。高松港でも、元気いっぱい楽しげなちびっこたちの姿が強く印象に残りました。

幾度も「あっと云う間」と書いておりますが、本当に時間が経つのは早いのです。香川県より戻って、早くも1週間が経とうとしていますが、「掃海殉職者追悼式」の記録を幾度も見直しています。あまりにも遅まきながら知る事となった痛ましい歴史と「偉業」。海上自衛隊さん「水中処分員」の皆様がきっかけとなり、さまざまな行事、『YOKOSUKA軍港めぐり』にて海上自衛隊さんの見学を続けて、やっと2年。新たなる遅過ぎる「出発」です。「掃海殉職者追悼式」と「体験航海」。これからもさまざまな見学を通し、学ばねばならぬ事がたくさんあるのです。機会のある限り、見学・記録・勉強は続きます。
by guardianvein | 2010-05-30 05:59 | 海上自衛隊へ行こう
(先に投稿した『本館版』、『日報版』を転載致します。また、「当日」分として投稿致します)
生まれて初めて訪れた高松市。そして、金刀比羅宮さん。何故、突如高松?金刀比羅宮?その訳は…5月29日快晴の土曜日。金刀比羅宮さん境内にて、第五十九回掃海殉職者追悼式が執り行われました。新米見学者2年生、2008年8月より海上自衛隊さん「水中処分員」の皆様の見学記録をさせて戴いております。「機雷」「掃海」「海上交通の安全」。決して、遠い過去の出来事ではないのです。尊い人命が失われた痛ましい歴史と「偉業」。真夏を思わせる快晴のもと執り行われた追悼式の記録を投稿致します。
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真夏のような青空のもと、第五十九回掃海殉職者追悼式が始まります。美しい新緑に囲まれた「地」は、どこまでも白く、静けさに包まれていました。風に揺れる樹々の音、時折、鳥たちの啼き声、遠くに金刀比羅宮さんへ参拝される方々の声が聴こえて来ますが、「安息の地」であります。いつまでも、ここで過ごしていたいと思いました。
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美しいもみじの新緑に包まれた掃海殉職者顕彰碑に敬礼される海上自衛隊掃海隊群司令である松本幸一郎海将補。穏やかながらも厳粛な空気がぴんと張りつめた一瞬でありました。
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何処までも白く。これほどの白さを目にする事は殆どありません。俗世と隔絶された別世界。「白す」。「しらす」ではありません。「まをす」。「拝詞(おろがむことば)」の終わりは、「恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)」です。今から30年近く前、亡父の慰霊祭に出席した際を思い出しましたが、四天王寺は「白」ではなく、極彩の蓮の花(紙で模した蓮の花)が舞っていました。この「地」は、純白であります。
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呉よりお越しの掃海母艦「ぶんご」さんの「儀杖隊」の皆様。
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呉音楽隊の皆様の演奏と共に追悼の号砲が金刀比羅宮さんを擁する象頭山に響き渡ります。間近に居た事もありますが、振動で髪が震えました。
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掃海隊群司令・松本幸一郎海将補が献花されます。純白の菊の花を御列席の皆様が碑前に供えられます。
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美しい新緑に包まれた掃海殉職者顕彰碑。生い繁る緑が盛夏には照りつける陽射しから護り、秋には美しい紅葉で碑を飾る事でしょう。
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献花に続き、呉音楽隊の皆様の演奏となりました。「同期の桜」「海ゆかば」「軍艦マーチ」です。少し前から思っていたのですが、掃海殉職者追悼式を見学させて戴いたのは、勿論、今年が初めてです。初めてである筈なのに、いつか、何処かで見た、聴いたように思えるのです。子どもの頃に。父に連れられて…追悼式が進むにつれて、その思いは強くなりました。
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掃海殉職者顕彰碑前に祀られていた方々がお還りになられます。
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国旗が静かにおろされます。間もなく追悼式も終了です。
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快晴のもと、厳かに執り行われた第五十九回掃海殉職者追悼式終了となりました。
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追悼式終了後、掃海母艦「ぶんご」さん儀杖隊の皆様、掃海殉職者顕彰碑前にて。皆様、これより高松港は2万トン級岸壁へ戻られます。既に掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの一般公開が行われています。新米見学者2年生も急ぎ戻らねばなりません。金刀比羅宮さんから高松までは約1時間。正午を過ぎていました。いつまでも、ここに留まっていたいと思っていたのですが…
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前日(予行)の記録ですが、追悼式会場の「入口」には、掃海母艦「はやせ」さんの主錨が奉納されています。傍らの案内板より転載させて戴きます。

掃海母艦「はやせ」主錨の由来

 掃海母艦「はやせ」は昭和四十六年十一月六日、東京・石川島播磨重工で竣工、第一掃海隊群に所属し呉を母港として掃海部隊の旗艦となる。
 爾来海上自衛隊演習、機雷戦訓練、掃海特別訓練への参加は元より爆発性危険物の処分、北海道南西沖地震や阪神淡路大震災の災害派遣など多様な任務に即応し輝かしい成果を挙げて来た。
 特に湾岸戦争後、平成三年四月、国内外の要望に応えて自衛隊創設以来初めての国際貢献となるペルシャ湾掃海派遣部隊の旗艦となり、掃海艇「ひこしま」「ゆりしま」「あわしま」「さくしま」、補給艦「ときわ」と共に熱暑に耐え砂塵にまみれながら九十九日間におよぶ掃海作業に従事し被災国の復興に寄与した。その業績は海上自衛隊の名声を世界に知らしめ、以後我が国の国際平和維持活動の魁となった。
 ここに平成十四年二月十一日除籍された掃海母艦「はやせ」の三十一年有余に亘る勇姿を偲び、その功績を讃えるとともに業績を末永く後世に伝え、以て国際平和と海上交通の安全を祈念する象徴として主錨を奉納する。
 平成十六年六月五日吉日 琴平町 航啓会 はやせ乗組員一同

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掃海殉職者顕彰碑は、金刀比羅宮さん本宮へと繋がる階段を約三百段ほど昇ったところに位置しています。大門が見え始める頃。案内板が「標」となります。では…「標」より転載させて戴きます。

あ丶航路啓開隊
掃海殉職者顕彰碑建立の由来

 第二次大戦中、瀬戸内海及び日本近海には六万七千余個に及ぶ各種機雷が敷設され、昭和二十年(一九四五)八月の終戦時、日本周辺の主要航路、水路はことごとく塞がれていました。
 戦後これら残存機雷を除去し安全な海上交通を再開することが、国家再建の緊急業務となり旧海軍関係者は率先して航路啓開業務に従事しました。
 昭和二十七年までの六年有余に亘って主要な航路、八十余箇所の港湾や泊地など総面積五千平方キロに及ぶ海域が啓開され、我が国の産業経済の復興に大きく貢献しました。
 この間、航路啓開隊員は風浪寒暑と闘い、自らの危険を顧みず掃海や爆発物処理作業に挺身し、不幸にも七十九名が殉職しました。
 これら殉職隊員の偉業を永久に讃え、後世に伝えるため瀬戸内海国立公園観光事業促進協議会及び一府十県にわたる三十二港湾都市の市長らが発起人となり昭和二十七年六月、海にゆかりのここ金刀比羅宮境内に、当時の吉田茂首相の揮毫により「掃海殉職者顕彰碑」が建立され、以来毎年五月の最終土曜日に関係者及び有志相集い、碑前において嚴かに追悼式が執り行われ、今日に至っております。


失われた尊い七十九名もの方々の生命。何故、私たちは「歴史」の授業で教えられなかったのでしょうか。何故。もし、2008年8月2日に海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放『ヨコスカサマーフェスタ2008』へ行っていなかったとしたら?その後、『YOKOSUKA軍港めぐり』にも乗船していなかったとしたら?まだ、この悲しく痛ましい歴史を知らずに過ごしていた事でしょう。40歳を過ぎた頃になって、ようやく知った、いえ、知る為に、神奈川県から香川県へ。そして、石段を黙々と昇り、この地を訪れなければならなかったのです。海上自衛隊さん「水中処分員」の皆様を初めて知ってから、間もなく2年。新たなる遅過ぎる「出発(スタート)の日」であったのです。遠い昔の出来事ではないのです。海上交通の安全は確保されているとの事ですが、今もなお、残る機雷は約5,000。『YOKOSUKA軍港めぐり』にて、掃海母艦さん、掃海艦さん、掃海艇さんを間近で見学できます。改めて、遠い昔の出来事ではなく、今も続いている事を忘れてはならないのです。
by guardianvein | 2010-05-29 05:59 | 海上自衛隊へ行こう
生まれて初めて昇った「お山」。昨日は、金刀比羅宮さんへ行って参りました。本日土曜日に金刀比羅宮さん敷地内にて行われる第59回掃海殉職者追悼式の「予行」の日でした。また、本日土曜日は、サンポート高松2万トン級岸壁にて掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん、掃海艇「つきしま」さんの一般公開が行われます。その前日に向かった琴平。階段を杖を持たずに昇りました。300段ほどでしょうか。右手に「あ丶航路啓開隊 掃海殉職者顕彰碑建立の由来」と刻まれた立派な標と海上自衛隊呉地方総監部のお方のお姿が目に入りました。追悼式は右手坂を少し昇った処で行われると教えて戴き、真新しく敷かれた白い石の道を進みました。
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既に皆様、お集まりになられ、翌日の追悼式の「予行」が間もなく始まるようです。
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さまざまご準備をなさっておられますので、お邪魔にならぬよう見学です。
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こちらの木陰では、掃海母艦「ぶんご」さんの皆様が入念に打ち合わせをなさっています。「ぶんごさん儀杖隊」さんですね。
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幾度も幾度も練習・確認を繰り返されます。
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予行は二度行われました。掃海隊群司令もご到着になられ、再び予行が行われます。皆様、「たてつけ」と仰られていました。
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中央の立派な石碑が「掃海殉職者顕彰碑」であります。左手より「ぶんごさん儀杖隊」さん、右手には掃海艦「はちじょう」さんの皆様。記録の写真は多くありますが、本日も早くに出発しなくてはなりません。短い投稿となりますが、速報の速報にて。
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『りぶろ』へ国旗掲揚の記録を投稿致しました。こちらでは静かに国旗のおろされる際の記録を。厳粛な数時間でありました。とても悲しくなりました。痛ましい歴史です。さまざまな思いを胸に、追悼式予行終了後、更に石段を昇り、金刀比羅宮さんの本宮を目指しました。768段。次第に階段の勾配は急になり、休み休みでないと昇れません。また、金刀比羅宮さんのご案内のお方が、大勢の参拝の方々と一緒に昇って来られましたが、その際、「階段がきつくなって来ましたね。でも、頑張って昇りましょう!皆さんも大変ですが、クレーンなどない時代に、この階段を造った人々の事を思いましょう。さあ、頑張って!」と励ましておられました。
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ようやく辿り着いた本宮の渡り廊下に吸い寄せられました。この木目…掃海艦さん、掃海艇さんを思い出したのです。しばらく、ここを離れられませんでした。
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その時でした。航空機さんの音が近づいて来ましたので、上空を見上げると…「あ!」。昨年の観艦式の際、お目にかかりましたよ!「再会」です。金刀比羅宮さん本宮前にて再会です。とても不思議でした。
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そして、768段を降り、ようやく高松駅へ戻った頃には、19時を過ぎていました。駅前地下にて自転車をレンタル申し込み。2万トン級岸壁へ着いたのは、19時半頃でした。既に、「ぶんご」さんで行われていたレセプションは終了し、大勢のお客さまが帰られるところでした。「螢の光」の演奏が聴こえました。光りあふれる「ぶんご」さんと「はちじょう」さん、そして、美しい高松の街の夜景。
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夜の「はちじょう」さん。昨夜より電灯艦飾が始まりました。
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手の届く距離に「ぶんご」さん。ぴったり寄ってみました。鋼の光沢が見事です。
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「はちじょう」さんのお隣には、第42掃海隊の掃海艇「つきしま」さん。昨日、高松港にご到着になられました。
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電灯艦飾なさっている掃海艇「あいしま」さんのお姿も見えました。昨夜も風が冷たかったのですが、そのおかげですね。電灯艦飾が大変明瞭でありました。

午前1時を過ぎてしまいました。あと数時間で、再び出発です。
by guardianvein | 2010-05-29 01:22 | 海上自衛隊へ行こう
突如、高松港へやって来たかのように思えるでしょうが、新米見学者的熟考の道筋。判らない…判らない…が続き、「自分が判らない事に自分で自分を振り回し振り回されている」と云う事に気付き、では、どうしたら?純粋に記録を綴る。「原点」。高松港へ行くに当たり、二重に判らない=×四倍の状況。直前まで悩み、「掃海殉職者追悼行事関連 海上自衛隊艦艇一般公開、体験航海」へと向かう事としました。本当に直前まで考えに考えました。
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美しい満月と夜の青空のもとに第51掃海隊・掃海艦「はちじょう」さん。昨日は、到底5月下旬とは思えぬ寒さでした。滞在先のおばちゃんに年代物の自転車をお借りして、ぎこぎここぐ事、約10分。早朝よりサンポート高松(高松港)2万トン級岸壁の更に先、玉藻防波堤先端に粘る事、約7時間。煙草に火がつけられない(携帯灰皿持参)ほどの冷たい北風がずっと吹き付けていました。最も早くにご到着になられたのは、掃海母艦「ぶんご」さん。続いて、掃海艇「あいしま」さん。そして、掃海艦「はちじょう」さん。早朝より約7時間も粘れたのは、周囲に大変経験豊富で専門知識あふれる方々が多くいらした事が大きかったです。が、あまりの寒さに、「はちじょう」さんがご到着になれて約1時間ほどで、一旦、滞在先に戻りました。2時間ほど気絶。はっと目が覚め、再び、自転車をぎこぎここぎ、2万トン級岸壁へ。既に完全に夜。ですが、掃海艦さん、掃海母艦さんの「夜」を記録したかったのです。夕方、電灯艦飾のご準備をされていましたが、本日は点灯はなかったようです。電灯艦飾はされなくとも、十分、電灯艦飾です。ようやく、記録する事が出来た掃海艦さんの「夜」です。あ、「はちじょう」さんたらっぷの傍らの自転車は、「はちじょう号」さんです。
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「はちじょう」さん、「不夜城」ですね。間近で、夜の掃海艦さんを記録出来たのは、初めてです。時刻は21時に近づいていましたが、高松港は各島を繋ぐフェリーが行き交っていました。「はちじょう」さん先端(背景ですが)に小さく写っている観覧車は、本屋さんの屋上にあるのだそうです。
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呉よりお越しの掃海母艦「ぶんご」さん(もしかして…直接、呉よりお越しではなかったかもしれませんが)と満月。薄雲と飛行機雲がかかっていますが、雲がかかっていた方が良いです。でないと、「光点」のみになってしまうので…。「ぶんご」さんでは、翌日のご準備が整えられ、後方には機雷が置かれています。
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「地上」から撮ると機雷は見えないのですが…「ぶんご」さんと「はちじょう」さんと月。その間に屋島の夜景。美しいですし、何より、艦艇さんがたの間近にいられる事は滅多にありませんので…
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実際に手の届く距離に「はちじょう」さん。幾度も書いていますが、完璧なライティング。ですが、ここは撮影所でも、映画の屋外セットでもありません。撮影の為に創りだされたのではなく、実践の装備です。右上に少しだけ写っている青い箱は、高松港のシンボルタワーのてっぺん。
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時刻は21時に近づいていましたが、「はちじょう」さんの皆様、日中と変わらず作業をなさっていました。フラッシュばしゃーッで撮りたくなかったので、作業をなさっている皆様が「流線」になってしまいましたが…
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「ぶんご」さん付近は、とても静かでしたが、「はちじょう」さんの皆様は、作業をなさっていましたので、ずっと見学していました。が。夜の港に真っ黒ずくめのアヤシい風体が凝視している様は、真実怪しかったと思います。あの…いつも、『YOKOSUKA軍港めぐり』にて見学している者ですが…それも、十分怪しいのかもしれません。乗船回数が多いので。いずれにしても、怪しいに変わりはありませんでした。すみません。カメラのバッテリが切れた事で、やむなく滞在先に戻ろうとしていた時でした。「はちじょう」さん水中処分員の橘さんとお話しする事が出来、これまで判らなかった事(皆様のご所属です)が一気に判りました。ようやくようやく辿り着きました。やっとです…安堵しました。新米見学者2年生、風体は怪しいですが、ストーカーではありません。執念深く高松まで追いかけてきたのではなく(実際には、横浜・横須賀から訪れてはいますが)、判らない事を正当に適正に確認しようとすると、一つ一つ、確実に(一般公開や体験航海)…となると、このようにしなくてはならないのです。今回、高松に訪れる際に準備した事も、実際には「該当せず」であったのです。ほぼ判っていたつもりでも、ほぼ全て「間違っていた」のです。恐ろしい事です。そのまま見学・記録・投稿を続けていたら、全て「間違い」のまま進んでしまう事になっていたのです。「想定しての行動」の危うさを痛感しました。

【追記】「ほぼ全てが間違っていた」のは、第51掃海隊・掃海艦さん水中処分員の皆様の「それぞれのご所属」です。「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さん、いずれの掃海艦さんにご所属であるのかが「想定」と全く異なっていたのです。まさに「大トリの難関」でした。ですが、全て判りました。ようやく判ったのです。

今回、高松を訪れたのは、確認の為だけではありません。本日(金曜日)は、階段昇り切れるか不安ですが、金刀比羅宮さんへ行こうと思っています。琴平へ向かう道中は、昨年8月15日に熊谷で購入した隈部五夫氏の『機雷掃海戦』を読み返そうと思っています。

掃海艦「はちじょう」さん、掃海母艦「ぶんご」さんの一般公開は5月29日(土)です。「ぶんご」さんは30日も一般公開されるそうです。「はちじょう」さんの体験航海は30日(日)。「つきしま」さんは、本日、高松港にはお越しになられませんでした。
by guardianvein | 2010-05-28 02:52 | 海上自衛隊へ行こう
印刷作業を集中的に行っておりましたので、再び、各ブログが停止気味になっておりますが…300枚近い「紙焼き」を作成する過程で、幾つもの「え?」がありました。幾度も幾度も画像を確認しているつもりでも、その時々において違う視点で再確認すると、これまで気付かなかった事が見えて来ます。何とか印刷作業も完了出来そうです。こちら『gvein(別館)』が休刊状態になっておりましたので、作成出来た画像にて投稿します。今回も駆け足投稿です。前週『YOKOSUKA軍港めぐり』にて、海上自衛隊掃海隊群第51掃海隊掃海艦「つしま」さん水中処分員の皆様。
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長浦港より長い直線を出て来られた掃海艦さん水中処分員の皆様。ご所属を記載したいのですが、まだ「確認」出来ておりません。昨年の誤認・誤記を繰り返さない為にも、今はまだ明記出来ません。「だいちのはな」を過ぎ、吾妻島の「端」へ…一見、海は穏やかに見えますが、この直後、処分艇さんが突如大きく跳ね上がります。音が聴こえたような気がしました。「ざばッ!」。いえ…もっと鈍い音だったかもしれません。何処に、そのような波(塊)があったのでしょう…海は謎です。
【20100603追記】第51掃海隊・掃海艦「つしま」さん水中処分員の皆様と確認できました。投稿修正致します。
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皆様と東北防波堤と赤灯台以外、何も存在しない海原。この世の果てのようです。対岸の千葉県が全く見えません。
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波に埋もれるようにして、皆様進まれます。ここでようやく東京湾に船。防波堤に砕ける波が風に飛んでいますね。この日も強風でした。しかも、この後、雨が降り始めます。本当に今年の春は雨が多いです。今日もまるで、梅雨の終わりのような雨の降り方です。まだ、梅雨にも入っていないと云うのに。昨夜、ウェザーニュースさんの雨雲レーダーを見ていたのですが、台湾から日本列島まで、雨雲が連なっていました。
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早くも次14時便吾妻島前。皆様、「ひたすら漕ぐ」をなさっています。昨年は、『ヨコスカサマーフェスタ2009』の1週間内のみ、「ただ、ひたすらに漕ぐ」の記録が存在します。今年に入ってより、「ひたすらに漕ぐ」をなさっている際を見学したのは、三度目です。横須賀水中処分隊の皆様、「のとじま」さんの皆様、そして、第51掃海隊・掃海艦「つしま」さんの皆様。「ひたすら漕ぐ」競技会が行われるそうですね。筋金気合い入りの競技会だそうです。是非見学したいのですが、気迫に押されそうです。
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アイクル・はこざき前。海は、とても穏やかに見えますね…「ひたすら漕ぐ」(専門用語が判りません…)競技会で競う距離は、どれほどであるのでしょう。
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螢光オレンジのブイは、こちらの場面の直前に処分艇さんより海へ。まだ、新米見学者は、ブイの本当の「意味」を理解出来ていません。
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「ひたすら漕ぐ」訓練から、次の段階へ…に見えましたが、この日、皆様がどのような訓練をなさるのかは、全く判りません。唯一判ったのは、「ひたすら漕ぐ」です。「ひたすら漕ぐ」に競技会が行われる、と云う事が今年5月に唯一明快に判った事です。画期的第一歩です。
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ここで、最も近い距離となりました。とても海が穏やかに見えます。今となっては、記憶が混乱し、この日の状況がはっきり思い出せません。確か…かなりの強風であった筈なのです。しかも、気温は低め。寒かった筈です。
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いつも記録を確認して戸惑うのは、螢光オレンジブイの位置です。しばらく写っていないのです。そして、突如、画角に入って来る。消えたり現れたりしているようにさえ思えます。いつも謎だらけです。reflexで寄っているからフレームアウトしているだけでは?確かにそれもあると思いますが、reflexと云えども、吾妻島前は遠いのです。投稿の際、トリミングをしているので、常にこの距離で見えているように思えるのですが、実際にはもっと「引き」です。
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オレンジブイ回収でしょうか…
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続いて、「無記名トリプレーン」。そして、やはり判らない編まれたロープの出現。オレンジブイに繋がっていた?では、その前には…アイクル前では、この編まれたロープは見えていなかったのです。謎です。いつも謎だらけです。手品を見ている感覚に陥ります。
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何故に、ロープは1本ではなく、編まれているのでしょう。しかも、どのように編まれるのでしょう。何故に編むのでしょう。1年以上経っても、謎だらけです。
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「謎の小さな遺跡」の筈が、台座に乗って大きな遺跡。編まれたロープは「終点」のようです。
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いえ…「終点」ではなく、その先に、まだ何かあるようです。
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ご準備が続いているようですが…赤よこすか8と小さな赤い旗が入って来ました。赤よこすか8は判りましたが、小さな赤い旗は相変わらず判りません。
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次々と「吾妻島前的ランドマーク」が入って来ます。見学終盤の合図です。灯浮標も二つ。赤い旗も二つ。神社仏閣風東屋は一つ。
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しっかり記録出来ていますね。この段階まで来ると、かなり距離が開いていますので、殆ど見えていない状態になるのですが。
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皆様のご準備は続き、赤い小さな旗がずっと入り続けていますね…赤い旗と云う事は「危険」の標ですよね…
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新米見学者的洋上の謎。皆様と赤よこすか6の位置は変わっていないのに、何故、小さな赤い旗列がはこざきのはこに変わっているのでしょう。本当に洋上の距離感と云うか、方向感覚が未だに把握出来ません。足りない頭で無理に理解しようと思わず、あるがまま、見たままに「認識」すれば良いのかもしれませんが。「深く考えず、こうなのだと現状肯定方式」を採用。ですが、理解したいと思ってしまうのです。ふと思い出したのは、全く関係ないとは思いますが、画像の解像度。web上で使用する画像の解像度は「72」。全て「72」。印刷する場合は、最低でも「300」。最初、この「72」が理解出来ませんでした。かれこれ10年以上前の事。2000年以前だと思います。97年ぐらい。何故、「72」なのか。当時の職場の同僚(デザイン的先輩)に訪ねたところ、「72ったら72」。「何で72?」。「だから、72。webで使う画像は72。だから、72が基準。深く考えない」。押し切られた感じですが。未だに何故、「中途半端に72」なのか判っていません。判らなくても問題ない事は判ったのです。しかし、判らなくても良い事はたくさんありますが、判った方が良い場合もあります。吾妻島前での水中処分員・潜水員の皆様の見学・記録において、多くの「判らない」「謎」「不思議」が存在しますが、昨日、手にとった本に、「答」と云うよりも…「助け」がありました。これまで、幾度も読んでいるのですが、『寺田寅彦随筆集』の第二巻の『金曜日』に…

 昼食後に研究所の屋上へ上がって武蔵野の秋をながめながら、それにしてももう一ぺん金曜日の不思議をよく考え直してみなければならぬと思うのである。

寺田氏の随筆集と吾妻島前の見学記録を幾度も確認する上で重なる事柄が多く、また、そこかしこに「不思議」「謎」の記述が点在する事に、改めて今の自分を重ねてみたり。「原点」。第二巻は、ずっと家の中で行方不明になっていると思っていたのですが、昨日、本棚にちゃんと収納されていた事に気付いたのも、「不思議」でした。あと、柳田国男氏と混同してしまっていた「ジャン」。柳田氏の著作を幾度も読み返しても出て来ない…それが突如(実は突如ではないのかもしれません)、昨日、本棚にしっかり収納されていた第二巻にありました。このところ、ずっと気になっていた「ジャン」。やっと読み返す事が出来ました。

今朝は長くなっていますね。数日間、第51掃海隊の皆様の記録を集中的に確認しておりましたので、こちらの投稿が止まってしまっていましたが、寺田氏の仰る通り、「一つの鎖で繋がっている」のです。ちなみに、『金曜日』の次は『地震国防』。物々しい題名ですが、その通り。「恐ろしい強敵」。雨が続くと、地震を思い出すのです。何故だか判りませんが。
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一転、快晴の横須賀本港。美しい薔薇と潜水艦さん。イエロー・サブマリン。先週は、とても賑やかな1週間でありました。韓国国防大学の皆様と『YOKOSUKA軍港めぐり』にて、少しだけお話しした事(お話ししたのは、「Captain」さんでしたが)、オーストラリア海軍さんのニューカッスルさんにようやく一昨日お目にかかれた事などなど、「世界と繋がる横須賀の港」を再確認したのですが、そこでふと思い出した事がありました。丁度、夕刊に高田屋嘉兵衛氏の記事があったからかもしれません。高田屋嘉兵衛氏と云えば…「おろしや」。「ロシア」なのに、「おろしや?」。丁寧に「御」を付けたのではなく、ロシア人の発音そのままを忠実に再現していると思うのです。現在、日本では「ロシア」とカタカナ表記していますが、機会があれば、ロシアのお方が発音されているのを聴くと、よく判ります。明瞭に「ロシア」とは云わない筈です。「ぅろしゃ」「ぉろしゃ」と聴こえるでしょう。「ぅるしゃ」「ぉるしゃ」かも。でも、私たちが「ぅろしゃ」と云ったら、違和感ありますよね…。「ロシア」が定着していますものね。「ロシヤ」の方がいいかも(Яは「や」なので)。かなり話が反れて来た気がしますが…あと、ニュースなどで「ウラジオストック」もしくは「ウラジオストク」と云われる(表記)される港。実際には、「ウラジヴァストーク」です。「y(u)」ではなく、「b(v)」なのに、何故「ウラジ」なんでしょうね(記憶違いをしていたので確認しました)。「ヴァストーク」は「東」(こちらは同じ「b」でも、何故「ヴ」??)。「ウラジ」は「占有」「領有」「支配」。ウラジミールさんと云うお名前を分解すると、「ウラジ」と「ミール」。「ミール」は「平和・世界」。ちなみに「ザーパット」は「西」。南は「ユーク」。北は「セーヴェル」。突然、「露西亜」の話題になっていますが、機雷を見ると…「露西亜」も思い出すのです(ロシア語が少しだけ判るのは、子どもの頃から、ボリショイバレエが大好きであったからです。綺麗なお姉さんがたくさん)。
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花と機雷。掃海隊群司令部「水中処分班」のお方と掃海隊群第51掃海隊のお方と機雷。「ツノ」のある機雷を初めて目にした日でもありました。昨年6月3日の記録です。また、三笠公園にて記念艦「みかさ」さんを見学した際、甲板にて日露戦争時の機雷を初めて目にしました。走水神社にも日露戦争時の機雷が保存されていますね。横須賀と機雷。機雷と露西亜。さまざま繋がる「横須賀の港」。
by guardianvein | 2010-05-24 08:08 | ┣EOD JAPAN is...
またも雨に降られてしまい、また、ここ数日、少々喘息気味で息苦しく(この時期、低気圧が近づくと息苦しくなるのです)熟睡出来ていないので、疲れております。各ブログ投稿したのですが、今夜は早めに休みます。横になると息苦しくはなるのですが、少し横になりたいので…では、駆け足の速報です。昨日の『YOKOSUKA軍港めぐり』より、こちら『gvein(別館)』版構成速報にて。本当に短いのですが。これまでの数々の場面が繋がった日でもありました。新米見学者的「不思議な符合」です。
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昨日、吾妻島前へ訓練に出て来られたのは、掃海隊群第51掃海隊水中処分員の皆様。
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またも、かなり引いていますが。螢光オレンジのブイが入っていないとならないと思いましたので…小雨の降る曇天、しかも強風でしたが、写真的失敗をかなり抑えられましたので、記録枚数が多いです。
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吾妻島前見学終盤。こちらの場面を見て、瞬時に思い出した日の記録がありました。また、「解答」が得られるかもしれない、との「希望」を持ったのですが…画像を確認し、「…ない…真っ白」。
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瞬時に思い出したのは、この日の記録です。昨年9月9日。天候も、昨日とほぼ同じです。520pixに縮めてしまうと、殆ど見えないかもしれませんが。昨日の吾妻島前にて、「フラッシュバック」が起きました。記録を確認し、また、昨年9月9日の記録を再確認し、驚きました。大げさでなく。この日…
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東北防波堤付近に「ひゅうが」さんがいらしたのです。そして、昨日…
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東北防波堤付近に「ひゅうが」さんがいらしたのです。「ひゅうが」さんの先端より、水が瀧のように流れ続けていました。飛行甲板後方には、陸上自衛隊中央即応集団の第1ヘリコプター団・第1輸送ヘリコプター群のチヌークさん。4cutの写真は、昨日と昨年9月9日を交互に並べています。「白いトリプレーン(で、間違えありませんか?)」と「東北防波堤のひゅうが」さん。第51掃海隊水中処分員の皆様の記録は、見学している際に瞬時に思い出した(繋がった)のですが、改めて帰宅後、昨年9月の記録を確認し、「ひゅうが」さんが東北防波堤にいらした事が判り、驚いたのです。「符合」は、それだけではありません。連続します。大作投稿したいのですが、喘息気味で寝不足と云う事もあり(起きていると息苦しさが緩和されますが、視界がふらふらします)、駆け足にて。
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「adzuma west ride」も、しっかり記録出来ています。この場面、引き(元画像)を見ると、とある「位置」が合致しています。これも、スゴい事なのですが。13時便の「adzuma west ride」、新米見学者、必死でした。この時、猛烈な向かい風と闘っていました。カメラを構えたまま、動けませんでした。南からの強風の日は、長浦港直線は呼吸困難になるほどの向かい風となります。「ride」は、皆様、高速で走り抜けてゆかれます。この日は雨降り曇天。まともに記録出来るかどうか、の上に強烈な向かい風でありました。ですが、しっかり記録出来ていました。良かったです。この直前には圧巻の場面があり、数分間、テンションが上がり切っていた直後に猛烈な向かい風で、何もかも吹き飛びそうでした。
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圧巻の「ひゅうが」さん入港であります。大型曳船YT95号さん、YT67号さん、YT74号さんの見事さを間近で見学する事となりました。「ひゅうが」さんは、あまりに大きく、引き切れませんでした。2Fデッキのおぢさまがた、完全に「少年」に戻り、「すげー!ほんとにすげー!」と連呼でした。チヌークさんが横須賀本港にいらした際を目にしたのは、昨日が初めてです。これまでも上空を通られる際は幾度も目にしていましたが…しっかり、「エンブレム」が見えました。その後の記録もしっかり出来ていますので、『日報』へ投稿しますね。

さて…ここのところ、本当に各所、駆け足投稿の連続となっているのが、とても気がかりですが、記録先行が続いています。いつものように週末にかけて、多数投稿出来ると良いのですが…
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長浦港にて、油船YO36号さん。横須賀港務隊の皆様は、『YOKOSUKA軍港めぐり』にて最も見学機会の多い方々です。さまざまなお仕事をなさっていて、いつもお忙しそうにされています。
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いつもOh!最高!の運貨船YL13号さんの皆様、ここのところ、お目にかかれず残念です。こちらも昨年9月9日の記録です。今夜の投稿は、昨日と昨年9月9日の記録にて構成しています。昨日は、さまざま「不思議な符合」があったのですが、こちらは「新米見学者的」に、です。
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横須賀にいらっしゃる水中処分員の皆様、潜水員の皆様の記録を「site的」に綴る『ver.YB』(Yahooブログ)のヘッダ。Yahooブログは、ラブリーなデザインが多かったのですが、突如、「INDUSTRIAL DIVERS」の皆様に近しいヘッダが登場した為、即座に変更しました。「鉄塔」。確か…先週に変更したと思うのですが、昨日、汐入桟橋より撮った写真は…
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「鉄塔」。「パクり」と云われても致し方のない、ですが、よもや、ほぼ同じ「画角」を記録する事となるとは思いませんでした(パクろうにも、パクりづらいと思いますが)。こちらも「不思議な符合」でした。東京電力さんの皆様であると思うのですが、ロープ?ケーブル?が、吾妻島前の水中処分員の皆様、潜水員の皆様を彷彿とさせます。「陸の横須賀消磁所」のような。まだ、海の中での訓練を実際に見学出来た事はありませんが、自分がとてもとても深い海の底から、水中処分員の皆様、潜水員の皆様の訓練を見学している(見上げている)、そのように勝手に思ったのでした。

さて…では、少し休みます。梅雨前〜梅雨時期、秋の台風シーズンには、喘息が出易いです。疲れが蓄積すると余計に出易いので、今夜はこれにて「休養」です。

私事ですが、10分ほど前、窓越しにアライグマと目が合ってしまいました。深夜にアライグマとご対面するとは思ってもいませんでした。物音がするので、少しだけ開けてある窓を見ると(網戸越し距離1mほど)、アライグマが部屋を覗き込んでいました。
by guardianvein | 2010-05-20 01:36 | ┣EOD JAPAN is...
先に『日報』へ投稿しましたが、昨日の『YOKOSUKA軍港めぐり』14時便、急遽コース変更となりました。その為、吾妻島前を通過したのは、通常より約15分遅れの「逆走」となりました。また、記録を確認したところ、とても多くの船が行き来していた事が判りました。
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13時便、長浦港より出て来られた掃海隊群第51掃海隊の水中処分員の皆様。既に、この時点で一隻通過します。
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「吾妻東」の横須賀本港方面からは、潜水医学実験隊の皆様が出て来られます。
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「adzuma west ride」。こちらの第51掃海隊の皆様の「ride」は、新年度より初の記録となりました。13時便は通常の時間経過であります。
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かなりの強風でありましたが、快晴です。眩しく波しぶきを上げて出てゆかれます。
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第51掃海隊の水中処分員の皆様、吾妻島前にご到着です。
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前方からは、潜水医学実験隊の皆様も吾妻島前へご到着です。
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第51掃海隊の水中処分員の皆様と潜水医学実験隊の皆様、訓練をご一緒されるのでしょうか…と思いつつ、13時便吾妻島前見学は終了…
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昨日、長浦港にいらしたのは、掃海艦「つしま」さん。第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「はちじょう」さん、掃海母艦「うらが」さん、第41掃海隊の掃海艇「すがしま」さん、「のとじま」さん、「つのしま」さんはお留守です。横須賀本港には水中処分母船YDT03号さんがおいででした。
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12時便での事です。韓国国防大学の学生さんが大勢乗船になられていました。皆様、とても熱心に見学されていました。ご案内を各国語同時に行う事は出来ませんが、丁度、「つしま」さん前を通過する際、「今後は、FRP素材の…」と、瀧元嬢がご案内した際、皆様口々に「FRP」「FRP」と仰っていた事が、とても強く印象に残っています。皆様、掃海艦さんをとても熱心に見学されていた事が…
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最も右にいらっしゃる「Captain」さんと少しだけお話しをしました。水玉蝶ネクタイがおしゃれですね。これより韓国の国防を担う皆様。とてもご熱心に見学されていました。ハングルが殆ど判らず残念ですが、皆様、さまざま意見を述べられているように思いました。
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そして、逆回転『YOKOSUKA軍港めぐり』となった14時便。新井掘割水路を先に通過します。皆様、機雷桟橋に戻って来た「機雷」を一斉にご見学中です。
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先に新井掘割水路を通った訳は…横須賀本港入口地点にて、護衛艦「いかづち」さん、米海軍さん「ステザム」さんの入出港が同時であった為です。大型曳船YT74号さん、95号さんがお手伝いなさっています。
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吾妻島前にて訓練なさっていた第51掃海隊の水中処分員の皆様、潜水医学実験隊の皆様は、この時間帯に『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend V号さんがやって来る、「逆方向」に、とは思っていらっしゃらなかったと思います。
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潜水医学実験隊の皆様。殆どの方々が、まだ海の中でした。
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皆様にとっても「!?」であった事と思いますが、見学者にも初めての事でした。4月1日に暴風に近い強風の為、吾妻島前を往復するコース変更がありましたが、その際は、第41掃海隊の皆様は吾妻島前では訓練なさっていませんでした(14時便は強風の為、欠航)。
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昨日も4月1日に匹敵する強風でありました。海面付近の海水が細かいしぶきとなって飛んで来る強風でした。
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潜水医学実験隊の皆様、第51掃海隊水中処分員の皆様。
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第51掃海隊水中処分員の皆様の後ろ(横)を「吾妻丸」さんが通られます。
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続いて、「すばる」さんが通られます。このあたりから、多くの船が行き交います。
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潜水医学実験隊の皆様の後ろを「天城丸」さん、「すばる」さんが通られます。とても慌ただしく行き交っていた事が判りました。

駆け足の速報にての投稿です。強風の日は、風に追い立てられるように時間が過ぎてゆくように思います。特に、昨日はさまざまな出来事がありました。韓国からお越しの韓国国防大学の皆様、中国よりお越しの観光客の皆様、鹿嶋市よりお越しの団体のお客さま…平日ながら、非常に大勢の方々が乗船されていました。「さわかぜ」さんの皆様の記録、「ひゅうが」さんの皆様、戻って来られた「きりしま」さんの皆様の記録、『日報』へ投稿しますね。実は…昨日、ダイエーさんのロッカーに思いっきり忘れ物をしてしまい、今日も横須賀へ行かねばならなくなりました…
by guardianvein | 2010-05-19 00:26 | ┣INDUSTRIAL DIVERS
こちら『gvein(別館)』の投稿が数日止まっておりますが、さまざま細かい作業をしています。昨日は、『りぶろ』を集中投稿。『ver.YB』も地道に連日投稿中です。
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開設から約1ヶ月半が経過した、『ver.YB』。まだまだ模索・構築中ですが、徐々に流れが出来つつあります。こちら『gvein(別館)』をはじめ、各exciteブログは、速報性。『ver.YB』のYahooブログは、「記録室的(site構成に近い)」。役割分担をして、より良い記録の形を模索・構築中。2月より記録先行状態が続いておりますが、5月は更に慌ただしく過ぎてゆくかもしれません。ですが、投稿は渋滞気味でも、記録は渋滞していません。記録できるだけ記録。デジタルカメラの時代でなければ、ここまで記録する事は難しかったでしょう。リバーサルのフィルムは高かった…ネガフィルムでも良いのですが、出来ればリバーサルのフィルムが良いので。時折…フィルムの質感が懐かしく思えますが、デジタルカメラでも、設定次第ではフィルムの質感に近い写真が撮れます。設定次第。どんなに優秀なカメラでも、その性能(個性)を生かし切らない撮り方は、カメラが可哀想。ちなみに新米見学者のカメラさんたちは、かれこれ4,5年生。最新の最上位機種ではありません。と、今夜は、ブログ構成・写真的な投稿になっておりますが。ここ『gvein(別館)』が数日休刊となっているのが気になりましたので…
by guardianvein | 2010-05-18 00:29 | 試験
(追記:5月13日午前中の最新投稿日付を5月12日分へ変更しました。『ふれあいフェスタin松阪』の投稿は続いていた方が良いと思いましたので)
今夜も駆け足にて。本日の『YOKOSUKA軍港めぐり』にての吾妻島前見学記録を中心に。少々疲れが蓄積しているようで、少し早めに休む事とします。無理しても、作業効率が宜しくないので…では、駆け足ですが、正確に時間を追っての構成です。
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訓練に出て来られた順に。吾妻島前に最も早くに出て来られたのは、横須賀地方隊第41掃海隊・掃海艇「のとじま」さんteam EODの皆様。「のとじま」さんteam EODの皆様、最初の記録を彷彿とさせるpower station前(アイクルのすぐお隣がpower stationです)。点々と赤い小さな旗が並んでいますが…アイクル前の「続き」なのでしょうか?
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明るく撮り過ぎたかもしれません。タンクエリア入江前を通過され…
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早速、ご準備が始まります。本日は、北東の風が強かったように思ったのですが、吾妻島前、とても穏やかですね。記録もしっかり撮れています。それにしても…沼のようですね。真緑色の海。
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今夜も駆け足ですので、あっと云う間に振り返り「謎の小さな遺跡」。ご準備が続いているようです。海は平坦。ぺったりしています。これが5月の吾妻島前。鏡のように穏やかになるのです。再び、寒気が降りて来てはいるのですが。
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引き。点々と洋上に「ランドマーク」。赤い小さな旗が1つ増えているように思えますが…こちらの旗、吾妻島前での水中処分員の皆様の訓練と関わりはあるのでしょうか…
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長浦港より掃海隊群司令部「水中処分班」の皆様、整然と出て来られました。
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陣形、変化。
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黄金等間隔にて、掃海母艦「うらが」さん地点。午前11時便では、昨日戻られた掃海母艦「うらが」さん地点にて、大変大勢の方々がお集りになられ、水中処分班の皆様もいらした、と『YOKOSUKA軍港めぐり』のスタッフさんよりお聞きしました。11時便には乗船出来ませんでしたので、残念でありました。
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既に、カメラがreflexと300でしたので、引き切れず。第二陣、第三陣の皆様。次14時便では、水中処分班の殆どの方々が海の中にて訓練なさっていますので、「ride」をしっかり記録しておかないとならないのです。
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駆け足ですので、早くも14時便吾妻島前。補給艦「はまな」さんが悠然と横須賀本港を目指して進まれています。初めてお目にかかりました。佐世保よりお越しですね。赤よこすか6or8の中程に処分艇さんのお姿。さすがにこの距離では、どちらの方々か判らないのですが…
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斜め直列。吾妻島岸壁側より横須賀警備隊「横須賀水中処分隊」の皆様…中央のお留守の処分艇さんは…横須賀水中処分隊さんでしょうか?最も近いところにいらっしゃるのは、水中処分班のお二方と処分艇さん3隻。この時、吾妻島前には、8隻の処分艇さん。これは大変…掃海艇「のとじま」さんの皆様、「水中処分班」の皆様、横須賀水中処分隊の皆様が訓練に出て来られていました。
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水中処分班の多くの方々が海の中ですね。
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全ての地点が同時進行。漂着の砂浜にて、初めての「光景」が…泳いで砂浜へ向かわれ上陸。「上陸」は、この約1年半の記録中、「初」です。
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赤白の…「棒」と記述するのは、正しいとは云えませんね…何と云う名称なのでしょう。漂着の砂浜より持ち帰られました。
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最も早くに吾妻島前に出て来られた「のとじま」さんteam EODの皆様。海から上がって来られた瞬間。
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砂浜前は横須賀水中処分隊の皆様ですね。この日、最も距離が近かったのは、「のとじま」さんの皆様。reflexでなくとも、肉眼で見える距離でした。
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全地点同時進行ですので、約8分間で、皆様に追いつかなくてはなりません。計算上では、それぞれ約1分。ですが、時間割では記録出来ません。こちらは、横須賀水中処分隊の皆様。
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「のとじま」さんの皆様。交互にカメラを振ります。時として、全ての方々に追いつけない事もあります。
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砂浜前にいらした横須賀水中処分隊の皆様も動かれましたね。
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気付くと、吾妻島前に点在していた横須賀水中処分隊の皆様、「集結」です。
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銀色マシンの水中処分班の皆様、あっと云う間に最も遠くなってしまいましたね…「のとじま」さんの皆様は、まだやや近い(と云っても、reflex的に)です。吾妻島前見学も終盤。
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ここで…「本日の謎」です。横須賀水中処分隊のお二方…「謎にしてよく見える信号?」。「○」…いえ「◎」?、「O?」、「訓練終了?」…果たして…吾妻島前は、いつも謎めいています。不思議な空間です。
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「水中処分班」の皆様と「横須賀水中処分隊」の皆様。いよいよ吾妻島前見学終了間近地点です。
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最も早くに出て来られ、ぎりぎりまでお姿が見えていたのは、「のとじま」さんteam EODの皆様。あっと云う間の約8分間。ですが、海も風も穏やかであった事は幸いでした。それでも、写真的失敗は多いです。
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『YOKOSUKA軍港めぐり』最終盤。再び、吾妻島前が少しだけ見えます。銀色のマシンが光っていますね。水中処分班の皆様ですね。相当遠いのですが、それでも「見える」のです。

さて…今夜も駆け足ですが、やや大作ですね。少々、目眩がしますので、今夜はこれにて休みましょう。『日報』へは、「今週の水中処分員の皆様」として、改めて今週の記録を投稿出来るよう準備しましょう。
by guardianvein | 2010-05-13 23:58 | ┣EOD JAPAN is...