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ふりかけそーすけ別館 ver.guardian vein

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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

<   2011年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

1ヶ月ぶりに2日続けて横須賀へ向かいました。本日より大型連休。『YOKOSUKA軍港めぐり』は各便満員が予想され、昨年までは乗船していませんでした。ですが、今年は違います。前日、被災地より戻られた方々を確認していましたので、敢えて乗船しました(昨日は強風の為、全便欠航)。そして。
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本日、3月6日以来、約2ヶ月ぶりに51掃海隊の掃海艦さんがたが揃われたのです。涙が出そうになりました。
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本当に、この日以来です。「はちじょう」さんがシンガポールにての合同訓練の為、横須賀を出港されたのが3月6日。東日本大震災=東北地方太平洋沖地震発生の5日前。
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4月1日に出港されて以来、約1ヶ月、被災地にて災害派遣活動の任務を続けられていた「はちじょう」さん、「やえやま」さん。本日は、「つしま」さんが戻られましたので、「はちじょう」さん、「やえやま」さんの方々のお姿がありました。15時便、大勢のお客さまが2Fデッキから手を振っていたと思います。『YOKOSUKA軍港めぐり』案内人・瀧元あずさ嬢が、この時、素晴らしい案内をしてくれていました。前便(別の案内人)では、災害派遣に向かわれていた事は全く案内されなかったのです(言語道断)。次15時便では、しっかりと瀧元あずさ嬢、「数日前に被災地より戻られたばかりです」。引きの画像では判りづらいかもしれませんが、「はちじょう」さん、「やえやま」さん艦橋横にいらした方々が笑顔でお帽子を振って下さった時、本当に安堵しました。ずっと皆様を案じておりました。
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「つしま」さんは、この時、着岸。「やえやま」さんの皆様が着岸のお手伝いをなさっていました。一瞬、東日本大震災が起きる前に戻ったかのように思えました。
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時間が3月11日以前に戻ったかのように思えました。ですが、本日は4月29日。東日本大震災から7週間の日です。祝日でもあるのですが、横須賀の港は「休み」ではありませんでした。今も東日本大震災の災害派遣が継続している事を痛感しました。
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暦では大型連休ですが、記録の写真は大型連休=休暇期間でない事を物語っています。横須賀の港各所が動いているのです。
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船越側には、第42掃海隊の掃海艇「つきしま」さん、「まきしま」さん。神戸より被災地へ向かわれています。
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田浦中学校前には、第41掃海隊の掃海艇「すがしま」さん。「すがしま」さんのお姿を目にするのも、本当に久しぶりです。「すがしま」さん上にも、幾人かの方々のお姿が見えていました。
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「すがしま」さんの前方には、第43掃海隊の掃海艇「とよしま」さん。下関より被災地へ向かわれています。「とよしま」さん艦橋横には「災害派遣」の幕が掲げられています。「災害派遣」が続いている事を私たちに教えています。
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新井掘割水路を抜ける頃、機雷桟橋が見えて参ります。こちらにも「災害派遣 海上自衛隊横須賀地方隊」。今も災害派遣が続いている事が横須賀の港各所で私たちの目の前に。この時、横須賀水中処分隊さんの処分艇1隻が「稼働中」である事に気付いていたのですが…
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こちらにいらした事に気付くのが遅れました。逸見岸壁には護衛艦「やまゆき」さん。呉より被災地へ向かわれています。「やまゆき」さん潜水員の方々のお姿も見えます。横須賀水中処分隊のお二方と、何か…作業をなさっていたのでしょうか…。また、逸見岸壁にはたくさんの物資が準備されていました。
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機雷桟橋へ戻ってゆかれる横須賀水中処分隊のお二方。そう云えば…3月6日にNP-1桟橋でお会いしています。再び、時間が3月6日戻りそうでした。あと…「やまゆき」さんに自転車が見えます。艦艇さんがたに自転車が積まれているのは、珍しい事ではないですし、むしろ「標準装備」なのですが、こうして目に見える機会は少ないのです。前日、「やえやま」さんにも真新しい自転車が積まれる際を目にしています。被災地でのご活動に特に必要であるのでしょう。
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記録を確認すると、既にこの時点で、横須賀水中処分隊のお二方が「やまゆき」さん艦尾付近にいらした事が判りました。格納庫内のブルーシートがとても気になって写真に撮ったのですが、逆光が眩しく、お二方が見えていませんでした。26日には第二海堡付近で発見された不発弾の水中爆破処理をなさった横須賀水中処分隊さん。この日、『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船出来なかった事が悔やまれますが、致し方ありません。時間は戻せません。

こうして、大型連休初日ではありましたが、被災地と直結する横須賀の港は「休暇」ではありませんでした。今投稿は、再編した後、『日報』へ投稿致します。先に、こちら『gvein(別館)』に投稿します。これまでとは逆構成です。
by guardianvein | 2011-04-29 23:01 | 東日本大震災 災害派遣
東日本大震災災害派遣の投稿構成を思案してばかりではなく、考えてばかりではなく、行動しないと…と思い、本日、横須賀へ向かいました。一昨日、戻られた方々がいらした筈です。浦郷の能永寺に参拝した後、長浦港へ。今投稿は、先に『ver.YB』投稿分(文)を改め、『gvein(別館)版』として投稿致します。
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船越には、第42掃海隊の掃海艇「つきしま」さん、「まきしま」さんが被災地より戻られていました。約1ヶ月前と同じく。昨日の長浦港は、南西の強風が吹き荒れていましたが、やはり、とても静かでありました。「つきしま」さん、「まきしま」さんには、どなたのお姿が見えなかったように思いますが、田浦中学校前の岸壁を黙々と走り続ける方々がいらっしゃいました。「つきしま」さん、「まきしま」さんの皆様であったと思うのですが…。昨年11月、日向灘にての平成22年度機雷戦訓練の際も、油津港〜北郷温泉〜鵜戸神宮〜南郷まで走られる方々が多くいらしたのですが、弱輩の私などからすると、厳しい訓練でお疲れであろうに、何故、皆様、それほど走る事が出来るのか…と、地元の方々とも、つくづく「自衛隊の人たちはスゴい」と話していた事を思い出します。到底、私たち一般民間人には、なし得ない。その域にまで達する事は困難です。それを自らの免罪符とするのではなく、如何に無能な自分にも出来る事はないのか…と改めて思うのです。
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NP-1桟橋には、約1ヶ月ぶりに第51掃海隊の掃海艦「はちじょう」さん、「やえやま」さんが被災地より戻られていました。こちらもとても静かに見えますが、実際には違います。「やえやま」さん後方では、数々の物資(機材?)を搬入されていました。少し距離はありますが、肉眼でもよく見えていました。じっと、皆様のお姿を見ていました。この約1ヶ月、「はちじょう」さん、「やえやま」さんは横須賀に戻られていない筈です。現在、以前のように頻繁に『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船出来なくなっていますが、少なくとも週に1日は乗船していますし、もし乗船していない間に戻られていれば、『YOKOSUKA軍港めぐり』スタッフの方(特に、掃海母艦「うらが」さんを共に見学させて戴いた秋澤さん)が云う筈ですので。3月11日、東北地方太平洋沖地震発生直後に「やえやま」さん、横須賀を出港されてより、戻られたのは僅か2度であると思います。「はちじょう」さんは、3月6日にシンガポールへ向けて出港されたましたが、その後、一度、横須賀に戻られ、被災地へ向かわれたと思います。大型連休が終わると、発災より2ヶ月です。これまでも掃海部隊の皆様は、長期の行動に出ておられる事が多かったのですが…。この7週間、過酷な状況下において災害派遣活動を続けられる皆様を案じ続けております。本日は、考え込んでばかりではなく、よく知る方々と会い、さまざま話そうと思い横須賀に向かいましたが、一時的には、東日本大震災前に戻って、楽しく話したりしますが、やはり「一時的」です。災害派遣が続く限り、考え続けるでしょう。考え続けなくてはならないのです。そして、頭で考えるだけではなく、無能な自分にも出来る事を見いだし、行動しなくてはなりません。
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約1ヶ月前と同じく、大型曳船さんの間近へ。横須賀港務隊の大型曳船YT79号さん、YT68号さん。あの日、日の入り刻を過ぎても、YT79号さんでは、ご準備が続けられていました。多用途支援艦「ひうち」さんと共に、真水を満載した米海軍さんバージ船を福島第1原子力発電所まで曳航される為のご準備を。2度に渡る福島第1原子力発電所岸壁への曳航。その際、大型曳船YT68号さんよりの映像は、今もニュースで流されます。横須賀に戻られて以降、初めてお二方の間近へ。間近に来て、初めて気付いたのは、上部のガラス部分は、ご準備を見ていて判っていたのですが、前方。「79」「68」の部分です。これまでの大型曳船さんとは異なっていました。映像(動画)を幾度も確認していた筈なのですが、気付いていなかったのです。
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お隣にいらした大型曳船YT67号さんが教えて下さっています。YT67号さんは、「これまでの」お姿です。このようにして、自分の足で歩き、自分の目で確認する事で、改めて「災害派遣」を目の当たりに、「被災地」と直結する横須賀の港を痛感するのです。

現在、投稿を集中させていた『日報』も、少し遅れ気味になっています。大型連休は出来る限り「巡礼」をしたいと思っていますが(12年に一度の「巡礼」は期間が限られています。5月24日まで)、これまでの東日本大震災災害派遣投稿を改めて再構築する予定です。時間的に厳しいのですが、厳しいと云っても、いち一般民間人ですので、何が厳しいものか、とも。考え、行動し、出来る限りの事を。
by guardianvein | 2011-04-29 00:06 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させておりますが、次第に投稿が難しくなっています。報道等、情報が徐々に少なくなり始め、ご活動されている皆様の事が私たちに判りづらくなり始めておりますが、「皆様は懸命に捜索救難活動をなさっておられる」。日々、皆様を案じております。こちらの投稿が止まっておりますが、休んでいるのではなく、ずっと考え続けています。どのようにしたら良いのかを。そのような折、久しぶりにご近所のご年配の「先輩」にお会いしました。太平洋戦争を経験され、以前は自衛隊の方々にやや否定的な考えをお持ちのようでしたが、「東日本大震災での自衛隊の働きは実に立派だ。彼らしか居ないのだ。彼らにしか出来ない事を実に立派にやっている。その姿を見たら、今まで否定的であった人も、もう何も云えないだろう。実に立派だ。任務を達成して無事に戻る事を願っている」と仰っていました。

では、4月25日『日報』投稿分を追記転載致します。

4月25,26日、岩手県・宮城県・福島県の陸上・沿岸・沖合にて、東日本大震災で行方がわからなくなっている方々の大規模な捜索が行われました。4月28日現在、行方不明の方々は11,601人。25日では11,889人です。懸命の捜索活動が続けられている事が判ります。陸・海・空自衛隊、アメリカ軍、警察、消防、海上保安庁、総力を挙げた3度目の集中捜索でした。引き続き、情報を確認しています。お一人でも多くの行方不明の方々が、ご家族のもとに帰る事が叶うよう、心より切にお祈り申し上げております。 既に1ヶ月以上が経過しております。懸命の捜索にあたられている皆様を案じて続けております。海上自衛隊さんsiteのトップに「CHEER FOR MOVE」へのバナーがあります。ここより、被災地にて活動を続けられる皆様へのメッセージを送る事が出来るようになっています。
25日、NHKさんのニュースにて大規模捜索にあたられている皆様の映像が放送されました。「速報」の映像が頼りでした。僅か2分であっても。しかし、その翌日の映像は確認出来ていません。26日には、海上自衛隊さんsiteの「東日本大震災災害派遣活動状況」に、3度目の大規模捜索の際の写真が加わりました。今回はテレビ局の映像も少なく、新聞等の記事も多くはありません。
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こちらは今回の大規模捜索の際ではなく、掃海部隊の皆様が洋上にて訓練なさっていた際の記録ですが、ニュースの映像と重なります。
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東日本大震災で行方が分からなくなっている人たちを捜すため、自衛隊は、25日、アメリカ軍や警察などとともに、岩手県から福島県にかけて3度目となる大規模な捜索活動を行っています。
自衛隊などによる3度目の捜索活動は、およそ2万5000人の態勢で行われ、ヘリコプターなどおよそ90機と護衛艦などおよそ50隻が参加しています。捜索は、岩手県から福島県にかけての陸上部と沿岸部、それに沖合に加え、これまでの大規模捜索では行われなかった福島第一原子力発電所から半径30キロ以内の陸上部や沖合でも行われています。このうち、全校児童108人のうち74人が亡くなったり、行方不明になったりしている宮城県石巻市の大川小学校の周辺では、自衛隊員や消防などおよそ650人が、津波で流されてきた大量の土砂を、スコップなどで丁寧に掘り起こしながら捜索に当たっていました。被災地では、今もおよそ1万2000人の行方が分からないままで、自衛隊などは、26日までの2日間、捜索に全力を挙げることにしています。
NHKさんsiteより)
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映像から確認出来たのは、掃海母艦「うらが」さん(「ぶんご」さんであるかもしれませんが、「うらが」さんに見えました)と掃海艇さん。陸上自衛隊さんヘリコプターのUH-1。そして、EOD員(海上自衛隊さん潜水員)の皆様。
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僅か2分の映像ですが、洋上での捜索活動を私たちが目にする事は出来ません。3度目の捜索が行われている2日間、速報の映像を頼りにしていました。NHKさんの映像を幾度も幾度も確認しました。19時のニュースの映像では、掃海艦さんがたが確認出来ました。艦番号が確認出来なかったのですが、掃海艦さんがた後方には特徴があります。
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後方に「リール」が見えるのは、掃海艦さんがたです。「やえやま」さん、「はちじょう」さん、「つしま」さんのうち2隻であると思います。(「つしま」さんは先週、横須賀に戻られていましたが、その後、『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船していませんので、出港されているか確認出来ていません)
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3度目の大規模捜索は、明日26日にも行われました。現在、情報の確認を続けています。大規模捜索であるのに、何故、もっと報道してくれないのでしょう。日々、捜索活動は続けられているのに、徐々に報道が少なくなっている事が気がかりです。毎日、さまざまなニュースがあるのは判りますが…。あと、数日前に銀行へ行かねばならず、外出した際、大きな書店を廻りました。東日本大震災の記録集・写真集が幾冊も発行されていましたが、海上自衛隊の皆様の写真が少ない。何故、もっと記録を撮ってくれない。何故、もっと私たちに伝えてくれない。悔しい思いでいっぱいです。

被災地と直結する横須賀にも通いたいのですが、約半日以上の時間を要します。自宅で情報を確認し、投稿を構成する方が良いのか、災害派遣が続く被災地と直結する横須賀に居た方が良いのか。自分の非力さを痛感しています。もっと出来ないのか、と。
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4月21日、『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船した際、第二海堡より戻られた横須賀水中処分隊の皆様のお姿が見えました。被災地より戻られた事が判りました。26日に第二海堡付近で発見された水中爆破処理をなさったそうです。テレビ朝日さん、日本テレビさんの映像がwebで見られるようになっていますが、日本テレビさんの映像は、自分のマシン環境では見られません。日々、皆様の情報を探し続けています。間もなく4月も終わり、大型連休が始まりますが、勿論、行楽に出かける予定などなく。災害派遣活動は続いているのです。

現在、被災地でご活動されているのは—
横須賀(神奈川県)
自衛艦隊・護衛艦隊・潜水艦隊・掃海隊群・第2潜水隊群・開発隊群・情報業務群・電子情報支援隊・第1護衛隊・第5護衛隊・第11護衛隊・第41掃海隊・第51掃海隊・横須賀警備隊・自衛隊横須賀病院・潜水医学実験隊・横須賀港務隊・横須賀地方総監部
厚木(神奈川県)
航空集団・第4航空群・航空プログラム開発隊・第3航空隊・第4整備補給隊・第51航空隊
下総(千葉県)
教育航空集団・下総教育航空群・下総航空基地隊
佐世保(長崎県)
第2護衛隊・第2掃海隊・第43掃海隊・第46掃海隊・佐世保地方総監部
(広島県)
第12護衛隊・第1海上訓練支援隊・第1掃海隊・第42掃海隊・第101掃海隊・第1輸送隊・自衛隊呉病院・呉衛生隊・呉地方総監部
舞鶴(京都府)
第23航空隊・舞鶴航空基地隊・第3護衛隊・第44掃海隊・舞鶴地方総監部
八戸(青森県)
第2航空群・機動施設隊・第2航空隊・第2整備補給隊・八戸航空基地隊
館山(千葉県)
第21航空群・第21航空隊・第73航空隊・第21整備補給隊・館山航空基地隊
鹿屋(鹿児島県)
第1航空群・鹿屋航空基地隊
大村(長崎県)
第22航空群・第22航空隊・第22整備補給隊・第72航空隊・大村航空基地隊
大湊(青森県)
第25航空隊・大湊航空基地隊・第45掃海隊・自衛隊大湊病院・大湊衛生隊・大湊地方総監部
十条(東京都) 補給本部
岩国(山口県) 第111航空隊

護衛艦:はるさめ・あけぼの・きりしま・まきなみ・おおなみ・さわゆき・やまゆき・せとゆき・くらま・あまぎり・せとぎり・あぶくま・おおよど・とね・ちくま
掃海艦:やえやま・はちじょう
掃海母艦:ぶんご
輸送艦:しもきた・くにさき・ゆら・のと
訓練支援艦:くろべ・てんりゅう
多用途支援艦:ひうち・すおう・あまくさ・えんしゅう
海洋観測艦:わかさ・しょうなん

潜水艦救難母艦:ちよだ
補給艦:ときわ・おうみ・ましゅう
掃海艇:つきしま・まきしま・とびしま・ゆげしま・ながしま・つのしま・とよしま・あいしま・みやじま・ひらしま・まえじま
掃海管制艇:さくしま

by guardianvein | 2011-04-28 02:04 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させております。こちら『gvein(別館)』では、先の『日報』投稿分を日付を遡り再編し、転載追記と致します。少しずつですが、投稿を調整して参ります。現在、調整中の為、一時的にこれまでの投稿が非公開・投稿順が入れ替わる事が御座います。ご了承下さい。東日本大震災=東北地方太平洋沖地震発生から1ヶ月以上が経過しましたが、今も懸命に続けられる捜索活動。救援支援活動。今投稿は、先の『日報』「東日本大震災 海上自衛隊派遣部隊4月13日」を再編、4月14日午前8時、防衛省さん発表資料・自衛艦隊さんsite「ニュース→オペレーション」より掃海部隊の皆様にて構成致します。時間の経過と共に厳しさ難しさの増す捜索活動。我が身を挺して活動に続けられている全ての皆様の無事を天に強く祈り、被災された全ての皆様の悲しみ、痛みを思い投稿致します。
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呉より掃海艇「あいしま」さん。自衛艦隊さんsite「ニュース→オペレーション」では、日々、各部隊の活動が伝えられています。4月13日、掃海部隊の掃海艇「あいしま」さん、「ひらしま」さん、「つのしま」さん、「とよしま」さんへの洋上補給の様子が伝えられています。

4月13日水曜日に、被災地沖合において、補給艦「おうみ」が、掃海艇に対して実施した洋上補給の模様です。

掃海艇は、本来、海洋に敷設された機雷を除去し、海の安全を守るための艦艇です。そのため、小型で喫水が浅く、小回りがきき、また、海中の機雷を除去するために潜水員の運用能力も備えています。
今災害においては、津波の被害によって、水深が浅くなったり、漂流物のため大型船舶の出入港が不可能になった港湾が多数存在しました。掃海艇は、そういった状況下において果敢に活動し、港湾調査や物資輸送、行方不明者の捜索など、掃海艇ならではの特徴を活用した支援活動を実施しています。
しかし、掃海艇の小型の船体は、上記のような有利な点の反面、燃料や物資の搭載量が少ないため頻繁な補給が必要であるという、不利な点もあります。そのため、「おうみ」などの補給艦が、随時、燃料や物資などを洋上で補給することにより、被災地沖合における長期的な任務遂行を可能にしています。

自衛艦隊さんsiteより)

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呉より掃海艇「あいしま」さんは、補給艦「おうみ」さん→物資補給の様子、
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佐世保より掃海艇「ひらしま」さんは、燃料及び真水補給の様子、
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横須賀より掃海艇「つのしま」さんは、燃料補給の様子、補給艦さんがたの「黒いホース」は、「蛇管」と呼ばれるのですね。
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佐世保より補給艦「おうみ」さん。少し距離がありますので、「蛇管」が判りづらいかもしれませんが…
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下関より掃海艇「とよしま」さんは、補給完了、「おうみ」さんを離れてゆかれます。東日本大震災発災直後より、ほぼ被災地にいらっしゃる掃海部隊の皆様。その約1ヶ月の間、数日、横須賀に戻られてもいますが、ほぼ、被災地で活動を続けられています。掃海部隊の皆様は、どのようにしていらっしゃるのでしょう…と、日々思いを巡らせていました。自衛艦隊さんの「ニュース」には写真がありますので、数cutずつであっても、ご活動の様子を知る事が出来ます。テレビや新聞等の報道が徐々に少なくなりつつありますが、防衛省さんsite、海上自衛隊さんsite、自衛艦隊さんsiteを日々確認する事で、今も懸命の捜索救難救援支援活動なさっている皆様のご様子を知る事が出来ます。本日(18日)の「ニュース→オペレーション」では、掃海艦「やえやま」さんEOD員の皆様の捜索活動が伝えられていました。引きの写真ではありますが、お一人お一人、どなたであるかが判ります。明確に。転載させて戴きます。

岩手県大船渡湾において、掃海艦「やえやま」乗員が実施している、行方不明者の方々の捜索活動の模様です。

下の写真から分かるように、大船渡湾には現在も、津波によって流されたカキ筏や建材などのがれきが多く残されており、隊員は、それらのひとつひとつを丹念に確認して、行方不明者の方々の捜索にあたっています。

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自衛艦隊さんsiteの「ニュース→オペレーション」から、「やえやま」さんEOD員の皆様が宮城県・岩手県境の広田湾、宮城県名取市の閖上漁港、岩手県の大船渡湾にて行方不明の方々の捜索をされている事が判りました。新聞の記事では、閖上漁港の捜索は大変難しいと書かれていました。現在も懸命の捜索が続けられている全ての地点が大変難しい筈です。
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掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さんEOD員の皆様。こうして、笑顔で横須賀の吾妻島前に戻って来られる日まで、懸命に続けられる捜索活動の事を忘れてはなりません。忘れる訳がないのですが。忘れ方が判りません。
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3月10日。東日本大震災=東北地方太平洋沖地震発生前日まで訓練なさっていたのは、掃海艦「やえやま」さん杉山艦長EODチームの皆様・掃海艇「のとじま」さんEOD員の皆様、横須賀警備隊「Y-EOD」の皆様でした。
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大震災前日、横須賀本港岸壁付近で訓練なさっていた横須賀警備隊「Y-EOD」の皆様。訓練は、大震災発生直前まで続けられていました。
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掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん、「はちじょう」さんEOD員の皆様。ほぼ、全ての方々が被災地にて捜索活動を続けられています。勿論、掃海部隊には、EOD員の方々が大勢いらっしゃいます。総勢何名のEOD員・飽和潜水員の方々が捜索活動を続けておられるのか、まだ判っていません。先週、フジテレビさんの早朝の番組にて、掃海隊群司令部EOD班の皆様の映像を拝見しました。録画出来ず、詳細に再現出来ないのですが…。「災害派遣」にて被災地に向かわれている全ての皆様のご無事を祈り、お一人でも行方不明の方々がご家族のもとへ戻られるよう、日々祈り続けております。

発災から1ヶ月以上が経過しました。その間、掃海艦艇さんがたが横須賀に戻られていますが、僅か数日です。再び、被災地へ戻られ活動を続けられています。横須賀と被災地が直結している事を痛感します。
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発災から約半月の頃。船越には、佐世保よりの第2掃海隊・掃海艇「ひらしま」さん。この時、自衛艦旗の半旗を初めて間近で目にしました。眼前に迫る被災地。心臓を鷲掴みにされるような感覚でした。心が痛むを超えていました。写真を撮る事が躊躇われましたが、記録しておかなくてはなりません。忘れ去られる事のないように。
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「ひらしま」さんの前方は、下関よりの第43掃海隊・掃海艇「とよしま」さん。間もなく日の入り。辺りは静まり返っていました。
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掃海艇「とよしま」さん前方には、呉よりの第1掃海隊・掃海艇「みやじま」さん、「あいしま」さん。そのお隣には、横須賀は第41掃海隊・掃海艇「つのしま」さん。
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NP-1桟橋には沖縄よりの第46掃海隊・掃海艇「あおしま」さん、「ししじま」さん。いつもは、第51掃海隊の掃海艦さんがたがいらっしゃるのですが、この日は、「あおしま」さん、「ししじま」さん、試験艦「くりはま」さん。
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2日後、潜水艦救難母艦「ちよだ」さんが戻られていました。
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3日後には、呉よりの第101掃海隊・掃海管制艇「さくしま」さん。
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同日、こちらには神戸よりの第42掃海隊・掃海艇「まきしま」さん、「くめじま」さん。
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NP-1桟橋には、17日ぶりに横須賀に戻られた第51掃海隊・掃海艦「はちじょう」さん、「やえやま」さん。「はちじょう」さんは、3月6日早朝に横須賀を出港され(その後、一度、戻られているかもしれませんが)、「やえやま」さんは東北地方太平洋沖地震発生直後にNP-1桟橋を出港されて以来でした。「やえやま」さんのお隣には、神戸よりの第42掃海隊・掃海艇「つきしま」さん。4月1日(もしくは2日早朝)に、皆様出港されたようです。その後も、掃海艦艇さんがたは数隻ずつ戻られていますが、やはり数日で出港されてゆきます。先週末には、掃海艇さん2隻戻られていたそうです。

次第にテレビ・新聞等の報道が少なくなりつつありますが、本日の防衛省さんの発表では、今も海災部隊は14,500名、活動中の艦艇は50隻とあります。数日前までは、14,300名・49隻でありましたが、1ヶ月以上が経過し規模が縮小されたのではない事が判ります。発表(記載順)では、掃海艦「やえやま」さん、「はちじょう」さん、掃海母艦「ぶんご」さん、掃海艇「つきしま」さん、「まきしま」さん、「とびしま」さん、「ゆげしま」さん、「ながしま」さん、「つのしま」さん、「とよしま」さん、「あいしま」さん、「みやじま」さん、「ひらしま」さん、「まえじま」さん、掃海管制艇「さくしま」さん。「つきしま」さんが記載されていませんが、いらっしゃると思います。

今も、投稿中に揺れました。3月9日(既に、この日から始まっていたのです)から今日まで、揺れぬ日はありません。幾度も届く緊急地震速報。1時間に何通も届く地震速報。復興に向けて歩みながらも、今も「東日本大震災」は過ぎた大災害ではありません。懸命に続けられる捜索救難救援支援活動。

【4月19日午前6時現在】海上自衛隊さんサイトより 「輸送等の支援活動」
救援物資の輸送状況 艦艇・航空機による輸送回数 約10,050回
糧 食:約23万4千食
飲料水:約40万リットル(清涼飲料水含まず)
毛 布:約1万3千枚
ガソリン・軽油:約6万リットル
灯 油:約9万2千リットル
乾電池:約6万5千本
その他:衛生用品、生活用品等
各自治体等からの依頼物品を含む
(各数値は速報値であるそうですので、変更となる場合もあるそうです)

各艦艇に乗艦する移動衛生班の診療実績
移動衛生班:4個班
歯科班:1個班
診療及び健康診断の実績:累計2,450名
(現在、宮城県東松島市の宮戸島・宮城県塩竈市浦戸諸島4島などの離島へ巡回診療を実施中だそうです)
この他、入港した艦艇乗員など、隊員の方々へのメンタルヘルスケアを実施されているそうです

避難住民支援(八戸航空基地)※3月11〜4月15日までの間
宿泊支援:累計6,000名
診療支援(メンタルヘルスケアを含む):約1,300名
災害瓦礫の集積・撤収・搬送作業
延べ人員:約320名 災害瓦礫:10tダンプカー約420台分搬送

その他
入浴支援・小学校への通学支援(青森県八戸市)等実施されているそうです

沿岸及び離島の孤立地域に対する支援
海上自衛隊さんでは、震災のため陸路から孤立した地域や離島に対して、医療や物資の輸送など生活支援を実施中であるそうです。
特に、気仙沼大島、浦戸4島の桂島・野々島・朴島・寒風沢島、宮古島(宮城県東松島市の宮戸島でしょうか)は、一部生活インフラの整備が未だ不十分な地域もあり、引き続き支援を実施しているそうです。

by guardianvein | 2011-04-20 00:09 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させております。こちら『gvein(別館)』では、先の『日報』投稿分を日付を遡り再編し、転載追記と致します。少しずつですが、投稿を調整して参ります。現在、調整中の為、一時的にこれまでの投稿が非公開・投稿順が入れ替わる事が御座います。ご了承下さい。今投稿は、先の『日報』「4月10日集中捜索」を再編、掃海部隊の皆様にて構成致します。
4月1日大潮を待って3日間、東日本大震災発災後、最大規模の行方不明者捜索が行われました。陸・海・空自衛隊、アメリカ軍、警察、消防、海上保安庁、総力を挙げた捜索活動です。この4月10日には再び大規模な捜索活動が行われました。現在、10日の大規模捜索の情報を確認しています。一人でも多くの大切な命が護られるよう、今も大切なご家族を捜し続ける方々のもとへ、お一人でも行方不明の方々が帰る事が叶いますよう、切に切に願いながら投稿致します。
4月10日、午前8時より再び岩手県・宮城県・福島県の3県の大規模集中捜索が行われました。当日より、出来る限り情報の確認を続けました。選挙と重なった為か、報道が前回よりも少なく、現在も確認を続けていたところ、YouTube海上自衛隊チャンネルさんにて集中捜索の映像を見る事ができました。2分47秒の映像に、横須賀にご所属のEOD員(報道などでは「潜水士」)の皆様のお姿がありました。実際の映像をご覧戴く事が何よりですが、動画をキャプチャーさせて戴きました。
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これまで、『YOKOSUKA軍港めぐり』にて見学がそのまま、この映像にあります。皆様は、しっかり訓練されていました。見学記録を始めてから、あと数ヶ月で3年が経過しますが、その間、ずっと。どのような天候であっても。季節も問わず。夜間も訓練なさっていた筈です。その訓練は、東日本大震災発災直前…前日まで行われていました。「4月集中捜索」の映像は、そのまま見学記録と重なります。
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オレンジ色のブイと「搭載艇」を基点に、均等に、等間隔に、フジテレビさん、テレビ朝日さんでも報道された映像そのままです。
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常に訓練されてきた、そのままに。忠実に。

捜索中に放送されたフジテレビさんのニュースより

依然、多くの人が行方不明になっている東日本大震災の被災地では、10日朝から、自衛隊とアメリカ軍などによる2回目の大規模集中捜索が行われている。
広田湾内では、自衛隊の潜水士による水中捜索が行われている。
10日の捜索では、前回と同じように沿岸部を中心に行われ、海上自衛隊は、岩手・陸前高田市の広田湾に重点を置いて捜索を行っている。
捜索は、自衛隊・アメリカ軍あわせて2万2,000人態勢で、航空機およそ90機、艦船およそ50隻を投入しているほか、陸上では、がれきの下や水没した地域を見て回る。

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今年1月11日。発災の2ヶ月前の護衛艦「ひゅうが」さん。内火艇「ひゅうが01」号さんを収納されるところです。映像では、写真と逆位置。「ひゅうが」さんより内火艇「ひゅうが02」号さんが降ろされます。
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映像では捜索活動へ向かわれたのは、こちらの「ひゅうが02」号さんでした。
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発災1週間前の3月4日。ここは被災地ではありません。横須賀の海。吾妻島前。この日の記録が、そのまま映像になっています。掃海隊群司令部EOD班の皆様と護衛艦「ひゅうが」さん、「たかなみ」さんの皆様。映像からは、吹き付ける風の音がずっと聴こえています。風が強く、海も穏やかではありません。
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EOD員の皆様は、海が荒れていても訓練をなさっています。見えづらいかもしれませんが、海面付近を泳いでおられるのは、掃海艇「のとじま」さんEOD員の皆様。私たちなど、恐ろしくて泳ぐ等考えられない海でも。
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この日は穏やかな海ですが、視界はおそらく1cm。掃海艦「はちじょう」さんEOD員の皆様。勿論、今回の災害派遣に向かわれています。東北地方の海はとても美しい筈ですが、大震災後、海は濁り、この日の吾妻島前のようであると思われます。沼のような。
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泳いでおられる姿さえ見えない夏場の吾妻島前でも、「当たり前」に訓練をなさっていた皆様ですが、現在、捜索されている海は、無情にも大津波が奪い去った「日常」、金属片や釘、車などで埋め尽くされて、厳しい訓練を積まれて来たEOD員の皆様の捜索を阻んでいるそうです。
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海上自衛隊さんsite・自衛艦隊さんsiteより、掃海艦「やえやま」さんEOD員の皆様。

海上自衛隊は、4月10日日曜日、陸空自衛隊、海上保安庁などと協力し、2度目となる行方不明者の大規模集中捜索を実施しました。震災発生から1ヶ月がたちますが、行方不明者の人数はいまだに14000人以上にのぼり、一刻も早い発見が待ち望まれています。
集中捜索には、艦艇、ヘリコプター、小型ボート、潜水員など、海上自衛隊の持つすべての捜索手段が投入されました。

自衛艦隊さんsiteより)

捜索は、岩手県と宮城県の県境の広田湾・宮城県の名取市閖上漁港にても行われているそうですが、あまりに広範囲です。10日のNHKさんのニュースの映像では、掃海隊群・福本群司令のお姿がありました。(webの動画では見る事が出来ませんでした。今一度、福本群司令のお言葉をお聞きしたかったのですが…残念です)。海上自衛隊さんでは、引き続き行方不明の方々の捜索・救難、被災者された方々への生活支援等を続けられるそうです。4月13日現在、警察庁の発表では、行方不明の方々は15,150人です。15,150人の方々には、それぞれ、ご家族、ご友人がおられ、日々、切に「大切な人」の帰りを待ち望んでおられます。日々、投稿を続けていますが、心が痛み、手が止まり、1投稿に数時間を要します。ですが、被災者の方々にとっては、その何千倍も何万倍です。何もかも大津波に奪われ、今も続く余震。家に帰りたくとも、家がない。その方々に寄り添い、日々を支え、途方もなく広い海・瓦礫に埋め尽くされた陸地を捜索され続ける自衛隊をはじめ、多くの方々。被災者していない私たちは普通に元気に毎日を送るべしと云われても、よく分かりません。なかなか理解出来ない。ですが、「4月集中捜索」の動画の後半の輸送艦おおすみさんの「おおすみ湯」の被災者の方々の笑顔に安堵しました。おぢいちゃまやおばあちゃまの笑顔、「シャワーの湯量に感動しました!」のお姉さん。お洗濯サービスが行われている事も初めて知りました。「おおすみ湯」は、豊かな森の香りだそうです。にゅうめんも振る舞われたそうですよ。こうして、笑顔が少しずつでも増えてゆく事を心から願っています。
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4月16日、約1ヶ月半ぶりに掃海母艦「うらが」さんが船越に戻って来られました。この後、被災地へ向かわれるのかもしれませんが、久しぶりに船越に戻られました。前々日早朝に被災地にて懸命の捜索活動を続けられている、「うらが」さんご所属の掃海隊群司令部EOD班の皆様の映像を観たばかりです。フジテレビさんの早朝の番組であったと記憶しています。録画出来ませんでしたので、詳細に映像の内容を再現出来ない事が残念です。厳しい状況下において捜索活動を続けられているEOD員の皆様を案じておりましたので、映像を凝視しておりました。報道が徐々に少なくなりつつあるのですが、いまだに被災地にて活動されて続けていらっしゃるのです。どうか、取材・報道が続けられる事を願っております。
by guardianvein | 2011-04-15 04:12 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させております。こちら『gvein(別館)』では、先の『日報』投稿分を日付を遡り再編し、転載追記と致します。少しずつですが、投稿を調整して参ります。今投稿は、先の『日報』「4月6日」を再編、掃海部隊の皆様にて構成致します。

2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」発災。後に「東日本大震災」。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。4月1日より3日間、陸・海・空自衛隊、アメリカ軍、警察、消防、海上保安庁、総力を挙げた捜索活動行われました。10日には再び大規模な捜索活動が行われるそうです。約1ヶ月後の4月7日には、再び宮城県北部震度6強の地震が発生。一人でも多くの大切な命が護られるよう、お一人でも行方不明の方々がご家族のもとに帰る事が叶いますよう、切に切に願いながら投稿致します。そして、月が改まり桜咲く4月を迎えてもなお、我が身を挺して活動に続けられている全ての皆様の無事を天に強く祈り、被災された全ての皆様の悲しみ、痛みを思い投稿致します。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(4月7日午前8時発表)』より、海上自衛隊さんの活動状況をもとに構成致します。
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呉より掃海母艦「ぶんご」さん。4月第1週には一時的に横須賀に戻られていましたが、再び被災地へ。6日→宮城県石巻市桃浦地区(牡鹿半島)にて漁船7隻の推進器開索作業を実施、桃浦地区へトイレットペーパー104個、生理用品提供、
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呉より掃海管制艇「さくしま」さん。石巻市桃浦地区において、地元漁業組合長立ち会いのもと、漁船7隻の推進器解索作業、トイレットペーパー104個、生理用品32箱提供、
自衛艦隊さんsiteの「ニュース」内にて、作業を行っている際の記録があります。記事と画像を転載させて戴きます。
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4月6日水曜日、掃海管制艇「さくしま」は、宮城県石巻市桃浦地区の漁協の方々から要請を受け、漁船のプロペラに絡んだロープなどの撤去を実施しました。

被災地付近の沿岸部では、いまだに浮遊物が多数漂流しており、漁船などの小型船舶は、プロペラやシャフトにそういった浮遊物が絡まると、推進力が低下し、最悪の場合、航行不能になってしまいます。

今回要請を受けた掃海艇「さくしま」乗員と、海上自衛隊掃海隊群所属のEOD(潜水員)は、ただちに現場に向かい、ロープ等の除去作業を実施しました。写真はその際の様子です。

直径3cm近い太さのロープや、梱包用のビニールなど、絡まったものは船によって様々でしたが、隊員は普段の厳しい訓練で培った技術を発揮して速やかな除去に成功し、立ち会った漁協長から、あたたかい感謝のお言葉を頂きました。


作業をなさっているEOD員の方々は、掃海隊群司令部EOD班の皆様。横須賀は、掃海母艦「うらが」さんに御所属の皆様です。『YOKOSUKA軍港めぐり』にて、訓練に出てゆかれる際、間近を通られたり、吾妻島前(東京湾)で訓練なさっている際を見学する機会の多い方々です。

【4月7日午前6時現在】海上自衛隊さんサイトより 「輸送等の支援活動」
救援物資の輸送状況 艦艇・航空機による輸送回数 約6,000回
糧 食:約230,000食
飲料水:約340,000L(清涼飲料水含まず)
毛 布:約11,700枚
ガソリン・軽油:約57,000L
灯 油:約91,000L
乾電池:約63,000本
その他:衛生用品、生活用品等
各自治体等からの依頼物品を含む
(各数値は速報値であるそうですので、変更となる場合もあるそうです)

各艦艇に乗艦する移動衛生班の診療実績
移動衛生班:4個班
歯科班:1個班
診療及び健康診断の実績:累計2,050名
(現在、宮城県東松島市の宮戸島・宮城県塩竈市浦戸諸島4島などの離島へ巡回診療を実施中だそうです)
この他、入港した艦艇乗員など、隊員の方々へのメンタルヘルスケアを実施されているそうです

その他
宿泊(延べ5,100名)、入浴支援、災害瓦礫の集積・撤収・搬送作業
小学校への通学支援(青森県八戸市)等実施されているそうです

沿岸及び離島の孤立地域に対する支援
海上自衛隊さんでは、震災のため陸路から孤立した地域や離島に対して、医療や物資の輸送など生活支援を実施中であるそうです。
特に、気仙沼大島、浦戸4島の桂島・野々島・朴島・寒風沢島、宮古島(宮城県東松島市の宮戸島でしょうか)は、一部生活インフラの整備が未だ不十分な地域もあり、引き続き支援を実施しているそうです。
by guardianvein | 2011-04-06 23:59 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させております。こちら『gvein(別館)』では、先の『日報』投稿分を日付を遡り再編し、転載追記と致します。少しずつですが、投稿を調整して参ります。今投稿は、先の『日報』「4月5日」を再編、掃海部隊の皆様にて構成致します。

2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」発災。後に「東日本大震災」。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。4月1日より3日間、最大規模の行方不明者捜索が行われました。陸・海・空自衛隊、アメリカ軍、警察、消防、海上保安庁、総力を挙げた捜索活動でありました。その後も続く捜索救援支援活動。一人でも多くの大切な命が護られるよう、お一人でも行方不明の方々がご家族のもとに帰る事が叶いますよう、切に切に願いながら投稿致します。そして、月が改まり4月を迎えてもなお、我が身を挺して活動に続けられている全ての皆様の無事を天に強く祈り、被災された全ての皆様の悲しみ、痛みを思い投稿致します。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(4月6日午前8時発表)』より、海上自衛隊さんの活動状況をもとに構成致します。
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呉より掃海管制艇「さくしま」さん。宮城県石巻市荻浜湾の被災者の方々へ菓子3箱、ウィンナー20食等提供、荻浜湾の被災者の方々へ菓子6箱、懐中電灯3個提供、
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横須賀より掃海艦「やえやま」さん。勝浦湾(?雄勝湾でしょうか。岩手県・宮城県に勝浦湾を見つける事が出来ませんでした。牡鹿地域に鮫浦はあるのですが)被災者の方々へベビーフード2箱、おしりふき2箱、水30本、懐中電灯5本、乾電池88個、ポリタンク5個、割り箸500本、菓子4箱提供、

昨日、海上自衛隊さんsiteの「東日本大震災災害派遣活動状況」ページ内「災害派遣活動状況写真集」の4月4日「沿岸部等の集中捜索と各地の支援活動の様子」・4月6日「各地の支援状況」の記録に、横須賀にご所属の掃海隊群の方々のお姿がありました。転載させて戴きます。
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画像左上は、大規模捜索の際の掃海隊群司令部EOD班の皆様と掃海艇「あおしま」さん(沖縄)EOD員の皆様。掃海隊群司令部EOD班の皆様は、どなたであるのか、重装備でいらしても判ります。その後、自衛艦隊さんsiteにて、捜索されているのは、宮城県石巻市の長面浦(湖のような)である事が判りました。画像中段左右は、写真を見た瞬間、即座に判りました。掃海艦「やえやま」さんEODチームの皆様です。車が沈んでいます。見えているのは、車のみですが、辺り一帯の海の中は「日常」で埋め尽くされている筈です。「訓練」の記録ではない事は、遠くに写る破壊された海岸線と家々、救援物資を受け取られる被災者の方々のお姿が物語っています。「現実の記録」は、よく知る方々のお姿を確認する事で、殊更に自分が「傍観者」ではいられなくなります。発災直後より、被災地で活動を続けられている事を思うと、一体、この4週間、自分は何を出来ていたのか…と、いたたまれなくなります。
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掃海隊群司令部EOD班の皆様と護衛艦「ひゅうが」さん、「たかなみ」さんの皆様の合同訓練。この記録は、3月4日です。東日本大震災発生の1週間前です。直前まで、皆様がしっかり訓練されていた事が改めて判ります。
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銀色のマシンが目印です。掃海隊群司令部EOD班の皆様。1年を通して、横須賀にいらっしゃる際は、時に視界1cmの吾妻島前にて訓練を続けられています。
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掃海艦「やえやま」さんEODチームの皆様。捜索活動のみならず、救援物資を地道に届けておられる記録をようやく目にする事が出来ました。ふと気付いたのですが、搭載艇(皆様のゴムボート)から救援物資を降ろしているのではなく、軽トラックの荷台からのようです。「やえやま」さん→搭載艇→軽トラック輸送までなさっているのでしょうか…。
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掃海隊群司令部EOD班の皆様(左)と掃海艦「やえやま」さんEODチームの皆様。掃海部隊の皆様は結束が強いのです。発災直後から、ほぼ被災地に向かわれたままの皆様を案じておりますが、結束の強い皆様です。大変厳しい状況下においても、皆様果敢に活動されている事と思います。

先ほど(4月7日23時32分)に宮城県北部・中部で震度6強の地震が発生しました。これまでで最大の余震であると思いますが、震度6強は「余震」ではなく、「本震」の規模です。被災者の方々は、この1ヶ月間、続く余震、寒さ、食糧・燃料・物資に窮する日々を送られています。どうか、もう大きな地震がおきないで欲しい…と願い続けています。日本テレビさんのNEWS24では、前日閉鎖された避難所へ続々と戻られる住民の方々、宮城県や秋田県では全域が停電、仙台市で火災発生の映像が…。ようやく復興へ向けて歩み出したと云うのに、またも強震です。しかし、恐ろしい大津波が起きなかった事に安堵しています。

【4月7日午前6時現在】海上自衛隊さんサイトより 「輸送等の支援活動」
救援物資の輸送状況 艦艇・航空機による輸送回数 約6,000回
糧 食:約230,000食
飲料水:約340,000L(清涼飲料水含まず)
毛 布:約11,700枚
ガソリン・軽油:約57,000L
灯 油:約91,000L
乾電池:約63,000本
その他:衛生用品、生活用品等
各自治体等からの依頼物品を含む
(各数値は速報値であるそうですので、変更となる場合もあるそうです)

各艦艇に乗艦する移動衛生班の診療実績
移動衛生班:4個班
歯科班:1個班
診療及び健康診断の実績:累計2,050名
(現在、宮城県東松島市の宮戸島・宮城県塩竈市浦戸諸島4島などの離島へ巡回診療を実施中だそうです)
この他、入港した艦艇乗員など、隊員の方々へのメンタルヘルスケアを実施されているそうです

その他
宿泊(延べ5,100名)、入浴支援、災害瓦礫の集積・撤収・搬送作業
小学校への通学支援(青森県八戸市)等実施されているそうです

沿岸及び離島の孤立地域に対する支援
海上自衛隊さんでは、震災のため陸路から孤立した地域や離島に対して、医療や物資の輸送など生活支援を実施中であるそうです。
特に、気仙沼大島、浦戸4島の桂島・野々島・朴島・寒風沢島、宮古島(宮城県東松島市の宮戸島でしょうか)は、一部生活インフラの整備が未だ不十分な地域もあり、引き続き支援を実施しているそうです。

by guardianvein | 2011-04-05 23:59 | 東日本大震災 災害派遣
現在、『日報』へ投稿を集中させております。こちら『gvein(別館)』では、先の『日報』投稿分を日付を遡り、再編し転載追記と致します。少しずつですが、投稿を調整して参ります。
4月1日大潮を待って3日間、東日本大震災発災後、最大規模の行方不明者捜索が行われました。陸・海・空自衛隊、アメリカ軍、警察、消防、海上保安庁、総力を挙げた捜索活動です。あまりに規模が大きい為、現在、情報を確認しています。お一人でも多くの行方不明の方々が、ご家族のもとに帰る事が出来るよう、心よりお祈り申し上げております。
本日、NHKさんのニュースにて、大規模捜索にあたられている海上自衛隊さんの誇る潜水部隊の皆様の映像を見る事が出来ました。
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各局の映像を確認し、おそらく…捜索されている海域は、このような状態になっていると思います。数々の掃海艦艇「搭載艇(黒のゴムボート)」と内火艇が数多く展開している筈です。こちらは、今年1月25日の横須賀です。僅か2ヶ月ほど前です。EOD員の皆様と護衛艦・海洋観測艦ご所属の「潜水士」の方々が合同で訓練なさっていました。この時、その約2ヶ月後に起きる東北地方太平洋沖地震…東日本大震災を予知する事など出来ませんでしたが、「現実」となってしまったのです。「現実」となりましたが、海上自衛隊の皆様はしっかり訓練なさっていたのです。潜水士=EOD員(海上自衛隊爆発物処理班)の方々は、通年、横須賀のこちらの海域で訓練なさっていますが、今年はじめより他部隊の皆様と集中的に訓練なさっていました。
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こちらは、掃海隊群司令部EOD班の皆様と護衛艦「ひゅうが」さん、海洋観測艦「わかさ」さんの皆様。勿論、皆様、東日本大震災の災害派遣に向かわれています。
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1月31日の横須賀。この日も掃海隊群司令部EOD班の皆様と護衛艦「ひゅうが」さん、「たかなみ」さん、「はたかぜ」さんの皆様が合同で訓練なさっていました。やはり、皆様、東日本大震災の災害派遣に向かわれています。
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NHKさんに叱られるかもしれませんが、どうしてもキャプチャーしておきたかったのです。本日(4月3日)のニュースで放送された捜索の映像です。掃海隊群司令部EOD班・掃海艇のEOD員の皆様です(ご所属の掃海艇さんが映像からでは特定できませんでした。申し訳ありません。横須賀の掃海艦・掃海艇さんではありませんでしたので…)。コメントされているのは、掃海隊群司令部EOD班MASTER DIVERの篠山さん。

「手探りの状態がほとんどで、中には釘、金属片、車等で、私たちが着ているドライスーツを破損すると、水が入って身体の方も危険にさられる」

被災地は、真夏ではありません。真冬と云って良いと思います。その海中、しかも手探りの状態で捜索にあたられているのです。皆様、「爆発物処理班」ですので、常に危険と隣り合わせ。EOD員の皆様は、自らの手で機雷などの爆破処理準備をなさるのですが、今回の災害派遣は、危険の分野が異なります。無情にも大津波がねこそぎ奪った「日常」が海底に堆く立ち塞がっているのでは…

東日本大震災で行方が分からなくなっている人たちを捜すため、1日から行われていた自衛隊などによ る大規模な捜索活動は、3日の日没をもって終了しました。防衛省などによりますと、3日午後4時までに77人が遺体で見つかりましたが、依然として1万5000人以上の行方が分からないままとなっていて、捜索活動は今後、より難しくなることが予想されています。
今回の震災で行方が分からなくなっている人の多くは、津波の引き波によって海に流された可能性があるとされています。このため、自衛隊とアメリカ軍は、3日までの3日間、隊員およそ2万5000人と艦艇60隻、航空機120機を出し、海上保安庁や警察 などとともに岩手県から福島県にかけての沿岸部を中心に大規模な捜索を行いました。このうち海上自衛隊は、海岸沿いの海や港を担当し、潜水士を出して捜索を行いました。2700人以上が行方不明になっている宮城県石巻市で2日に行われた捜索では、潜水士およそ30人が、沖合に停泊した掃海艇から小型ボート に乗り込み、壊れた住宅の柱や漁具など海面を埋める漂流物を慎重によけながら海岸近くまで進みました。潜水士たちは6人から7人のチームに分かれて海に入り、それぞれ半径30メートルほどの捜索範囲を決めて、円を描くように泳ぎながら不明者を捜しました。しかし、海中は泥によって視界が30センチほどしかないうえ、漁具なども散乱しており、1回につき10分ほど潜水するのが限界で、この日は不明者を見つけることができませんでした。津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の志津川港で、3日に行われた捜索も難航しました。ここでも海中の視界はほとんどなく、潜水士たちは音波で海底の状況を探ることができるソナーと呼ばれる機器を持って捜索を行いましたが、不明者の発見には至りませんでした。3日に捜索を行った、海上自衛隊の粒崎健2等海曹は「海中は視界がほとんどなく、ロープなどが散乱して危険な状況であることに加え、捜索範囲も広いため、活動は難航しています」と話していました。防衛省と海上保安庁によりますと、今回の大規模捜索で3日午後4時までに77人の遺体を見つけましたが、依然として1万5000人以上の行方が分からないままになっています。 自衛隊などでは、4日以降も規模を縮小して捜索を続けることにしていますが、震災から3週間が過ぎるなか、捜索活動は今後、より難しくなることが予想されています。

NHKさんのニュースより)
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掃海艦「つしま」さんEOD員の皆様。コメントされた粒崎さん、いらっしゃると思います。ある機器を手にされています。NHKさんの映像の「ソナーと呼ばれる機器」、こちらの携帯用機雷探知機であると思います。
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掃海艇「すがしま」さんの「携帯用機雷探知機(RQS-2)」。小型、軽量、非磁性、最大探知距離120ヤード(約110m)、使用可能深度54m。NHKさんの映像、記事にもある通り、「視界は30cmほどしかない」。皆様がいつも訓練なさっている「吾妻島前(東京湾)」は、時に視界1cmだそうです。その視界で通年訓練されているのですが、被災地は30cmとは云っても、大変危険な状態になっています。吾妻島前の海底には、釘、金属片、ロープなどはない筈ですし(時折、釣りや漁をしている人々を見かけますが)、よもや車が沈んでいると云う話は聞いた事がありません。
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NHKさんの映像前半に映っていらっしゃるのは、こちらの…潜水艦救難母艦「ちよだ」さんご所属の飽和潜水員の皆様であると思うのですが…。映像で、洋上の「ちよだ」さんを確認していますので。
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こちらは、掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さんご所属のEOD員(潜水士)の皆様、掃海隊群司令部EOD班の皆様。発災直後より、横須賀DIVERS総力結集の活動が続いています。まさに「総力結集」です。発災から3週間以上が経過しましたが、皆様、整備補給の為、僅か2,3日横須賀に戻られるだけで、再び被災地へ向い、活動を続けられています。その活動の様子は、日々、少しずつでも情報として伝わっていましたが、NHKさんの取材で、僅か数分であっても、映像で知る事が出来ました。大規模捜索に関しましては、現在、情報確認を続けています。
【04092340追記】その後、自衛艦隊さんsite内「ニュース」→「オペレーション」にて、大規模捜索の際の掃海艇「ながしま」さんの皆様のご様子が判りました。転載させて戴きます。
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海上自衛隊は、4月1日金曜日から4月3日日曜日にかけて、陸空自衛隊、地元警察、海上保安庁、米海軍らと協力し、過去に例のない、大規模な行方不明者の集中捜索を実施しています。

集中捜索は被災地沿岸部全域で実施され、多数の艦艇や航空機が参加しました。宮城県大槌湾箱崎白浜地区で捜索にあたった、掃海艇「ながしま」もそのうちのひとつです。

上段左の写真は、防波堤付近で捜索を実施する「ながしま」乗員です。
上段右の写真は、潜水して行方不明者の捜索を行う「ながしま」乗員と、それを見守る被災地の方々の様子です。

自衛艦隊さんsiteより)
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舞鶴より掃海艇「ながしま」さん。

【04040408追記】4月1日より3日まで、大規模捜索にあたられた海上自衛隊掃海部隊・潜水部隊の皆様。掃海艦艇さんがたは、全29隻。
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恐ろしい程の精密さで油津港を一斉に出港された掃海艦艇22隻。現在、確認出来ているだけでも、被災地に向かわれているのは、掃海艦「やえやま」さん、「はちじょう」さん、掃海艇「あいしま」さん、「みやじま」さん、「ひらしま」さん、「たかしま」さん、「つきしま」さん、「くめじま」さん、「まきしま」さん、「なおしま」さん、「とよしま」さん、「まえじま」さん、「ながしま」さん、「とびしま」さん、「ゆげしま」さん、「あおしま」さん、「ししじま」さん、「つのしま」さん、「のとじま」さん。ほぼ、全ての方々に近いのです。そして、掃海艦艇さんがたには、それぞれ4名のEOD員の方々(もしくは、それ以上いらっしゃる場合もあります)が、ご所属です。更に、NHKさんの映像に出て来られた皆様は、掃海母艦「うらが」さんにご所属の掃海隊群司令部EOD班の方々14名。昨年9月投稿した、横須賀にご所属のEOD員の皆様の画像を今一度投稿致します。
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大規模捜索の報道では、「海上自衛隊 潜水士」「潜水部隊」「ダイバー」となっておりましたが、「海上自衛隊 爆発物処理班」。「Explosive Ordnance Disposal=EOD」。昨年5月に掃海艦「はちじょう」さんMASTER DIVERの橘さんの仰られていた言葉が思い出されます。橘さんは、ペルシャ湾掃海派遣部隊として活動されました。

「吾妻島前で見えているのは、おれたちの本当の姿じゃない。あれは訓練。おれたちが本気になるのは、ペルシャ湾掃海派遣部隊の時や災害派遣の時だ。判るな?」

日本が、海上自衛隊さんが世界に誇る「掃海技術」を擁する掃海部隊・EOD。今回は「機雷掃海」ではありませんが、第二次世界大戦後より、今に至るまで、「航路啓開」海上交通の安全の為、約55,000に及ぶ残存機雷、不発弾などの処理を続けられている皆様です。平成4年7月12日、奥尻島をはじめ、沿岸に大津波による激甚な痛ましい被害をもたらした北海道南西沖地震の際にも掃海部隊・EOD員の皆様は災害派遣活動の任務に就かれています。
【EOD員の活動実績(抜粋)】
昭和41年2月4日 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
昭和57年2月9日 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動

平成3年6月5日(同年9月11日まで)ペルシャ湾掃海派遣部隊、クウェート沖で掃海作業
(処分機雷数34個のうちEOD処分29個)

平成4年7月12日 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8月12日まで)

今投稿は、4月3日に『日報』投稿分となります。現在、複数の系列各ブログを同時に稼働させる事が出来ずにおります。少しずつですが、投稿を調整してゆきます。その為、これまでの投稿が一時的に非公開、もしくは投稿順が入れ替わる事も予想されますが、逐次調整致します。過去、例をみない災害派遣は未だ続いております。
by guardianvein | 2011-04-01 23:59 | 東日本大震災 災害派遣