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7ヶ月ぶりに投稿再開しました

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6月としては記録的な猛暑となった本日。自分も熱中症寸前です。今週は3日続けて横須賀の予定ですが、「中日」の本日、暑さで消耗。あと、13時便で「またですか?」があり(注:海上自衛隊さんではありません)、呆れて脱力、と云う出来事もありました。何であるのか書こうと思っていますが、今日は竹本さんのお顔を立てて、保留とします。人として、社会人としての良識・見識に関わる事。さて、では、速報です。週末にかけて、3日間を投稿したいと思っています。
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掃海母艦さんと油船さん。「ぶんご」さんと思いきや…掃海母艦「うらが」さんであります。本日午前に船越に戻られたそうです。一方、昨日まで、こちらにいらした「ぶんご」さんは出港されました。約2週間ぶりに横須賀に戻られた「うらが」さん、油船YO36号さんによる給油が始まるようです。
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少し時間を戻して…YO36号さんが「うらが」さんのお隣に着かれる直前ですね。
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そして…NP-1桟橋には、ようやくようやく掃海艦「やえやま」さんが戻られました。前回、被災地より戻られた際、自分は香川県・広島県に行っておりました。「やえやま」さんのお姿は、5月13日以来となります。その際、傷だらけであった「やえやま」さん。本来のお姿に戻られていました。
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5月13日。傷だらけでした。痛々しいお姿でした。
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3月11日、東日本大震災発災直後に、ここ長浦港を出港されてから、約3ヶ月間、被災地での懸命の活動…厳しい状況下と期間を物語る傷でした。「やえやま」さんの皆様も、ようやく横須賀に戻られた…です。現在も災害派遣は続いていますが、全ての方々に私たちは敬意を以て、そのご活動を知って然るべきなのですが。
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間もなく7月。本来のお姿に戻られました。昨日は、「やえやま」さんはいらっしゃらなかったので、戻られた直後、炎暑にお三方(見える限り)、作業をなさっていました。マストの上にもいらっしゃいますよ。油船YO36号さんは、「やえやま」さんの給油に続いて、「うらが」さんへ給油に向かわれます。
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本当に、本日は炎暑でした。6月としては記録的な猛暑です。掃海艦さんがたは木製とは云え、艦艇さんがた上は暑い(熱い)です。黙々と作業なさっていました。
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マストの上部。背後の艦船補給所さんの建物の5階の高さに相当します。大変暑い時間帯でしたが、肝が冷える高さです。
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長浦港を一巡りして、再び、「うらが」さんへ。左手に昨日までいらした潜水艦救難母艦「ちよだ」さんは、やはり出港されていました。
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油船YO36号さんをお迎えする準備でした。引き過ぎな気がしますが、ここまで引かないと防舷物が入りませんでした。
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クレーンが全開で伸びていますね。リールにもケーブルがいっぱいに巻かれています。
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少し寄りました。皆様、遠方に行っていらした事と思いますが、午前…数時間前にに戻られたばかりです。戻られても、すぐにお休み、と云う訳ではないのですね。
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多くの方々がいらした「うらが」さんの長いタラップ地点。油船YO36号さんが到着された頃ですね。タラップを降ろされるようです。
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油船YO36号さんに赤い旗。給油が始まりますね。
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車のガソリンスタンドのように簡単には参りません。多くの方々が携わり、給油が始められます。油船さんがたは、本当に日々、港の各所を廻られています。特に、東日本大震災発災後、お忙しいです。
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ロープでしっかり繋いで。日々、さまざまな見学をしていると、本当に全ての艦艇船さんがたの「一般公開」があれば…と思います。
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少しずつ距離が開き始める頃、タラップが油船YO36号さんに届きました。

今夜は、何とか準備出来た16cutにて、速報を投稿します。日々、徐々に戻りつつある横須賀の港。まだ、6月終わりだと云うのに、この暑さ。明日は、少し大気の状態が不安定になるようですが、まるで梅雨明けしてしまったかのような連日の猛暑です。
by guardianvein | 2011-06-29 23:46 | ┣掃海部隊
南九州は梅雨明けしましたが、横須賀も梅雨明けしたかのような素晴らしい快晴ながら、厳しい暑さとなりました。正直、身体がついていきません。かなりしんどいですが、記録出来る限りしたいと思っています。記録に投稿が追いつかない状態が1年以上続いていますが、記録出来る限り「撮る(あらん限り撮る)」事の意味は、東日本大震災災害派遣の投稿の際に実証されたと思っています。被災地に行かれない新米見学者は、この3年の記録を使い切る勢いで投稿しました。防衛省さん発表のほぼ全ての艦艇さんがたの記録がありました。掃海艦艇さんがたの記録は「使い切って」はいません。いませんが、新たに積み重ねる必要があります。東日本大震災後を積み重ねる必要があります。体力とお金が続く限り(世知辛く現実的ですが切実な課題)。では、厳しい暑さとなった6月28日の記録にて。長浦港より始めます。
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長浦港が見え、海洋観測艦さんがたを過ぎる頃…「あ!?」。掃海母艦「ぶんご」さんのお姿が見えました。実際には、長浦港の前に、既にお姿が見えている掃海艇さんがいらしたのですが、これまでの記録を併せ続けて構成致しますので、長浦港に戻られた掃海艦艇さんがたよりと致します。船越岸壁に掃海母艦「ぶんご」さん。今年は、「ぶんご」さん、幾度も横須賀に来られています。昨年までは、年に1度であったのですが。横須賀に戻られたのですね。
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「ぶんご」さんに近付く頃…再び「あ!?」でした。キラリと光ったのです。そして、強い陽射しに映える鮮やかな配色。「磁気掃海具MK-105」です。2機並んでおられました。格納庫から出ている際を目にしたのは、遠く遠くの日向灘洋上以来です。「全体」が初めて間近で見えました。掃海電線のリールもです。これまで、幾度か横須賀でも目にしていますが、岸壁上に並んでいらっしゃる際は、初めてです。掃海ヘリコプターMH-53Eさんで曵く為のフックもよく判りますね。オレンジ色の羽根は、風力発電の翼のようです。
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「ぶんご」さんと磁気掃海具MK-105。呉でなくては見られない光景であると思っていました。この日、「ぶんご」さんがいらっしゃる事も、磁気掃海具MK-105が船越岸壁に「上陸」している事も、事前には全く判りませんので、驚くと共に、暑さにへたばりながらも『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船して良かったと思う瞬間です。1便ごとにお金を払っていますし、しばらくの間、東日本大震災災害派遣の案内が殆どされない事に堪忍袋の緒がキレ続けましたが(今も殆ど案内のされない便がありますが)、間もなく400便に到達するでしょう。どなたもいらっしゃらない日もあります。何も判らない日もあります。記録大失敗が続く事もあります。ですが、全ては積み重ね。
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NP-1桟橋には、掃海艦さんがたが戻られていました。「はちじょう」さん、「つしま」さん。「やえやま」さんは…(実は、もしかしたら、我が家の近くにいらっしゃるやもしれません)。先週金曜日から『YOKOSUKA軍港めぐり』に3日間乗船していませんが、いつ戻られたのでしょうね。「はちじょう」さんは、戻られた直後のように見えましたが。
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真夏の快晴の日は、とても美しいNP-1桟橋。ようやく掃海艦さんがたが戻られたのですが、「あそこ(NP-1桟橋)には、掃海艦に居て欲しいです」と云っていた案内人新人の中島さん。一気に4隻の掃海艦艇さんがたが戻られ、何を案内しているのか判らなくなっていました(苦笑)。恐らく、案内したい事がいっぱいいっぱいになってしまったのでしょう。案内が多少混乱しても、お客さまは好意的であったと思います。真面目に案内しようとしている努力が伺えましたので。
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長浦港には、掃海隊群のお三方。そして、12時便、横須賀消磁所内には、下関よりお越しの第43掃海隊・掃海艇「うくしま」さん。昨年11月の宮崎県日南市油津港以来です。関門海峡での不発弾9発の水中爆破処理を「とよしま」さんと共になさった直後でした。
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帰宅した後、画像を確認し判ったのですが、この時、「うくしま」さんは微妙に消磁Aブロックに近付いていたのです。記録の角度ではないと思います。ロープの長さが短くなっています。見学記録している際には、判りませんでした。
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消磁Aブロックに到着。初めてみる光景でした。これにて、12時便は見学終了。
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直後に長浦港より駈けてこられたのは…潜水艦救難母艦「ちよだ」さん飽和潜水員の皆様でした。
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続いて、「作業艇ちよだ号」にて、飽和潜水員の皆様。これまでで最速の「作業艇さんライド」でした。やはり12時台に出て来られましたね。
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次13時便では、横須賀水中処分隊の皆様も吾妻島前へ出て来られました。この日、吾妻島前にて訓練なさっていたのは、「ちよだ」さん飽和潜水員の皆様と横須賀水中処分隊のお三方。
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「日々の訓練」が戻りつつあります。
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ようやく少しずつ、「日々の訓練」が戻りつつあるのですが、この時、左右同時進行となっており、記録が落ち着いていませんでした。
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「うくしまさんが動いている!(航行されている)」。
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消磁Bブロック付近には…いつも船体消磁の際にいらっしゃる「テスラ・ロードスター」の皆様ではなく、「うくしま」さんの皆様ですね。
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「うくしまさんが…」。東京湾が気になりました。近い距離で東京湾を航行されている際の記録は、多くありません。特に日本各地からいらしている掃海艦艇さんがたは機会が更に少ないのです。富津の観音様と「うくしま」さん。ここで…「…あ…もしかして…」と思ったのですが、その後、更に繋がります。
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長浦港を一巡りして、新井掘割水路へ向かおうとした頃です。「ぶんご」さん、海洋観測艦さんがたの背後から、「うくしま」さんのお姿が見えました。「あ!うくしまさん…うくしまさんだ!」でした(とうに「うくしま」さんである事は判っているのですが)。この船体を斜めにして直進される姿は…
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昨年7月18日。陸奥湾にて、訓練より戻られる際の「うくしま」さん、そのものでした。「再現」です(『ver.YB』の画像を使用しました)。フォルクローロ大湊さんに到着して間もなくでした。掃海艇「ひらしま」さんが、陸奥湾初の掃海艇さんの記録となり、続いて「うくしま」さんでした。横浜(下北半島の)の風力発電群を背景に戻られるお姿が非常に印象的でした。ガラス越しに撮っていますので、不鮮明ですが、本日は違います。窓はありません。
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昨夏の陸奥湾も、昨初冬の日向灘も、いずれも白く霞む視界に阻まれました。遂に鮮明順光です。「リカバリー」。
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「welcome to YOKOSUKA」。
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厳しい暑さに、意識が朦朧としていましたが、強い陽射しの快晴であったからこその記録となりました。とにかく、記録出来る機会がある限り、出来る限り多い方が良い。東日本大震災でより一層強く思いました。被災者の方々が懸命に大切な写真を探しておられる事は度々報じられました。捜索にあたる自衛隊の方々が泥や瓦礫の中から見つかるアルバムや写真を大切に扱っておられた事、富士フィルムさんをはじめ、ボランティアの方々が写真を大切に「修復」されていた事、私たちにとって、写真・記録がどれほど大きな存在であるかを痛感しました。現在、自分のiPhoneに、これまでの記録を移動し始めています。いつでも、どこでも、「スライドショー写真展」が開けます。iPad2なら尚の事。
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吾妻島から「うくしま」さん。これまでにない記録となりました。
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「ちよだ」さんにても、初めての記録がありました。
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「舞台装置」を彷彿とさせました。でも…「搭載」されていると云う事は、出港されてしまうのかもしれません。既に作業艇さんは高い「定位置」に納められていました。

今夜は、これにて投稿です。厳しい暑さと日焼けによる熱で、かなりバテています。バテていますが、掃海艦艇さんがたが戻られていますし(全ての方々ではありませんが)、今週は続けて乗船です。3日が限界だと思いますが。横須賀に事務所を構えたいですね(資金がない事を考えずに)。
by guardianvein | 2011-06-28 23:59 | ┣掃海部隊
先週の記録を見直しているのですが、大勢の方々が戻られつつある吾妻島前、数ヶ月ぶりですので、順序立てて記録出来ていないように思います。自分で見直していても、判りづらいです。地点がこんがらがっているように思えます。東日本大震災発災前のように見学記録出来るように戻してゆかないとなりませんね。では、今夜は少し…違った形での投稿にします。前回の投稿は、現在、『日報』の最新となっておりますので、0623編の新たな画像にて。
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一路長浦港を目指す海洋観測艦「わかさ」さん。その手前洋上には、横須賀水中処分隊の皆様。この角度から見ると、かなり沖合に展開されているように見えます。ヴェルニー公園からも見えますね。余程、遠目の効くお方でないと判らないかもしれませんが。
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少し進んで…左より潜水艦救難母艦「ちよだ」さん飽和潜水員の皆様、交通船YF2135号さん地点には、横須賀水中処分隊の皆様と大勢の潜水員さんがた。そう云えば、以前、「ちよだ」さんの皆様と横須賀水中処分隊の皆様が訓練をご一緒されていた事がありましたね…確か…昨年4月頃。大勢の方々が訓練をなさっている際は、引きの記録を多めに。でないと、後に画像だけ見ると、洋上に展開されていた事が判らなくなります。この日は、春先のような強風。大波ではありませんが、白波が走っていました。吾妻島長崎の岬から謎の小さな遺跡、そして、JAMSTECさんから八景島シーパラダイスまで。八景島がとても近くに見えますが、京急で走ると汐入からは随分と遠く感じます。
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とにかく、引き。実際に、皆様がどのような訓練をなさっているのかは、詳細、新米見学者には判りませんので、広範囲が判るように。また、実際には、かなり距離がある事も判ります。
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この日は、特にブイがたくさんありましたので、ブイが気になり、引いて引いて…でした。大勢の方々が訓練なさっていたとしても、それぞれ各掃海艦艇さんがたの水中処分員の皆様である場合は、reflexで寄ります。
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この日は、広範囲で、「ある訓練」を行われていた事でしょう。その為に引いたのですが、今いち、「場面」が繋がらず、記録上、「散漫」。あまりに風が強かった事あり、自分の頭の中も散漫になっていたのでしょう。風や雨があまりに強かったりすると、何を撮っているのか(見ているのか)、判らなくなります。「交通船さんが見える…大勢の方々がいらっしゃる…海面付近を泳いでおられる…処分艇さんがたくさん…色がたくさん…ブイがいっぱい…」と云う状態です(子どもの感想のようです)。
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一方、reflexでNP-1桟橋。掃海艦「やえやま」さん水中処分員の皆様。この日は至近距離とは云えませんでしたし、やはり強風ですので、よく判らない状態に近かったのですが、吾妻島前よりは近いです。また桟橋上には、たくさんの機材などが置かれている事が見えていました。水しぶきは、よく見えます。
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「お引っ越し」と云う印象でした。間もなく「やえやま」さんが戻られるのでは?と勝手に思っていました。既に戻られているかもしれません。念入りに処分艇さんのお手入れをなさっていましたが、新米見学者は余計?な細部が気になります。日々の訓練の詳細は殆ど判りませんので、新米見学者=素人なりに、自分に判るものに目がゆきます。例えば、洗剤、バケツ。洗剤は2種類。銘柄が判りそうで判りません。銘柄が判ったところで、どうするのだ?と思われるかもしれませんが、ラバー素材には興味があります。以前、ラバーの衣裳などをよく見ていた為です。非常に扱いにくい素材です。すぐにくっついてしまう。穴も空き易い。処分艇さんは堅いし厚いのですが、底面は少し柔らかそうです。また、よく見かけるパステルグリーンのラベルのついたバケツ。非常に気になっています。何故、そんなに気になるのかと云うと。母方一族の生業に起因します。現在は、ハンカチーフやスカーフなどを染めていますが、60年以上前は国旗を染めていました。海軍さんにお納めする羽二重の国旗です。特に「長浦・船越」は、無縁ではありません。
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現在の工場。バケツ・木・ロープ。海上自衛隊さんは、こんなに散らかってはいませんが、特に掃海艦艇さんがたの間近にゆくと、新米見学者なりに勝手に近くしく感じるのです。
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以前も投稿した事がありますが、改めて。散らかっていますので、近しいと書くと叱られるかもしれませんが…。ロープと木は必需品です。工場内は船底の部屋を彷彿とさせます。
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何故か、「まるちゃん」の作業服も海上自衛隊さんと同じ色でした。近しいと思う要素はたくさんあり、ここでは型の黒が処分艇さん底面を彷彿とさせますし、何と云っても「塗料(染料)」です。海上自衛隊さんの艦艇さんがたは常にきちんと整備されていて、日々、塗装の光景を見学する事が出来ます。色を創る事は難しく、海上自衛隊さんの使用している塗料の色がいつも気になっています。「一色」に塗る事は難しいのです(捺染で云う「地染め」)。船舶に関わる人たちにとっても、非常に気になっているそうです。
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工場自体は古いのですが(現在の工場は昭和20年代から続いていますので)、ボイラーは新品になっていました。多分、一生見学する機会はないでしょうが、掃海艦艇さんがたの「機械室」「掃海発電装置」を想像してみます。掃海艦艇さんがたは、ディーゼルですね。「マシンルーム」を見てみたいです。

今夜は、徐々に吾妻島前に「日々の訓練」が戻りつつあるように思えるようになり、これまでとは少し異なる形での投稿をしてみました。そう云えば、新米見学者が勝手に「EODレンズ」と呼んでいる「reflex500」。少し前から気になっていたのですが、先ほど、SONYさんのsiteで確認しましたが、既に販売終了になっているようです。デジタル換算750mm。吾妻島前の見学には欠かせない存在となりましたが、気難しいレンズですので、手にする人が少なかったのでしょう。これまで、使っているお方にお会いした事もありません。船の上、吹き飛ばされそうな強風に、長大な望遠レンズは不向きです。2009年5月に購入しましたが、もし、最近、吾妻島前の見学を始めていたとしたら、reflex500は使えなかった事になります。「間に合って」良かったです。大事に使い続けなくてはなりません。水中処分員さん、潜水員さんがたの吾妻島前の見学を辞める時が来るとしたら、個人的に使う機会は殆どないでしょうね。サッカーの試合時ぐらいかもしれません。
by guardianvein | 2011-06-28 01:16 | ┣INDUSTRIAL DIVERS
突如、連日続く猛暑。暑さに慣れていない為か、頭がぼんやりしてしまい、時間がかかってしまいました。何とか作成出来た約20cutの「速報」です。
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この日、長浦港でreflex500、吾妻島前で300mmと、通常とは逆の記録が多くなりました。長浦港NP-1桟橋では、掃海艦「やえやま」さんteam EODの皆様、吾妻島前では横須賀水中処分隊・潜水艦救難母艦「ちよだ」さん飽和潜水員の皆様。吾妻島前に大変大勢の方々が展開されていた為、引きの記録を多くした為です。逆に、「やえやま」さんチームの皆様は、細かい作業をなさっていましたので、reflex。
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吾妻島前、これでも全景ではありません。左手より「ちよだ」さんの皆様、交通船YF2135号さんと横須賀水中処分隊の皆様。広範囲に展開されていました。また、この日は春一番に匹敵する強風が吹き荒れ、船が揺れると云うよりは、強風(暴風に近い)にカメラが振られる(と云うより叩かれ続ける)状態。実際には何が何だか判らない状態です。殆ど細部が見えていません。色と処分艇さんが頼りです。精度が低くかったです。この3年、その繰り返しです。
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「ちよだ」さんの皆様の記録には、大柄な作業艇さんが頼りです。手前洋上にブイ多数。
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横須賀水中処分隊の皆様と大勢の潜水員の皆様の記録には、更に大柄な交通船YF2135号さんが頼りです。広範囲に展開されていた皆様が集結されていた頃です。
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中央に「ちよだ」さんの皆様。訓練をご一緒されてはいなかったと思いますが、この日の「総勢」の場面ですね。この時間帯の視界は透明感がありますが、次14時便になると…
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横須賀水中処分隊の皆様。高温と湿度に視界が曇り始めます。強風であるのに、視界が曇る状態。吾妻島前の海が温泉になったかのようです。立ち上る湯気の中に居るような。
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こちらも横須賀水中処分隊の皆様ですね。霞んでいます。処分艇さん単独ですからreflexで寄って良い場面ですが、新米見学者判らないなりに点在するブイを入れ込みたかった為、300mmを中心の記録となりました。
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reflexに戻して記録する際の「きっかけ」は、恐らく「色」だと思います。
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「色」と動きがきっかけになるのでしょう。ただ、単焦点ですので、大勢の方々がいらっしゃる場合は、寄り過ぎになってしまいます。寄り過ぎですが、海面付近を泳いでおられる際を記録するには、寄らないと水しぶきだけが見える状態にもなってしまいます。1本のレンズで70mmから750mmまで網羅出来れば良いのですが(但し、長大な望遠レンズは不向きです)。
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そして、長浦港。視界は極めて明瞭。お昼どきでしたが、「ちよだ」さんの皆様が出て来られました。皆様のお姿を目にするのは、実に2月25日以来。あの日も大変な強風でした。春一番が吹き荒れた日です。それから約4ヶ月。
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被災地にて懸命の活動を続けられた皆様。お元気そうです。安堵致しました。
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「ちよだ」さんは長浦港に戻られてより、少し時間が経っていますが、飽和潜水員の皆様が訓練に出て来られた際を目にしたのは、2月25日以来となります。
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「ちよだ」さんの皆様は、早い時間帯に訓練に出て来られます。東日本大震災以降、諸事情あり、『YOKOSUKA軍港めぐり』乗船回数を減らしていました。12時便から乗船するのは、久しぶりです。3便続けて乗船する事に驚かれる方も多いのですが、水中処分員さん・飽和潜水員さんがたの見学記録には、3便もしくはそれ以上必要となります。
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訓練に出てゆかれる前の「日常」の場面ですが、東日本大震災以降、こうした「日常」の記録も貴重である事を痛感します。特に今年は約3ヶ月間、全く見学記録が存在しないのです。
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この3年、「日常」であった吾妻島前の「日々の訓練」。東日本大震災以降、途絶えていました。ようやく戻って来た「吾妻島前」です。とは云っても、災害派遣より撤収の知らせは、まだありません。束の間戻った吾妻島前であるかもしれません。
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掃海艦「やえやま」さんteam EODの皆様。この日は、午前に訓練なさっていたかもしれませんね…。もし、なさっていたとしたら大変残念でありました。11時便には乗船出来ませんでしたので。特に、「やえやま」さんの皆様は、これまでも吾妻島前の見学記録が少なく、昨年度は10日に満たないです。1年365日。そのうち、10日もありません。非常に少ないのです。この日は、船越より田浦へのお引っ越しであったように見えました。船越から田浦まで、歩くと30分以上かかりますが(新米見学者の足では)、処分艇さんであれば、1,2分です。自転車だと…10分以内?
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長浦港でreflexを使用する事は殆どありませんが、NP-1桟橋をreflexにて。随分とたくさんの機材や荷物が置かれています。
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reflexでNP-1桟橋を撮ると、桟橋上に居るように見えますね…。これほど近いのですが、穏やかである事が多い長浦港も、南西の強風の日は、何が何だか判らなくなります。この2日で一気に日焼けされた鮏川さんが手を振って下さっていた事にも気付けませんでした。これほど近くても。南西の風が強い日は、吾妻島の角から長浦港までは、息が出来ない程の向かい風になります。北風の場合は、長浦港に入ると、途端に何事もなかったようになるのですが。
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reflexですので、いつも気になる皆様のお背中が良く見えたりします。水中処分員さんがたは、皆様、さまざまなTシャツを着ていらっしゃるのです。「特徴」ですね。多彩です。今、「hydro sapiens」の「royal crest」のTシャツが気になっています。
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次便では、処分艇さんが上陸していました。メンテナンスですね。3ヶ月間、皆様と共に被災地の厳しい状況下でフル稼働であった処分艇さん。この時、海洋観測艦「わかさ」さんが長浦港に入港されていましたので、『YOKOSUKA軍港めぐり』はNP-1桟橋前で待機していました。この14時便の案内は、新人の中島さん。日々着々と上達してゆきます。掃海部隊についても細井さんに次いで詳細に案内できるようになっています。その中島さん、14時便終了後、「あそこ(NP-1桟橋)には掃海艦に居て欲しいですよ。案内したいんです。寂しいです。いつ帰って来るんでしょう?」。この日、長浦港には掃海艦艇さんがたは「0」でした。前日までは、掃海艇「すがしま」さん、「つのしま」さんがいらしたのですが…
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翌日には出港されていました。「災害派遣」の幕を掲げられていますので、被災地に向かわれたのでしょう。ようやく「吾妻島前」が戻って来た…と思っているのですが、束の間の「吾妻島前」であるのかもしれません。

すぐに速報を投稿したかったのですが、それまで低温傾向であった横須賀。突如、猛暑となり、特に、この日は強風であるのに大変蒸し暑く、少し熱中症気味であるかもしれません。頭がぼんやりし、この投稿にも1時間以上かかっています。連日でも『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船したいのですが。
by guardianvein | 2011-06-24 23:59 | ┣EOD JAPAN is...
【0624追記】『ver.YB』3cut投稿
本日は30cut近い大作の「速報」です。「midsummer=夏至」の吾妻島前。ようやく、ようやく「横須賀」が戻って来ました。「吾妻島前」が戻って来ました。東日本大震災発災から約100日。とても長かった100日。被災地から300km(以上)離れていても、東日本大震災がんじがらめの日々。真夏の夏至の日に「希望の光」。快晴の横須賀は吾妻島前の記録にて。
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この時、吾妻島前には横須賀水中処分隊の皆様と大勢の潜水員さんと交通船YF2135号さん。何ヶ月ぶりであったでしょう。大勢の方々がいらっしゃる吾妻島前。そちらに集中していたのですが、気配を感じ、はっと振り返ると、処分艇さんが駈けて来られました。遠目でも判ります。第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん水中処分員の皆様です。「!!」でした。遂に吾妻島前に戻られたのです。東日本大震災発災前日の3月10日以来です。約100日ぶりです。
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「真夏に漆黒純白波しぶき」。新米見学者勝手に感無量。東日本大震災発災直後から被災地に向かわれ続けていた皆様です。最も長い期間であったと思います。救援物資の搬送、行方不明の方々の捜索。ですが、ご活動は他にもあった筈です。まだ「全て」は判りません。海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」、自衛艦隊さんsite「オペレーション」に皆様のご活動が多くあります。遂に戻られましたね…。「大変お疲れさまでした」と云う域を逸脱していた約100日。皆様が以前と変わらぬ笑顔であった事に心から安堵しました。
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東日本大震災災害派遣の期間は、水中処分員の皆様が最も多く吾妻島前に訓練に出て来られる期間と完全に重なっていました。吾妻島前に出てゆかれる後ろ姿をお見送りし、さまざまな思いが巡りました。ふと気付いたのは、「この光景…いつか見た…」
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昨夏8月26日。「再現」ですね。「真夏」の色彩が鮮やか。本日は夏至。快晴でありましたが、陽射しは6月。
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「やえやま」さんteam EODの皆様が向かった吾妻島前。「全景(ではありませんが)」。既に、横須賀水中処分隊の皆様、大勢の潜水員の皆様の訓練が始まっていました。
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「赤い旗」が目を惹きました。そう云えば…
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月曜日であったと思いますが、この赤い旗を機雷桟橋で目にしています。昨日も訓練なさっていたかもしれません。残念ながら『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船出来ませんでした。赤い旗には、ぎざぎざとそうでない旗の2種類。何故、ぎざぎざなのでしょうね…。
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赤い旗とガクアジサイ。吾妻島の海岸線は、四季折々花が咲きます。冬には赤い椿。梅雨時期には大株のガクアジサイ。吾妻島前に「日々の訓練」が戻って来た事に感慨もひとしおです。
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横須賀水中処分隊の皆様と共に、これまでも訓練をご一緒されていた方々…正確なご所属が判らないのですが…
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「速報」ですので、次14時便の見学記録へ。3度目の6月。これまでも幾度か見学している光景です。交通船さんから次々と海中へ。
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中央は、「やえやま」さんteam EODの皆様。reflexでぎりぎりいっぱいですから、かなり遠方です。東日本大震災発災以降、殆どreflexを使用しませんでした。「封印」していたとも云えます。「reflex500=EODレンズ」ですので。皆様が吾妻島前に戻られ、日々の訓練が再開されるまでの「封印」。
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「うわ。びっくりした…」。入出港を繰り返されていた多用途支援艦「えんしゅう」さん。reflexは単焦点で非常に視界が狭いので、驚く事が多々あります。この感覚も取り戻さなくてはなりません。
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finに柄がありますね…。吾妻島前各所で同時進行です。多地点同時進行も東日本大震災以降、殆ど記録していません。難しいのです。距離の近付く順に、約8分間(最も距離が近付くのは、それぞれの皆様、各2分弱)を割り振らなくてはなりません。
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こちらには、大勢の方々が…。本日は、風がやや強かったかもしれませんが、真冬の強風(暴風)に比べたら微風です。波は穏やか。視界がやや湿度で曇ってはいますが、よく見えていました。
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順光の位置となると、非常に美しい吾妻島前。写真的には良く撮れていますが、点在されている皆様を追い切れていませんでした。まだまだ感覚が取り戻せていませんね。もともと、非常に難しいのですが。
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交通船YF2135号さんを基点に、処分艇さん4隻であったと思うのです。全ての皆様を追い切れませんでした。
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さあ…「やえやま」さんteam EODの皆様に距離が近付きつつありました。この時、『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend V号の前方には、多用途支援艦「えんしゅう」さん。ここで、『YOKOSUKA軍港めぐり』減速。「えんしゅう」さんのおかげです。吾妻島前の時間延長。しかし…この地点は、難しいのです。背後の岸壁にピントが合ってしまうのです。ファインダ内では、1mmにも満たない「差」。
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手間の小さな黄色いブイを入れ込み、難しい岸壁前。穏やかな光景ですが、新米見学者の脳裏には、フジテレビさんにて放送された際の皆様のお姿、厳しい被災地の様子が思い出されていました。それだけに、「待機」を撮る事の意味も感じていました。被災地より戻られて「最初の記録」です。海の中にいらっしゃるお方も。写真には写っていなくても。
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「吾妻島前に戻った日々の訓練の光景」。皆様の笑顔。ポートレイト風ですが、東日本大震災が起きたからこそ、です。
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吾妻島前を半円に通過しますので、「やえやま」さんteam EODの皆様の前方に横須賀水中処分隊の皆様と大勢の潜水員さん。
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右に寄せたのは、横須賀消磁所方面の海面付近に気配を探してみた為です。
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吾妻島前見学終盤。横須賀消磁所が入って来ました。海は極めて穏やか。
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見切れる寸前。東京湾は、何処までも穏やかでした。あくまでも、新米見学者的印象ですが、「吾妻島前が戻ってきた」。「日々の訓練」が「吾妻島前の日常」です。まだ、全ての皆様が同時に戻って来られた訳ではありませんが。本日、長浦港にいらした掃海艦艇さんは、掃海艇「すがしま」さん、「つのしま」さんのお二方のみ。7月に入る頃、掃海艦艇さんがたが揃われると勝手に思っています。

梅雨の晴れ間の真夏。真夏の吾妻島前の「速報」にて。突如、高温になりましたので、少々バテましたが、さまざまあり、明日も横須賀へ。どなたか訓練なさっていると良いですね。訓練をなさるのかは、その日、その時まで判りません。「賭け」です。
by guardianvein | 2011-06-22 23:42 | ┣EOD JAPAN is...
昨年の横須賀は、6月10日あたりから既に真夏でした。今年は梅雨らしい6月になっています。僅かに青空が覗く事もありますが、殆ど曇天もしくは雨。気温も低めです。東日本大震災発災より100日の前日。長浦港には、第41掃海隊の掃海艇「すがしま」さん。
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「すがしま」さんのお姿が目にするのは、約1週間ぶりです。艦橋横には「海上自衛隊 掃海艇すがしま 災害派遣」の幕が掲げられています。前々日にはいらっしゃらなかったので、この前日に戻られたのでしょう。前々日までいらした「くろしま」さんは既に出港されていました。幾度も書いていますが、5月半ば過ぎから現在まで、長浦港に戻られる掃海艦艇さんがたの間隔が短くなっています。この100日の間、被災地に近い函館の第45掃海隊の皆様以外の全国にご所属の掃海隊の皆様が幾度もいらしています。沖縄・佐世保・下関・呉・神戸…。東日本大震災と云う未曾有の災害が起きていなければ、長浦港が油津港や大湊地方総監部さん前桟橋になる日は来なかったかもしれません。この日、長浦港にいらした掃海艦艇さんは「すがしま」さんのみ。ですが、間もなく掃海艇「つのしま」さんが戻られる事が判っていました。
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雨は上がりましたが、視界は良くありませんでしたが、幸い風も波も穏やかですので、じっと浦賀水道方面を見ていたところ…「つのしま」さんのお姿が見えて参りました。相当遠方ですが、判ります。ほぼ同じ頃、『YOKOSUKA軍港めぐり』の細井さんも「つのしま」さんを確認したようです。細井さんは、『YOKOSUKA軍港めぐり』にて詳細に掃海部隊を案内します。
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曇天の暗い東京湾をひた走る「つのしま」さん。速いです。右手に「よこすか3」の箱。今年に入ってより、この光景を幾度か目にしています。
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その始まりの日。微妙にピントが合っていませんが、2月下旬だと云うのに春一番が吹き荒れていた日です。良いお天気でしたが、非常に強い風が吹き荒れ、まともに見えない状態でした。「よこすか3」の箱の後方には、掃海艦「やえやま」さん。今年に入ってより、『YOKOSUKA軍港めぐり』中に掃海艦艇さんがたが戻られる機会が増えていますが、このように東京湾を縦走されて来る時、もしくは、既に戻られているか、着岸される直前です。
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この日、NP-1桟橋は、どなたもいらっしゃらず。前々日までいらした「つしま」さんは出港されていました。東日本大震災発災以降、第51掃海隊の皆様は、殆ど戻られていません。僅か4回。交代で各掃海隊の皆様が戻られていますので、掃海艦艇さんがたは頻繁にいらしていますが。
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東日本大震災の災害派遣は、海外への派遣に匹敵する期間になりつつあります。新米見学者が見学を始めて以降、「災害派遣」に向かわれている艦艇さんがたを目の当たりにする事は初めてですし、100日と云う長期間です。行方不明の方々の捜索は宮城県石巻・気仙沼・南三陸町の最重点地域に絞られつつあるそうですが、100日は1年の1/3に近付いています。
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「すがしま」さんに掲げられた「災害派遣」の幕。『YOKOSUKA軍港めぐり』中、「災害派遣の幕が掲げられています」との案内があると、お客さまがたから「ほお…」「あ!ほんとだ!」の声が上がります。また、この日の14時便の案内は新人の中島さん。只今、懸命に案内していますが、汐入桟橋に着く直前、「謎かけが整いました。時計とかけて海上自衛隊と解きます。心は『じこく』の為に、ひたすら動いています」。お客さまから一斉に拍手。
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突如、氷室京介さんですが。日本テレビさんにて「東日本大震災復興支援チャリティライブ」が放送されました。6月11,12日に東京ドームにて行われたチャリティライブ。新米見学者や横須賀海軍カレー本舗さんの店長さんの「this is my 80's」。二人とも、絶対に行きたいと思っていたチャリティライブ。11万人の熱き復興支援。被災地に行かれない私たちは、この3ヶ月、何か出来ないかと、自分たちに出来る限りの事をして来ました。横須賀海軍カレー本舗さんの会社では、発災直後、ありったけのレトルト食料の在庫を、募金、チャリティイベント、情報発信…。自分個人は、出来る限りの事をして来たと思っても、全くなっちゃないと苦悩する日々が続いています。何も出来ていないとは思っていませんが、実にやるせない。
by guardianvein | 2011-06-18 23:20 | ┣掃海部隊
東日本大震災発災から100日を前に、6月16,17,18日と4,000人態勢での行方不明の方々の捜索が行われるそうです。本日のニュース映像では、海上自衛隊さん・EOD員の皆様の捜索は報じられていませんが、最重点地域の宮城県石巻市の大川小学校付近・渡波地区・旧北上地区・気仙沼市の鹿折地区にて大規模な捜索をなさるそうです。宮城県警察をはじめ全国の警察からの方々、陸上自衛隊さん・海上自衛隊さん・航空自衛隊さん・海上保安庁さんと共に。今回の3日間の捜索のみならず、6月に入ってからも捜索活動が続けられている事は、海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」の写真にて報じられています。そして、被災地と直結している横須賀の港。
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6月3日、長浦港には第42掃海隊・掃海艇「つきしま」さんが戻られていました。東日本大震災発災直後より、神戸より被災地に向かわれ続けています。この日は、出港直前。オーストラリア海軍さんフリゲート艦「ダーウィン」さんより「被災地・宮城県南三陸町の子どもたちへの贈り物」を携えて。
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「ダーウィン」さんのマストには、国連の旗と大きな日本の国旗。東日本大震災発災以降、横須賀では、これまで自分が目にした事のない光景が続いています。海上自衛隊さんの見学記録を始めて、まだ3年あまりの新米見学者ですが、見学記録回数(日数)は、少なくはありません。3月11日、被災地と直結した横須賀の港各所。横須賀本港・長浦港ともに入出港が頻度が格段に異なります。掃海部隊の皆様に限っても、東日本大震災発災前には、日本全国より来られる掃海艦艇さんがたは、年に10隻もいらっしゃらなかったと思います。
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「つきしま」さんが出港されると入れ替わりに入港されたのは、掃海艇「すがしま」さん、「まえじま」さん、「つのしま」さん、掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さんでした。この翌日には「まえじま」さん出港されます。この3ヶ月で、沖縄・佐世保・下関・舞鶴・呉・神戸より掃海艦艇さんがた幾度も入出港されています。つまり、被災地に近い函館の掃海艇さん以外、全ての掃海隊の皆様がいらしています。東日本大震災の災害派遣は、大湊や日向灘での大規模な「掃海特別訓練」に匹敵する規模なのです。しかも、期間は3ヶ月を過ぎています。被災地より交代で横須賀に戻られる掃海艦艇さんがた、期間は約4日です。現在、被災地で活動されている掃海艦艇さんがたの詳細が判りませんが、海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」にて、被災地と捜索活動を垣間みる事が出来ます。6月10日に報じられた捜索活動の記録を転載させて戴きます。宮城県は牡鹿半島付近であるそうです。
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海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」より

掃海艇「つきしま」さんのお姿がありました。捜索をなさっているEOD員さんは、「つきしま」さんにご所属の皆様と…画像を幾度も確認しました。おそらく…掃海艦「つしま」さんにご所属のEOD員さんであると思うのです。
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「つきしま」さんEOD員の皆様の記録は、僅かにあります。横須賀以外にご所属のEOD員の皆様の記録機会は殆どありません。
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掃海艦「つしま」さんご所属のEOD員の皆様。報じられた捜索活動の際に近しい記録を探しました。
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吾妻島の海岸線は、被災地を彷彿とさせます。今年1月26日。刻々と東北地方太平洋沖地震が迫っていた頃です。
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海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」に報じられた同日、長浦港に掃海艦「つしま」さん戻られます。一昨日の段階では、長浦港にいらしたのですが、今日にでも出港されているかもしれませんし、まだいらっしゃるかもしれません。昨日の段階で、長浦港にいらしのは、掃海艇「くろしま」さんと「つしま」さんのみです。沖縄よりの第46掃海隊の掃海艇さんがたは、3隻全ていらした事になります。

本日より3日間行われる宮城県の最重点地域での大規模な捜索活動。少しでも私たちが知る事が出来ますよう。報じられなければ、知らぬまま過ぎてしまう事になります。東日本大震災発災以降、こちら『gvein(別館)』のアクセスが急増しました。急増したままの水準で推移しています。
by guardianvein | 2011-06-16 22:43 | 東日本大震災 災害派遣
都城のエリア豪雨メールが届きました。こちら横須賀・横浜も明日は雨のようですね。本日(0615)の予報は晴れであった筈なのですが、青空は見えませんでした。時折薄日の射す曇天の横須賀。投稿すべき記録は多々ありますが、今夜はこちら『gvein(別館)』のみとします。
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「!」。13時便出航から僅か5分。前方左舷右舷後方の見通しが利くシーフレンド1号であるからこそ気付けました。機雷桟橋まで280mmで、この距離。ですが、判ります。処分艇さんが出て来られました。この時、カメラのレンズは標準と300mm。慌てて「EODレンズ=reflex500」に交換しました。約1分ロス。ですが、この段階で出て来られていると云う事は、シーフレンド1号を追い抜き、先に吾妻島前に到着され、ご準備を開始される筈です。吾妻島前に向かわれるのであれば。
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「adzuma east ride ver.reflex500」。2009年、2010年と撮り続けています。2011年は東日本大震災発災の為、殆ど記録出来ていません。
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この時、右前方の横須賀消磁所沖には、出港された補給艦「ときわ」さんのお姿が見えていました。速いです。「ときわ」さん。「adzuma east ride」は、reflex500でも、かなり距離がありますので、見切れるまで「ときわ」さんを追います。
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「これまでの吾妻島前」です。日産埠頭前に処分艇さん。機雷桟橋より出て来られていますので、「横須賀水中処分隊」の皆様、と推定して。シーフレンド1号は、双胴船ですし、海も風も穏やか。しかし、なかなかピントが合いません。ファインダ内ではピントが合っているのですが。
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この位置は…。吾妻島前に訓練に出て来られる水中処分員さん、それぞれ「特有の位置」があります。「出発点」で、どなたであるか判る場合があります。
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最も距離が近付いた頃です(と云っても、かなり距離がありました)。ご準備が整われましたね。
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吾妻島前にての訓練は、徐々に再開されていますが、これまでの2年とは全く状況が異なります。これまでの2年は、3月から6月はじめまでが、横須賀にご所属の水中処分員さんがたが皆様、こぞって訓練をなさる時期でした。今年は違いました。1月の下旬から2月下旬まで、最も多く出て来られていました。今にして思えば、東日本大震災発災を予期したかのようでした(実際には、きちんと訓練のご予定が組まれた上での日程ですから「予期」ではないにしても)。
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お背中にタンクを背負っておられません。海面付近を泳ぎ続けられる…のみではない事は、これまでの見学記録で判っています。海面付近を泳ぎ続けられるかと思うと、お姿が見えなくなる。本日もそうでした。お姿が見えたのは、ほんの僅かでした。
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お姿が見えなくなった頃、東京湾を振り返り…。出港された補給艦「ときわ」さんと第一海堡の丘。「ときわ」さん、どちらへ向かわれるのでしょう。被災地で活動されているのは、30隻の艦艇さんがたですが、海災部隊は7,700名と前日より増えています。
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現在、長浦港の掃海部隊の皆様は、掃海艇「くろしま」さんと掃海艦「つしま」さんのみです。「つきしま」さん、「つのしま」さん出港されました。
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NP-1桟橋を護るのは、掃海艦「つしま」さん。6月3日以降、桟橋上が気になっています。「何故、そこにあるのか」が。後に判るかもしれませんし、いつものように判らぬままであるかもしれません。
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そして、14時便。吾妻島前が見えて参りました。まだ、遥か遠方ですが、訓練を終えられ、戻られるご準備をなさっている際が見えました。この日の『YOKOSUKA軍港めぐり』の案内は、岩澤博文さん。しっかり、水中処分員さんのご案内が出来ます。岩澤さんは、東日本大震災発災直後より、防衛省さんの発表、『海上自衛新聞』を確認しています。安心して聴く事が出来ます。災害派遣について、最も詳しく案内していると思います。
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再び「定位置」のPOWER STATION前。「A」から自衛艦旗へ。訓練を終えられ、戻られるでしょう。
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シーフレンド1号は、最も処分艇さんに近い視点からの記録が可能です。
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「adzuma east backride」。東日本大震災発災以降、初めてです。「全編(吾妻島前にての)」を見学記録出来た日は。吾妻島前での訓練は、徐々に少しずつ再開されていましたが、自分の乗船している便では、見学記録は「断片的」となってしまっていました(自分のせいです)。
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機雷桟橋へ戻られるでしょうが、まだ「横須賀水中処分隊の皆様」と明記は出来ません。東日本大震災発災後、判らなくなってしまっています。ですが、どなたが訓練なさっていたかは判っています(お一方ですが)。
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無力な新米見学者、ただ、じっとお姿が見えなくなるまで、追い続けました。ほんの僅か2便分、数分間の見学記録。この3年、その積み重ねです。少し前、とあるお方に「被災地での活動を撮りましたか?」と訊かれ、「いえ。私は被災地には行けていません」と答えると、「そうですか。それこそが本当の記録なのですが」と仰られ、言葉が出ませんでした。ですが、自分は一民間人。テレビ局・新聞社・雑誌社には所属していません。その肩書きなしの一民間人。今も出来る限りの事を探し続けています。
by guardianvein | 2011-06-15 23:59 | ┣EOD JAPAN is...
気になりますね…横須賀の港が。毎日行きたいところですが、さすがに続きません。仕事であれば通いますが、仕事ではないので。気になるのです。「見えない」ので。では、昨日の横須賀の港各所を速報にて。こちら『gvein(別館)』では、掃海部隊の皆様、EOD員の皆様を中心に構成します。現在、東日本大震災災害派遣の状況が私たちは殆ど判りません。その為、被災地と直結する横須賀の港各所の「今」で投稿します。
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午前は強雨でありましたが、何とか雨が上がりました。視界は良くありませんが、東京湾の横須賀防波堤付近に水中処分母船YDT03号さん。かなり距離はありますが、「シルエット」で判ります。すぐに。丁度、側に『YOKOSUKA軍港めぐり』案内人、期待の新人の村上さん。村上さんのおじいさまは、初代案内人の水上氏。水上氏は、海上自衛隊さんOBです。護衛艦「あきづき」さん、輸送艦「みうら」さんに乗艦されていました。村上さん案内人デビューは、まだ少し先になるでしょうが、期待の新人です。「防波堤付近にYDT03号さんが見える」と伝えると、「この距離で艦番号まで見えるんですか?」「見えない。見えないけど、形で判るようになる」「う〜ん…」。そのYDT03号さん、見えている間、ずっと位置が変わり続けます。
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今も続く、東日本大震災災害派遣。この期間中、reflex500で殆ど記録していません。先日ようやく再開しましたが、格段に自分の感覚が衰えている事が判りました。吾妻島前にEOD員の皆様が「本格的」に戻られるまでに取り戻さなくてはなりません。横須賀防波堤付近のYDT03号さんをreflex500マニュアルフォーカスにて。YDT03号さん、常に位置が変わります。停泊されてはいません。気になり、振り返り振り返り、長浦港へ。
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数日前に横須賀に「戻られた」掃海艇「つきしま」さん、「くろしま」さん。「つのしま」さんは災害派遣の幕を降ろされました。
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この日は、海上保安庁さんの皆様が工事(の事前調査でしょうか)をなさっていましたので、NP-1桟橋前には近づけず。
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離れたところから、NP-1桟橋。掃海艦「つしま」さん。「はちじょう」さんは、この日の朝に出港されたようです。やはり、出港されましたか…。前日のご様子から、出港が近付いているように感じていました。
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「くろしま」さんにゆっくり近付いた頃、「くろしま」さんの皆様が各所から出て来られました。「?」。一斉にご準備を始められたように見えました。ホース…防火訓練?そう云えば、前日であったと思うのですが、吉倉桟橋の護衛艦「やまぎり」さん前で「3分隊!」と云う声が聞こえました。ここ数日、ずっとベルも鳴り響いていました。
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あ…そこに収納されていたのですか…。赤い…ポンプ?
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着々とご準備が進みます。新米見学者には防火訓練のご準備に見えています。
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徐々に距離が開いてゆきます。ですが、ご準備の様子を間近で見学する事が出来ました。遠く沖縄から被災地に向かわれ続けていた「くろしま」さん。昨年11月、日向灘にての掃海特別訓練の際、初めてお目にかかりましたが、その数ヶ月後に、再びお目にかかる事になるとは、当時全く思ってもいませんでした。東日本大震災発災後、日本全国より多くの艦艇さんがたが横須賀に来られています。
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「くろしま」。お隣は、「つのしま」さんです。
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後に画像を作成する際に気付きました。「くろしま」さんに搭載されている処分艇さんには「あおしま」と書かれています。「あおしま」さんも被災地に向かわれています。
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沖縄より被災地に向かわれていたのは、第46掃海隊・掃海艇「689あおしま」さん、「692くろしま」さん。「向かわれていた」と過去形の書き方になっていますが、現在、被災地に向かわれている皆様の詳細が判らなくなっている為です。
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横須賀本港に戻る頃、前方に横須賀水中処分隊の皆様のお姿が見えました。東日本大震災前日も、この地点にて訓練されていた方々ですが、この日は訓練ではないような…。
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吉倉桟橋、一番奥には被災地より約1ヶ月ぶりに戻られた直後の護衛艦「さわゆき」さん。「さわゆき」さんの皆様のお姿も見えました。この時、横須賀水中処分隊の鈴木さんの手元に「黄色」が見えました。距離があっても、よく見えていました。この「黄色」。この約1時間後にも目にする事になります。
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おやしお型潜水艦さん艦尾地点でも、この日、海上自衛隊さんのダイバーの方々のお姿がありました。ここでも、お手元の「黄色」が目を引きました。
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ご準備の際、潜水艦さんがたの皆様が手を振って下さらなかったら気付けなかったかもしれません。丁度、潜水艦さんと重なっていましたので。潜っていらしたのは、どちらも艦尾地点。
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reflexではありませんでしたが、比較的近い距離ですので、今まさに海に入られようとしている際が見えていました。横須賀水中処分隊の皆様、「さわゆき」さん艦尾地点海中へ。
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新米見学者(素人)考えでは、「さわゆき」さんは被災地より戻られた直後ですので、スクリュー(プロペラと云うのですか?)の点検をなさるのでは…と。4月の終わりにも、近しい光景を目にしています。
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被災地より戻られた直後であった護衛艦「やまゆき」さん艦尾地点に横須賀水中処分隊のお二方。この日は、4月29日。祝日であった為、『YOKOSUKA軍港めぐり』にはたくさんのお客さまが乗船されており、往路は見えていませんでした。「点検(作業)」を終えられ戻られる際に気付きました。東日本大震災以降、横須賀の港では平日休日がなくなっています。記録を確認しても、平日休日の「差」がありません。
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遂に掃海母艦「うらが」さん、「ぶんご」さん、掃海艦「はちじょう」さん出港されました。新米見学者は、硫黄島に向かわれたと思っております。
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出港前日。掃海母艦さん2隻、掃海艦さん2隻。先週…と云うより、この1ヶ月でしょうか…長浦港は、昨年11月の油津港を思い出させます。
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平成22年度機雷戦訓練・掃海特別訓練の際、油津港に集結されていた掃海部隊の皆様。東日本大震災以降、長浦港は油津港のようです。日本全国より掃海部隊の皆様の入出港が頻繁になっています。この「記念」の写真にいらっしゃる掃海艦艇さんがたの殆どが被災地に向かわれています。
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被災地の洋上は、このようであったかもしれません。6月14日、防衛省さん発表では、艦艇30隻・航空機約310機・海災部隊約7,500名の方々が活動中とあります。この日、6月13日は、艦艇・航空機等により福島県等の被災地沿岸海域において、行方不明者の捜索及び入浴支援(石巻市・気仙沼市・相馬沖)を実施。行方不明の方々は、7,913人。

今夜は投稿中に地震が続きました。21時台には釧路沖を震源とするマグニチュード5.0の地震。釧路沖では1993年にマグニチュード7.5の地震が起きています。半年後には大津波を伴った北海道南西沖地震が起きています。10年後の2003年にはマグニチュード8.0の十勝沖地震が起きています。津波が太平洋沿岸の広範囲を襲い、川を逆流する津波、炎上する石油タンクの映像は今も鮮明に思い出されます。

22時台には、振幅の大きな緩やかな揺れが長く続きました。このように緩やかに、大きく揺れる際は、遠方で大きな地震が起きた時です。ですが、情報を確認すると、震源は三陸沖。マグニチュード5.9。ただし、深さは10kmと浅く。発表では横浜は震度1だそうですが、ここ2ヶ月ほど、このように揺れる事は殆どありませんでした。東北地方太平洋沖地震直後は、頻繁に幾度も揺れましたが、ここ2ヶ月ほど、東北地方で強い地震が起きても、殆ど揺れず、疑問に感じていました。東北地方太平洋沖地震の際、自分は『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend V号内にいました。感じた事のない震動でしたが、「地上の揺れ」を体験していません。一昨日、横須賀海軍カレー本舗の横尾店長に、その時の事を訊いてみました。地下1階にいらしたそうですが、「ひどい目眩を起こしたような、気分が悪くなるほどの大きな揺れが長く続いた」との事。激しく揺れたのではなく、大きくゆっくり揺れたそうです。「地下に居たからかもしれないけど…」。

東日本大震災の災害派遣は今も続き、自分も3月11日以降、ずっと「探し続けて」います。3月11日以降、自分もゆっくり休んだと云う感覚がありません。3ヶ月間、ずっと走り続けているような気がします。「災害派遣より撤収」の報を知った時、ようやく安堵出来るのでしょうか。
by guardianvein | 2011-06-14 23:03 | 海上自衛隊へ行こう
先週より詰めて連日横須賀に通っています。新米見学者的に、とても気になる事がありますので。東日本大震災災害派遣と掃海部隊の皆様。連日、横須賀に通っている為、こちらの投稿が停止していますが、今しか記録出来ない事があります。投稿は後に挽回出来ても、記録は挽回できない為です。
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被災地より戻られた事と思います。掃海艇「つきしま」さん。海上自衛隊さんsite「東日本大震災 災害派遣活動状況写真集」に牡鹿半島付近を捜索されている際の写真が報じられた直後です。先週より連日、『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船していますので、この日戻られた事が確認出来ています。現在、横須賀に戻られる掃海艦艇さんがたが多くなっています(間隔が短くなっています)。
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「つのしま」さんのお隣には、「つきしま」さんと共に、この日、横須賀に「戻って」来られた掃海艇「くろしま」さん。この3年、これほど頻繁に日本全国の掃海艦艇さんがたが長浦港に来られる事はありませんでした。3年分を3ヶ月で見学記録している状態です。もしくは、東京湾・相模湾で「掃海特別訓練」が行われるかの如くです。
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サンドレットがぶんぶん廻っていました。掃海母艦「ぶんご」さんのお二方。先週より船越は呉の如く。
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「30(さんまる)埠頭」NP-1桟橋には、掃海艦「はちじょう」さん、「つしま」さんのお二方。かなり引いていますが、この構成を記録したく。東日本大震災前が戻って来たかのように感じられますが、「やえやま」さんがいらっしゃらない…。
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「やえやまアングル」にて、「はちじょう」さん。日曜日にも関わらず、整備なさっていました。
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雨にけむる長浦港。掃海母艦さんがた。「うらが」さん、「ぶんご」さんが揃われている際を、続けて見学記録出来ている事は、この3年で初めてです。これまで、年に1回でした。横須賀では。東日本大震災が起きたが故の「特別な記録」が続いています。投稿を止めてでも、『YOKOSUKA軍港めぐり』乗船を続けているのは、その為です。
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そして、東日本大震災前とも繋がりました。昨年11月の日向灘の「謎」が一つ解けました。「ぶんご」さんが船越にいらした事で、解けました。
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日向灘の「うらが」さんと掃海艇「くめじま」さんと磁気掃海具MK-105。遂に判りました。勿論、自力で解けた訳ではありません。
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洋上の「白い物体」がMK-105である事が判りました。「ぶんご」さん、掃海輸送ヘリコプターMH-53Eさん。東日本大震災災害派遣の際の映像とも繋がります。
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保留にしていた呉にての記録も繋がりました。「無線誘導型磁気音響複合掃海具」。こちらも勿論、自力では正解に辿り着けませんでした。

『gvein(別館)』の投稿が停止しておりますが、現在、見学記録を出来る撮り集め、これまでの記録の確認、東日本大震災災害派遣の情報確認を続けております。非公開の投稿も含め(調整中)、新米見学者の自分も探し・確認しております。「何をしようとしているのか?」に思えるかもしれませんが。

現在、横浜は強雨です。宮崎県では連日大雨洪水警報が出ています。こちらの雨は朝には上がりそうですが…本日も横須賀に向かうかもしれません。一番知りたい事が一番判らない。行っても判らない可能性大ですが、家で考え続けているより、何も判らずとも行った方が納得出来ます。納得したところで判らないですし、最も気がかりな事が解決する訳でもないのですが。

あと、昨日(12日)、『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船して、「!」であったのですが、NISSAN CUP。昨日、開催されていたようですね。ですが、今年は浦郷沖でスイム競技は開催されたのでしょうか?横須賀水中処分隊の皆様は向かわれた形跡がありませんでした。昨年は第41掃海隊の皆様でしたが、今年は…。
by guardianvein | 2011-06-13 02:25 | ┣掃海部隊